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こがねの魚と銀の月  作者: 寄賀あける


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1  (シャーン)

 お兄様は『許せない』といつも言っていた。あんな男を許せるものか、いつか必ず見返してやる――口癖のように言っていた。


 お母様は『悲しい事を言わないで』と涙ぐみ、わたしがいけないの、許して、とお兄様を(なだ)めようとした。


 けれどお兄様はお母様の願いを聞き入れなかった。それどころかお兄様は、あの男への怨みを日毎に募らせていた。


 わたしは、と言えば、お兄様のお心も判らないでもないと思い、お母様の心配も(もっと)もだと思い、どちら付かずのまま二人を見ているほかはなかった。


 それでも、大きな屋敷に何人もの召使、生活になんの不自由もない、それどころか贅沢とも言えるような暮らしは『あの男』が与えてくれたもの、あのかたには感謝しなくてはいけないという母に、心のどこかで傾いていた。


 わたしには、お兄様の言う『あの男』の記憶はない。多分、お兄様が言うようにあの男はわたしの顔を見に来たこともないのだろう。あの男とは、お兄様とわたしの父親の事だ。


 父は、兄が三歳を過ぎる頃までは足しげく母のもとに通っていたらしい。そして兄を膝に抱いてはいろいろな物語を聞かせていた。兄を(さと)い子だと言い、いつか自分を継承するのは兄だと言っていたそうだ。


 兄はそんな父を慕い、父が帰るときには後を追ったという。父は兄を抱き上げると、『愛しているよ。また会いに来るから少しの我慢だよ』といつも言った。


 だけどある日を境に、父はプツリと来なくなった。父の妻が、母の存在を知ったからだ。


 今でも、兄には物心付くか付かないかのその頃の記憶が鮮明に残っているようで、皮肉にもその記憶が『大好きだった』父を恨む原動力になっている。


 母は父の事を『偉大な魔導士』と呼んだ。兄は『子まで設けた女を捨てるような男が偉大なものか』と反発した。


『それでもわたしはあのかたを愛している』と母が言えば、兄は『その愛は報われなかった』と母を泣かせた。


 母は兄に『あなたはお父様にそっくり』と言う。すると兄は『僕は叔父上に似ているのだ』と認めない。


 叔父上とは父の双子の弟、兄が生まれた頃にはすでに世を去っていたが、魔導士の間では伝説とも言える存在だった。


 叔父が命を落としたのは、まだ多くの魔導士の心に残るあの『九日間戦争』での事だ。覇権をめぐってのあの戦争で、命を落としたのはただ二人、叔父とその妻。多くの魔導士を守るために二人は落命したのだといつしか言われ、そして叔父は伝説と呼ばれるようになった。


 双子とは言え父と叔父は、印象が大きく違っていたらしい。


 絶大な力を示す、燃えるような赤い髪、睨み付けられれば、みな震えあがると言われるレンガ色の瞳、隙のない身のこなしに、あれほど美しい男はほかにいないとまで言われる美形。そして人の才を見抜く力、判断の速さと的確さ、指導者としてこれ以上はないと、絶対的な支持と信頼を得ている父。


 一方、叔父は、太陽が地に落ちたかと()(まご)うほど黄金色に輝く髪と、重い光を放つ琥珀(こはく)色の瞳だったらしい。


 黄金色の髪は神秘力を否が応でも集め、さらに光り輝いたという。引きこまれそうな琥珀色の瞳で穏やかに微笑めば、篭絡されない者はいないと言われた。気品と優雅さは血筋のせいか、誰をも受け入れる懐の広さと、流れてくる温かで穏やかな()(ぜい)、叔父もやはり多くの魔導士の支持と信頼を得た。


 双子の二人は仲もよく、父は叔父を頼りにし、叔父は父を支え、二人がいれば魔導士界は安泰だと思われていた。


 だが、あの九日間戦争は、父から弟を無情にも取り上げた。叔父の死に父は、人目も(はばか)らず号泣したと聞いている。


 そしてわたしの兄は、父に似ているのではなく叔父に似ているのだと、自分では言う。


 双子の兄弟なのだから、父と叔父は髪の色や瞳の色は違っていても顔立ちは似ていたことだろう。そして甥である兄が叔父に似ていても不思議はない。そして兄の髪は黄金色で、瞳は琥珀色だった。


 父と叔父、二人の顔を知っている母が父に似ているというのだから、やはり兄は父親似なのだろうと、漠然と思っていたわたしが、母の言う通りだ、兄は父にそっくりだ、と知ることになるのは魔導士学校に入学したときだった。


 父は魔導士学校の校長を勤めていた。


 初めて校長を見た時、兄が髪を染めたのかと、驚いたわたしは目を見開いていたことだろう。そんなわたしに校長が目を止め、名を訊いてきた。


 新入生を至近距離で校長は見ていた。見るだけでその者の(おおよ)その能力が校長には判るのだと、寮監が言っていた。


 わたしが名乗ると、「そうか」と校長は言った。そして母の名を口にし、元気かと尋ねた。元気だと答えると安心したように頷いた。


 校長がわたしに声を掛けたのはその時だけで、その後、今に至るまでわたしに視線を向ける事も、声を掛けることもない。


 だけどわたしは満足した。父の顔を見、その声を聴く。わたしに許される父との接触はそれくらいだった。


 父は母の言う通り偉大な魔導士であり、魔導士学校に入りたての、いわば魔導士見習のわたしが気安く近寄れる相手ではなかった。


 魔導士学校入学にあたり、わたしが密かに企てていた計画の一つは入学初日に達成された。しかも父は自ら声を掛けてくれた。そして名を聞いただけで母の名を口にした。わたしを自分の娘だと知っている――それはわたしにとって喜びだった。ひょっとしたらわたしのことなど知らないのではないか、そう思うときもあったからだ。


 あともう一つ、どうしてもやりたいこと……会いたい人がいた。


 父には母とは違う妻がいて、婚姻の誓いを立てた相手なのだけれど、その人との間に娘が一人いる。


 その子に近づき、そしてどんな暮らしをしているのか知りたかった。特にその人の人物に興味を持っていた。


 その人、わたしの妹は生まれた時から、この魔導士学校のどこかで育てられているらしい。妹と言ってもわずか半年後に生まれたに過ぎない。


 妹はまだ魔導士学校に入学する歳を迎えていないが、魔導士学校で育てられているのなら、会えるチャンスがあるはずだ。


 なぜ彼女は母親から引き離され、魔導士学校に住まわされているのだろう? 


 魔導士学校に引き取ったと言っても、父親である校長が育てているわけではないことは判っている。噂では、母親である南の魔女でも手に負えない力を持ち、そのため魔女の居城に置けず、力を封印した上で魔導士学校に隠したのだと言われている。が、真実を知っているのは両親だけだ。


 その年、飛び級で卒業年度を迎えた兄はもうすぐ十六、そしてわたしは十三になったばかり、妹はじきにわたしと同じ歳になるはずだった。

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