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こがねの魚と銀の月  作者: 寄賀あける


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12/50

12 (シャーン)

 魔導士学校四日目。初学年度のわたしたちはこの日、魔導士学校で行われる講義について説明を受け、必修講義以外に受講する科目を選ぶべく、寮監との個別相談が予定されていた。


 以前、入学は十四歳を過ぎてからと定められていたが、卒業後にもう一年、聴講生制度を作るため、今は十三歳になると入学できるようになった。


 十三歳が最低年齢でそれ以上であれば入学できたが、十八には職を持つのが(なら)いであることを考えると、十四までに入学するのが普通だ。


 魔導士を生業にするには魔導士ギルドに登録しなければならず、魔導士学校に入学するということは魔導士を目指しているわけで、入学と同時にギルドに登録される。その時、魔導士の誓いを強要されるのも仕方ない。だが、学生の間、魔導士としての立場は見習いで、卒業を(もっ)て初めて一人前の魔導士と認められた。


 魔導士学校に入学しようなどと言うのは親が魔導士と相場が決まっていて、たまに金持ちの街人が子を魔導士にしたいと願うこともあるが、もともとの才能がなければ魔導士になるには難しく、入学が許されることは滅多になかった。


 相談を受けた街の魔導士が『魔導士学校? どこにあるのですか?』としらばっくれることもあるらしい。魔導士学校の場所を知っている街人は存在しないことを踏まえての事だ。


 街人の子か魔導士の子かに関わらず、例え晴れて入学できたとしても四年間で最低必要な術がマスターできなければ卒業できず、その場合、魔導士学校での記憶、魔導士見習としての記憶、その他もろもろの記憶が消され、初めから街人であったと塗り替えられて生きていくことになる。


 親が魔導士の場合、親の記憶まで修正されはしないが、本人に事実を告げることはなかった。魔導士の誓約で自分の存在を消される危険を冒してまで、才能がなかったと我が子に告げる必要もない。


 十年程度前にできた『聴講制度』は校長の発案で、教職に就きたい学生のために設けられたものだ。


 それまでは卒業と同時に教職に就いていたものを、技術的、精神的に余裕を持たせたいとのことだった。校長自身の経験からその必要を感じたとのことで、我が校だけだったものが今では他の魔導士学校もこの制度を採用している。


 全体の説明が終わった後の個別相談で、寮監はわたしに言った。


「将来は、やはりギルドに行こうと思っているのですよね?」

それは質問ではなく『確認』だった。


「いいえ、まだ決めていません。できれば別の道をと思っています」

わたしの答えに寮監は眉を潜めた。


「まったく……」

ビルセゼルト様のご苦労も知らず、この兄妹は……独り言を装った寮監の厭味ははっきりとわたしの耳に届いている。


「父への反感からではありません」

ひとりごとにわたしはきっぱりと反論する。


「わたしは父を尊敬しています。けれど母のことも尊敬しています。薬草学を学びたいと思っています」


「あなたでなくても! ビルセゼルト様のことは誰もが尊敬しています」

わたしの反論は寮監を逆なでしたようだ。それでも寮監はわたしの母を尊敬しているという言葉を否定することはなかった。


「あなたほどの魔女ならばギルドでも活躍できるはずですが、何も薬草を扱うのが悪いこととは思っていません」

何に興味を惹かれ、何を学びたいか、極力学生の希望に添うように、と校長は(おっしゃ)っています。


「そして職業に上も下もないと(おっしゃ)います。あらゆる人の営みがすべての人の暮らしを支えていることを忘れてはいけないと(おお)せです」


 それから寮監は、薬草学を目指すなら、ギルドで研究をする、学者として研究を続ける、街の魔導士となり、薬売りをしながら研究を続ける、といろいろな方法があることを示した。


「まぁ、まだまだ時間はあるのです。ギルドはイヤ、などと決めつけず、自分にあった道を模索なさい。相談にはいつでも乗りますよ」


 そして薬草学を学ぶにあたり、同時に学んでおいたほうがよい講義を提示してくれた。


 プログラムを組み終わり寮監室を後にする。夕食までたっぷりと時間があった。わたしは迷わず森に行くことにした。


 昨日と違って、小鳥たちはわたしを見ても騒がなかった。ただ、森に入ると『もう一人の姫だ』と(さえず)り、その囀りが奥のほうへとリレーのように引き継がれていった。木々も小動物もわたしの歩みを邪魔することなく、むしろ木は根を引っ込めて歩きやすくしてくれた。


 ジゼルの住処の結界は昨日のままだ。が、建屋が見えなくなることもなく、わたしを受け入れた。南側に回り、窓の下に置かれたベンチに乗って、部屋の中を覗いてみる。


 カーテンが引かれていない窓は、簡単に中を覗きこめたが、どうやらジゼルは留守だ。


(我らの姫君お散歩中)

(お散歩なのにダンス中)

(ダンス終わってお散歩中)


 相変わらず舌っ足らずだが、小鳥がわたしに教えてくれる。どうやらジゼルは散歩の途中でダンスを楽しんだようだ。


「どこにお散歩?」

尋ねるわたしに小鳥は冷たい。


(あの子が何やらお尋ねだ)

(あの子は我らの姫でない)

(そんな姫には答えない)


 わたしは本当の意味で受け入れられたわけではないようだ。ここに顔を出したのは昨日が初めて、新参者に冷たいのは当然とも言える。


 さて、どうしたものか。きっと鳥たちに尋ねても、ジゼルの帰りがいつになるかを答えはしない。例え答えたとしても曖昧なことしか言わない。カラスの刻、なんて言葉を鳥たちは知らないだろう。


 カラスの刻には魔導士学校の夕食が始まる。それまでには帰りたい。食べそびれれば明日の朝まで(ひもじ)い思いをすることになる。どうしようか迷ったわたしは暫くベンチで待つことにした。カラスの刻にはまだまだある。ここで小鳥たちのお(しゃべ)りを聞いているのも面白い。ひょっとしたらジゼルのことを何か話すかもしれない。


 ベンチに降り注ぐのは木漏れ日ではなく、眩しい太陽の光そのものだった。木立に囲まれてはいたが、そこは広く開け、建屋の際にはいろいろな草花が植えられている。魔導薬に使えるものも多いが、どれも美しい花を咲かすものばかりだ。目を楽しませるために植えられている、わたしはそう思った。


『知識や技術は身を助ける。教養は心を育む。それらは学べば手に入る』

新入生に向けた校長の訓辞を思い出す。


『肝心なのは豊かな心、これは自分で育てないことにはどうにもならない」


 魔導士学校は基本的には四年間、キミたちに知識と技術、そしてでき得る限りの教養を提供する。努力が報われるよう教授陣はキミたちを応援する。


 しかし、心の豊かさについてはなんの保証もでき兼ねる。人それぞれ過ぎて、誰にも掌握しきれない、誰も教えることなどできない。


 だがわたしは願う。皆の心に他者を愛し、慈しみ、そして守ろうとする心、それを(いしずえ)とした心の豊かさを。誰の心の内にもある、その美しいものを更に育てんことを願う。


 根底にある物が揺るぎない物ならば、どれほど多く積み上げても崩れることはないはずだ。積み上げられたそれらは、必ずや人生をも豊かにしていくことだろう。


『在校中にどれほどのものを積み上げたのか、わたしは一人一人を見ていこう。知識や技術、教養だけで人は計れない――キミたちの健闘を祈る』


 この庭に植えられた草花はジゼェーラのためだと思った。小鳥や小動物、そういったものに向けるジゼェーラの目は、愛と慈しみに溢れている。更に美しいものに触れさせ積み上げさせたいのだと思った。


 そして、校長の訓辞は兄の絵画好きをわたしに思い出いださせた。兄が幼い頃、父が手ほどきして以来の絵画好き。見るのも好きだし自分でも描く。


 父が手ほどきしたことを兄は覚えていないらしい。子どものころから好きだと自分で言っているが、父に教えられたとは思っていない。内緒よ、と母がわたしに話したことだ。父が嫌いだからと言って絵画まで嫌っては、グリンバゼルトの毎日はどんなにつまらなくなることか。


『本当はね、グリンはあのかたのことが、今でも好きなのよ。それをシャーン、あなたに知っていて欲しかったの』

母はその時そう言った。


 急に陽が陰り、わたしの物思いを中断させる。雲が出たのかしら、と視線を上に向けてわたしはぎょっとした。


 傍らにジゼェーラが立ってニコニコしている。陽が陰ったのはジゼェーラがそこに立ったからだ。


 でも、なんで? わたしはジゼェーラの気配を感じなかった。ジゼェーラには自分の気配を消すことができるのか? 魔導力を全く感じさせないジゼェーラが?

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