第2話 空から来た猫耳少女
「……す、好き……です……」
キスのあと、少女は小さく震えた。
笑っているのに、今にも泣き出しそうな目をしていた。
アレンは、呆然とその顔を見つめていた。
あまりに唐突で、あまりに現実味がない。
だが、確かに唇の温度は残っている。
(……なにこれ。なんで……私、キスなんて……!?)
少女――リュミナ・フェルは、頭の中が真っ白だった。
頬が熱い。心臓が暴れている。
なのに、これは自分の意思じゃない。
(うそ?強制命令?
何これ?
まさか……これがあのギフトって奴!?)
目の前の青年、この惑星レヴェリスに住むただのヒューマン。
──のはずだった。
だが、彼の叫んだ「愛してくれ」という言葉に、
まるで、彼女の脳に“制御装置”でも埋め込まれていて、
それが反応したかのようだった。
(これ、絶対、強制命令だ!? そんな……!
彼らの言語コマンドが、異星人の私に通じるはずがないのに!)
リュミナは混乱のあまり、頭を抱えた。
(分析しなきゃ。冷静にならなきゃ。)
でも胸の鼓動が止まらない。
目の前の男は傷だらけだ。
それでも真っ直ぐで、どこか放っておけない目をしていた。
(あぁもう、だからって“好き”なんて言葉が出る!?
ないないないない!!)
アレンは、まだ自分が何をしたのか理解していない様子だった。
ただ、助けてくれた相手に向けて、素直に言葉を重ねた。
「君は……いや、まず俺から名乗ろう。
俺はアレン・ノクス。ギフトは《ネコテイム》だ。君は?」
「……ネ、ネコ……テイム……?」
リュミナの耳がぴくりと動いた。
(何それ?!私、ネコ扱い!?信じられない!!)
反射的に、口が勝手に開く。
「わ、私は、リュミナ・フェル。えっと……研」
(やばっ、研究員!?素性を言っちゃ……!
ああもう止まらない!!適当にっ!!)
「種族は……ビーストとヒューマンのハーフ……で、アーク・ヴァンガードです!」
無理やり作った嘘だった。
昔やっていたゲームの登場キャラで、魔法剣と魔銃とヒールを使いこなすクラス。
この世界には存在するはずがないクラス。
けれど、アレンは信じたように頷いた。
「アーク・ヴァンガード?
聞いたことないが、レアクラスか??
すごいな。」
彼女は、ぎこちなく笑った。
笑いたくもないのに、頬が勝手に引きつる。
(これ、命令の影響がまだ残ってる。
やっぱりこの《ネコテイム》、危険すぎる……!)
アレンは、立ち上がりながら周囲を見渡した。
真っ二つに溶け落ちて、捨てられた魔剣。
彼女がこの国宝を叩き切った。
しかも容易に。そして魔将を退けた。
「……君のおかげで命拾いした。本当にありがとう。」
その声は、優しかった。
それが余計にリュミナの心をかき乱した。
(やめて、そんな声出さないで。
私、もう本気で勘違いしそうなんだから!)
「……え、えっと。わ、私は……任務中で……すぐ帰らなきゃ」
彼女はこの星の言語を覚えたばかりでぎこちない。
背を向けようとしたが、足が動かない。
アレンの方に視線が吸い寄せられる。
「待て。行かないでくれ」
その一言に、リュミナの全身が固まった。
猫耳がぴん、と立つ。
(うわぁ……また命令!? もう最悪!!
なんで私、この男に従っちゃうの!?)
「はい! 承知しました……」
自分の口から出たその声に、心の中で悲鳴を上げる。
表情は笑顔。心の声は絶叫。
アレンはその笑顔を見て、ようやく少し笑った。
「ありがとう。任務中と言ったね?
無理のない程度でいい。もう少し手を貸してほしい。」
諦めたような表情でリュミナがアレンを見つめた。
それを知ってか知らずか、アレンが語りだす。
「グレンは......俺の幼馴染だった。
小さい頃、一緒に剣の練習をした。
夢を語り合った。冒険者になろうって。
でも、ギフトが発現したとき──全てが変わった。
奴はAランク。俺はネコテイム。
それから、奴の目は変わった。
俺は気づかなかった。いや、気づきたくなかった。
グレンの俺を見る目が、"仲間"じゃなくて"道具"だったことに」
アレンの声は震えていた。
「もう、騙されない。利用されない。
今度は──俺が選ぶ番だ」
今までの弱気な表情が一転して、決意に満ちたものに変わる。
(う、うそでしょ。そんな顔しないでよ。
それ、ズルいから……)
風が吹く。砂埃の向こうに、青い空。
墜落した船の残骸から、微かに煙が上がっていた。
リュミナはそれを見て、小さく息を吐いた。
(任務失敗。観測機破壊。
でも、最悪なのは……この“命令”が、解除できないこと。
……。いや待て。
これはギフトのせいにして、もうちょっと文明に
近づいてみるチャンスかもしれないよね、これ。)
「実は……任務失敗…しました。私も遭難中です。」
アレンが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべる。
「じゃあ、協力しよう!俺はこの辺りの地理に詳しい!
だがここは想像以上に危険な地だ。二人で協力した方が生存率が上がる。」
アレンは前を向き、拳を握った。
「あぁ、はい。そういうことで……あれば……よろしくお願い…します。」
「行こう、リュミナ。……この峡谷を抜けて、生き延びよう」
リュミナは、半ば自動的に頷いた。
「はい。了解……しました」
(ちょっと、私の意思どこ行ったの!?)
アレンは、満足げに頷き、歩き出した。
リュミナは、その背中を追うしかなかった。
(……あぁもう。なんでこんなことに。
でも、あの背中……不思議と、嫌じゃない。
これ、愛してくれって言われたのが残ってるの?!)
猫耳が風に揺れた。
リュミナ・フェル。銀河の星系大国ニャニャーン神聖帝国の研究員。
──未開文明観測任務、一時中断。
未知のギフト保持者・ヒューマン個体「アレン・ノクス」に接触。
状態:制御不能。
「待って、アレン。」
リュミナは腰に付けたナノマシン治療ボックスを起動させる。
外見上は何も起きていないように見えるが、アレンの内面の傷をナノマシンが治療していった。
「あれ?ヒール?痛みが……。消えていく。
ヒールって上級プリーストしか使えないレア技能なんだけど……。」
(あ……しまった。痛々しいから、つい治療したけど……。
ヒールってこういう世界じゃ当たり前じゃないの!?)
「アーク・ヴァンガードは……。魔法剣と魔銃、ヒールが……得意。」
口元を引きつらせながら笑顔で答えた。
「すごいな!リュミナは!!」
(ははは……)
元気になったことをアピールするために、アレンが力こぶを作ってにっこり笑った。
そして打ち捨てられたパーティの荷物が詰まったリュックを持ち上げて背負った。
見るからに重そうなものを、しかし軽々と。
「すご……。重く……ない??」
「え?重いさ。でももう慣れてる。」
親指を立てる。
「これは奴らが捨てた荷物だ。
俺が貰っても文句はないだろう。
街に戻って売っちまおう。
半分はリュミナの取り分な?」
「え?」
(お金か。そうか。忘れてたけど要るよね。)
「あ、ありがと……。」
「えっと……。
これを換金できたら、俺の取り分で食事をご馳走させてほしい。
お礼の気持ちだ。それと……服もプレゼントする。」
ボロボロの白衣を指さしてアレンがはにかんだ。
リュミナはそれを見て自然と笑みがこぼれた。
(この人、こんな笑い方するんだ?)
彼女の“最悪な恋”が、静かに始まった。
このお話はテンプレざまぁチートのお話ですが、主軸は二人のラブストーリーです。
ファンタジー x SF x ラブストーリー
ですけど、ラブストーリーが重視かも?
ざまぁの爽快感の裏にある、一人の女の子の心情の変化をお楽しみください。
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