第13話 追跡者
アレンが待つ野営地に向けて慎重に進むリュミナ。
カサッ
影が揺れた。
「……誰?」
闇の中、岩の隙間に潜んでいた影が不意に姿を現す。銀色の爪が月光に反射して光る。
「よぉ、ゴミ猫もどき」
低く響く声が、静寂を切り裂く。
目の前に立つのは、──純血の獣人、メルナ。
アレンを蔑み、ハーフと思い込んでいるリュミナを目の敵にしている。
「少し待ってやるから、死ぬ覚悟をさっさと済ませな!」
後ずさるリュミナは、そのまま草むらに逃げようとする。
爪が閃き、咄嗟に開いたリュミナのパーソナルシールドに火花が散る。
岩に跳ね返る光が小さな雷のように揺らめき、暗闇に鋭利な音を残した。
リュミナは片手でシールドを押さえ、もう片方の手でレーザーガンを構える。ヘッドセット越しにアレンの声が聞こえる。
『リュミナ!?どうした!?』
『た、助けてアレン!
メルナ……来たの……!』
『なんだと、待ってろ!すぐ行く!どこだ!』
『北西の方向!!きゃっ!?』
通信中も容赦なく襲いかかってくるメルナ。
「頭でもイカれたか?ブツブツと独り言を!!」
迫りくる爪をシールドが全て受け止める。
(くそ、シールドだってエネルギーが無限に続くわけじゃない!)
冷静さを装おうとしても、心臓は飛び跳ねる。
夜の魔族領は深い闇に包まれ、遠くの雷光が断続的に地面を照らすたび、影が揺れ、爪が煌めく。
メルナはわざと野営地から離れる方向へ誘導し、リュミナを追い詰める。
彼女の動きは流麗で、まるで暗闇に吸い込まれるようにリュミナを翻弄する。
「くっ……!」
足元の砂利が崩れ、岩の隙間を縫うように逃げるたび、爪がかすめる。
レーザーガンを構えて引き金を引くが──
至近距離からの発射。
だがメルナはリュミナの指先の動きを確認してから避ける。
「……避けられた……?」
『おい、リュミナ!大丈夫か。
光線が見えた。もっとぶっ放せ、場所が分かる!』
ヘッドセット越しのアレンの声が震える。
リュミナは狙うよりも前にレーザーガンを撃ち続ける
猫型獣人のメルナは20msという驚異的な反射神経を持つ。
ヒューマンやニャーンなら180~200msで反応するところを、
メルナは引き金を見てからでも銃弾をかわす。
「くそっ……!」
リュミナのレーザー弾はすべて空を切る。
爪や蹴りが容赦なく飛んでくる。
岩陰に身をひそめ、シールドを張りながら反撃するが、距離が近すぎる。
シールドもメルナの攻撃で揺らぎが生じ始める。
「くそ。シールドエネルギーが回復する前に削られる!?」
『落ち着け、リュミナ!状況を整理しろ!』
アレンの声が焦り混じりに響く。リュミナは頭を振り、銃口を微調整する。
(どうやって……この反応速度じゃ、正面から撃っても無駄……!)
思考が走る。後ろに回ろうにも、地形は岩肌と砂礫の迷路。逃げ道は限られている。
「……アレン……!」
声をあげながら、リュミナはシールドを最大出力に切り替える。
青白い光が眩しく輝き、メルナの爪をかすかに逸らす。
だが、それも一瞬。
メルナは体をひねり、角度を変えながら再び攻撃を仕掛ける。
爪がシールドをこするたび、微かな火花が散る。暗闇に飛び散る光が、焦燥と恐怖を増幅させる。
「くっ……ここで死ぬわけには……!」
リュミナは一瞬の隙を狙い、岩の陰を伝い、わずかに距離を取る。
だが、メルナは追跡を止めない。獣のような俊敏な動きで、再び前に立ちはだかる。
『リュミナ……!そこは危ない……!』
アレンの声が、ヘッドセット越しに耳を打つ。
焦りがひしひしと伝わり、リュミナの胸が締め付けられる。
足元の砂利が崩れ、岩に足が引っかかるたび、彼女は転びそうになる。
(これが……一人で戦うということ……!)
レーザーガンを撃ち続けるが、メルナは微動だにせず、僅かに身をひねるだけで弾丸を避ける。
銃口の光が反射し、彼女の瞳には獰猛な笑みが浮かんでいた。
「くっ……!」
リュミナの呼吸は荒くなる。
冷たい風が髪を揺らし、耳元で雷が鳴るたび、心臓が凍るように跳ねた。
岩陰から岩陰へ、必死で逃げる。
メルナはそれを追い、狭い峡谷の中で二人の影が交錯する。
シールドを最大にしても、防御しきれない一撃が迫る。
「アレン……早く来て……!」
心の底から叫ぶ声が、夜空に吸い込まれる。
ヘッドセットを通して、アレンが距離を詰める足音が聞こえる。
だが、まだ間に合わない。
リュミナはさらに岩陰に身を伏せ、爪がかすめるたび体を硬直させる。
汗と血の匂いが混ざった夜の風が肌を刺す。
「……もう……だめ……」
恐怖と焦燥で思考が鈍りかける。
その瞬間、闇を切り裂く叫びと足音。
「リュミナ!」
野営地から離れ、危険な岩場を飛び越え、アレンが駆けつけた。
その姿は夜の闇に紛れることなく、光のように存在した。
鋭い目つき、全身に宿る力、そして決意。
「アレン……!」
リュミナは思わず安堵の声を漏らす。
背後から迫る危機に一瞬でも希望が差し込んだ瞬間だった。
アレンがリュミナを覆うように抱き寄せて、レーザーブレードの切っ先をメルナに向けた。
(アレン……温かい。こんなに包まれて安心できるなんて)
「ちっ、すばしっこい奴だ。
せっかくアレンに切り刻まれた死体を見せつけてやろうとおもったのによ!」
「メルナ、相変わらず残忍な奴め!
今度は俺が相手だ!」
リュミナが睨むアレンの顔に手をまわして引き寄せ、キスをした。
「?!」
アレンが目を丸くして驚いた。
「ん?クソハーフ女、死を前に発情でもしたか?はははは!!」
メルナが笑う。
だが、二人がキスに目を向けている隙に、リュミナはアレンの左腕にパーソナルシールドのバンドを巻きつけた。
そのまま唇を離すと耳元に顔を寄せて小声で伝える。
「左手のバンドの赤いボタンを押して。そうしたら同期がとれる。
後は筋肉に力を入れたら自動的にシールドが張れる。」
唐突なキスで動揺したアレンだったが、すぐに我に返って、メルナに見えないように赤いボタンを押した。
「これ幸運のキスだからっ、絶対勝ってね!!」
そういうと後ろに下がり、シールドを張る振りをしながら腕を突き出して、メルナを睨みつける。
今の彼女にはシールドは存在しない。
だがそのことを知らないメルナは、今はアレンに向けて爪を突き立てる。
「順番が逆転するが、先にお前を殺してハーフ女の絶望を見るのも悪くないな!」
アレンは無言でレーザーブレードを突き付けた。
キスです、キス。
戦闘中にキスって、どうですか?
読み疲れてたところに息継ぎできました?
え?逆?
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