腰痛おじさんと婚礼騒動
翌朝。村の広場は昨日以上に騒がしかった。
「腰痛勇者様と神の花嫁様の婚礼だ!」
「宴のために収穫を急げ!」
「腰痛像はどうする!? やっぱり銅像より木像か!?」
俺は腰を押さえながら頭を抱える。
「……誰が結婚するって? 俺はまだ独身ライフ満喫中だぞ」
だが村人たちは耳を貸さず、子供たちが花冠を持って押し付けてくる。
「おじさん! 花嫁様に渡して!」
「腰痛婚、楽しみ!」
「腰痛婚って言うなぁ!」
逃げ場を求めて畑に戻ると、そこでさらに驚くことになった。
昨夜植えたばかりの野菜が、一晩で驚くほど育っていたのだ。
トマトは鈴なり、麦は黄金色に実り、じゃがいもは土からごろりと顔を覗かせている。
「……またかよ」
これこそ、俺のバグスキル【農業超過成長】の仕業だった。もう隠しようがない。
案の定、村人たちは大喜び。
「宴の食材が山ほどあるぞ!」
「腰痛勇者様の畑はやっぱり神の畑だ!」
「これで婚礼は盛大にできる!」
「いやいやいや! 勝手に婚礼のために収穫すんな!」
俺の抗議は空しく、村中がお祭りモードに突入していった。
一方そのころ王都では、王城の謁見の間に怒号が響き渡っていた。
王子クラウディオが報告書を握りしめ、顔を真っ赤にして机を叩いていたのだ。
「腰痛おじさんに……花嫁だと!? しかも村では婚礼準備を進めているだと!?」
側近たちは冷や汗をかきながら目を逸らす。
「ご、ご安心を王子。花嫁といっても正体不明の存在……精霊か魔物かも……」
「ならばなおのことだ!」
王子は椅子を蹴り飛ばし、憤然と立ち上がった。
「腰痛に神の花嫁を与えるなど、国家の威信に関わる! 必ず奴を王都へ連行しろ! 花嫁ごとだ!」
大臣のひとりが小声でつぶやいた。
「……陛下は“利用価値を調べろ”と仰せでしたが……」
その声は王子の怒声にかき消される。
「口答え無用! 腰痛に光が集まるなど、許してはならん!」
場は一瞬静まり返り、やがて兵士たちが整列した。
「追加の調査隊を結成せよ。村を包囲し、花嫁を確保せよ!」
王子の命令に従い、百人規模の増援部隊が村へ向けて出発する。
大臣たちは渋い顔で見送った。
「……本来なら国の食糧問題を解決できるかもしれぬ存在だ。だが、王子は面子を優先した」
「愚かではあるが……止められぬ」
王都の影は、確実におじさんの平穏を削り取ろうとしていた。
昼過ぎ、村の広場は完全に婚礼会場と化していた。
花で飾られた祭壇、料理の山、そして畑から収穫されたばかりの野菜が所狭しと並んでいる。
「腰痛勇者様と神の花嫁様のご婚礼じゃ!」
「宴だ宴だ! 腰痛鍋を作れ!」
「腰痛像も完成間近だぞ!」
「腰痛鍋って何だよ! 腰に効く薬膳か!?」
俺は頭を抱え、腰をさすりながら花冠を押し付けられていた。
当の花嫁――光から生まれた精霊少女は、まだ半分眠たげで俺の袖を掴んでいる。
「……おじさん、腰の音、また鳴った」
「いや、式場で実況するな!」
そんなドタバタの中、突如として冷たい風が吹き抜けた。
村人たちの笑顔が凍り付き、広場の入り口に黒マントの影が現れる。
「……茶番だな」
魔王軍の使者がゆっくりと歩み出る。
「花嫁は我らが預かる。ここにいるべき存在ではない」
その宣告に村人たちは一斉に叫んだ。
「神の花嫁を奪う気か!」
「腰痛勇者様の伴侶を返せ!」
「いや俺の伴侶じゃねぇから!」
必死に否定する俺を無視して、使者は少女を見つめる。
「精霊核……目覚め始めたか」
その言葉に少女の瞳がわずかに揺れた。
「……おじさんと畑にいる」
小さな声に村人たちは歓声を上げ、兵士たちは剣を構える。
使者は肩をすくめた。
「ならば力ずくででも連れて行くまで」
宴会場は一瞬で戦場の気配に包まれた。
村人が鍬を構え、兵士は剣を抜き、魔王軍の使者は黒い魔力をまとった。
三つ巴の修羅場が広場を支配する。
「花嫁様を奪わせるな!」
「王都の威信を守れ!」
「腰痛を利用させはせん!」
そして俺は真ん中で叫ぶ。
「腰痛腰痛言うな! 俺はただの農夫だぁぁぁ!」
だが状況は待ってくれない。兵士たちが突撃し、村人とぶつかろうとしたその瞬間――俺の腰に激痛が走った。
「ぐぉぉっ……!」
反射的に腰を伸ばすと、派手な音とともに衝撃波が奔り、兵士も村人もまとめて吹っ飛んだ。
「なっ……!?」
「ひ、膝が勝手に……!」
「腰痛勇者様が……一振りで戦を止めた!?」
「いや違う! ただのストレッチだ! 今のは偶然だから!」
必死に否定するが、誰も信じやしない。
倒れた兵士たちは呻き声を上げ、魔王軍の使者だけが冷静に立っていた。
「……やはり異常だ。腰痛を侮ってはならんな」
「だから腰痛でくくるな!」
そのとき、少女が目を開けた。
青白い瞳に紋章のような光が浮かび、静かに呟く。
「……争い、いらない」
言葉と同時に、空気が震え、広場全体が柔らかな光に包まれた。
剣も鍬も黒い魔力も、その力に触れた瞬間、すべて霧散していく。
俺は呆然とその光景を見つめ、ため息をついた。
「……また平穏が遠ざかっていく。腰痛持ちに世界平和を背負わせんなよ……」




