第11話 それぞれの影
朝の光が、廃墟の裂け目から差し込んでいた。
崩れた石階段を上り切り、アレンたちはようやく地上へと姿を現した。
「……やっと出られたね」
リュミナが小さく伸びをした。
アレンの腕の中には、ぐっすりと眠る少年ニール。
「長い一夜だったな」
アレンが微笑む。
顔には疲労の色が濃いが、その瞳には確かな安堵が宿っていた。
「アレン、本当にありがとう。ミア、喜ぶだろうね!」
「お前が見つけたんだ。俺だけじゃ無理だったさ」
(アレン、本当に逞しくなったね。
最初に会ったときはホント弱っちそうだったのに。
あれ? そういえば最近、ネコテイムの影響を受けないな、私)
「ねぇ、アレン。何か命令してみて?」
「ん?じゃあ、逆立ちして帰って。」
「うぎゅぎゅ……」
(効く効くネコテイム効く……逆らえない……)
リュミナは顔を歪めたまま、地面に手をついて蹴り上げようとした。
「ま、待て待てストップ!嘘だ、逆立ちしなくていい!」
ふっと力が抜けてその場に座り込んだ。
「はぁ……。スカート履いてる女の子に逆立ちさせるなんてサイッテー!」
「いや、違う違う。お前が急に命令しろって言ったんだろ?
すぐに思いついたのがそれだったんだ……。ごっ、ごめん。」
「まぁ、いいわ。」
(ネコテイム、効くときと効かない時がある。
ネコテイム自体がニャーンにしか効かない可能性もあるし。
ん~。このギフトも謎ね。ギフト自体が謎っぽいけど)
再び二人は歩みだした。
風が二人の髪を撫でていく。
陽光が久しぶりに温かく感じられた。
・・・
崖の上。
黒いコートを羽織った男が、ゆっくりとその姿を見送っていた。
「……バルドが戻らない……?」
グレンだった。
アレンを引き離すための“分離計略”。
リュミナという支援者がいなければ、アレンはただの荷物持ち。
それがグレンの前提だった。
だが、結果は違った。
(……バルドが負けた?しかも、アレンに?)
信じがたい。
あの怪力のオーガを、たった一人で倒したというのか。
グレンは舌打ちを一つして、遺跡の中へ足を踏み入れた。
薄暗い通路。崩れた岩。血の匂い。
そして――。
「……バルド……」
そこに転がっていたのは、仲間の亡骸。
胸に深く焼け焦げた跡。
溶断――高熱の刃による一撃だった。
グレンの喉が震えた。
バルドの頑丈な肉体を、一瞬で貫いた“何か”。
「……奴の光剣はあの女の魔法で出したものだと思っていた。
確かに女とアレンは分離した。
じゃあ、アレンが魔法剣を習得したというのか?!」
ゆっくりと拳を握り締めた。
かつて、どんなに命令されても逆らえなかったアレン。
それが今は仲間を殺すほどの力を持ち、そして――自らの意思で戦っている。
(あいつ……変わった。あの女がいなくても強くなってる。
もし俺たちが“見殺しにした”ことを”恨んで”いたら……)
ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
(あいつはきっと俺たちに復讐する。……その前に、潰すしかない)
グレンは表情を消し、ゆっくりとかかとを返した。
・ ・ ・
〈数時間後・酒場裏の控室〉
グレンは、ひとりの女に報告していた。
「バルドがやられた。……アレンにだ」
メルナの手が止まった。
「……は?」
「信じたくねぇが、事実だ。遺体を見た。焼け焦げてた」
椅子を蹴るように立ち上がった。
「バルドが……? あの馬鹿力を、あのクソ荷物持ちが?」
「ああ」
メルナの瞳が揺れた。
「……バルドはあたしを拾ってくれた。
浮浪児だったあたしを、パーティに入れてくれた。
兄弟みたいなもんだった」
拳を握りしめる。
「アレン、ぶっ殺してやる。」
メルナの尻尾が激しく揺れた。
「アレンを放っておくのは危険だと思う。
俺も協力する」
メルナがグレンを睨みつけた。
「あのハーフ女も不気味だ。
アレンの強さに関係しているはずなんだが」
グレンの言葉に、ニヤリと笑い、メルナは爪を鳴らした。
「決まりだ。あたしがアレンの目の前であのハーフ女をぶっ殺す。
絶望を味わわせたあと――同じように奴もぶっ殺す。」
「俺は何をしたらいい?」
「あの獲物はあたしのだ。お前は情報をよこすだけでいい。」
「……わかった。お前に任せる」
怒りと憎悪が混じり合い、瞳が爛々(らんらん)と光った。
「ふふ、任せときな。泣き喚く声を街中に響かせてやる」
その言葉に、グレンは何も返さなかった。
ただ静かに立ち去る。
背後では、メルナの低い笑い声が響いていた。
・ ・ ・
〈同刻・ギルド内ホール〉
「本当に、ありがとうございました!」
妹が深々と頭を下げる。
兄のニールは眠っているが、顔色は少し戻っていた。
「無事でよかった。それが一番だよ」
アレンは優しく笑い、リュミナも肩をすくめて頷く。
「うん。これでやっと、依頼完了だね」
妹が懐からそっと銅貨を一枚取り出した。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、これが報酬……」
アレンは銅貨1枚を受け取って、穏やかに微笑む。
「十分だ。ありがとう、また何かあったら依頼してくれ。」
その様子を、ギルドの受付カウンターから見ていた若い受付嬢が、
思わず目を潤ませていた。
「アレンさん……ありがとうございます……」
周囲の冒険者たちもざわついた。
かつて《白銀の風》の荷物持ちだった男が、
今では人を救い、堂々と報酬を受け取っている。
「見たか? あれが“ネコたらしのアレン”だってよ」
「もう無能じゃねぇよ。立派な冒険者だ」
小さな噂が静かに広がっていった。
・ ・ ・
報告を終えたあと、ギルドを出る。
アレンが伸びをして振り返ると、リュミナが何か考え込んでいた。
「……どうした?」
「ちょっと行きたいところがあるの」
「行きたいところ?」
「うん。アルカノス遺跡のことがまだ気になるの。
少しだけでいい。……付き合ってくれる?」
アレンは笑って頷いた。
「もちろん。どうせ俺も気になってた」
「ありがと、アレン」
二人の背中が夕陽に照らされる。
その光景を遠くからひとつの影がじっと見つめていた。
「……楽しんでるじゃねぇか。それも今のうちだ」
金の瞳が光り、唇がゆがんだ。
――メルナだった。
「次はお前の番だよ。ハーフ猫」
夕暮れの風に低く残虐な笑い声が溶けていった。
ざまぁ第一弾。みんなに認められる!
そして不穏な猫娘。
ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。
もしよろしければ、次の読者への道標に、評価やブクマをお願い致します。




