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腰痛おじさんと神の花嫁!?

 翌朝。まだ太陽が顔を出したばかりだというのに、村の広場は異様な熱気に包まれていた。

 畑から生まれた青白い光の少女――村人たちは彼女を「神の花嫁様」と呼び、朝から勝手に準備を始めていたのだ。


「よーし、婚礼用の花冠を作るんだ!」

「宴の席は広場でええな!」

「腰痛勇者様と花嫁様の結婚式じゃあ!」


「いや、待て待て待て!」

 俺は慌てて両手を振る。

「そもそも俺は結婚する気なんて……いや、結婚どころか、相手はまだ名前もわからんのだぞ!?」


 しかし誰も聞いちゃいない。子供たちまでもがきらきらした目で俺を見上げてきた。

「おじさん、もう結婚するの!?」

「花嫁様、かわいかったよ!」


「いや、お前ら、俺の意思はどこ行った!?」

 俺は腰をさすりながら深いため息をつく。


 その横で、老婆が神妙な顔で言い放った。

「十度の転生を経て腰痛勇者様となり、ついに花嫁を迎えた……これぞ天の摂理よ」

「やめろ! それっぽい語りで勝手に既成事実を作るなぁ!」


 村人たちの暴走は留まる気配を見せず、朝から広場は婚礼ムード一色に染まっていった。


 広場の喧騒を抜けると、畑の前では全く別の緊張が漂っていた。

 調査隊の兵士たちと、森の端に立つ魔王軍の使者が、互いに睨み合っているのだ。


「この娘と腰痛おじさんを王都へ連行する。それが王命だ」

 調査隊長が剣を突き立て、低く告げる。


「ふん。王都に渡せば、国ごと呑み込まれるだろう。腰痛ごときに世界は託せん」

 黒マントの男は淡々と返す。


「だから腰痛腰痛言うな!」

 俺は両手を振りながら必死に割って入った。

「俺はただの農夫だ! 畑を耕して、飯食って、腰を鳴らして寝るだけの人生でいいんだ!」


 だが兵士も使者も聞く耳を持たない。

「王都の存続がかかっている」

「魔王軍の未来がかかっている」

「村の平和がかかっている」


 三方向から同時に責任を押し付けられ、俺は頭を抱えた。

「……俺は布団か! 引っ張るな! 腰が砕ける!」


 そのやり取りを村人たちは涙ぐみながら見守っていた。

「やはり腰痛勇者様は引っ張りだこ……」

「国も魔王軍も認める存在なんだ……」

「腰痛は世界を繋ぐ架け橋なんだなぁ」


「いや違うだろ!? 腰痛に世界を背負わせるな!」

 俺の必死のツッコミも、やっぱり誰の耳にも届かないのだった。


 睨み合いが続く中、俺は腰を伸ばそうと深呼吸した。

 ――グキッ。

 例の音が、やけに大きく響き渡る。


 すると、花の中心で眠っていた少女がぴくりと反応し、ゆっくりと瞼を開いた。

「……また、腰の音」


 場が一斉に凍り付く。

「やはり腰痛勇者様の神託で目覚めるのだ!」

「奇跡だ! これで花嫁様が覚醒した!」

「腰音が目覚めの合図……!」


「いや、ただの矯正音だから! 整体行ったら誰でも鳴るやつだから!」

 必死に否定するが、少女は俺をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。

「……王都、嫌い。畑がいい」


 その一言で、場が再びざわめき立つ。

「やはり! 腰痛勇者様と共に村に残るおつもりだ!」

「花嫁様が村を選んだぞ!」

「王都に連行することは許されん!」


 調査隊長は顔を引きつらせた。

「馬鹿な……王都の命に逆らうつもりか」

 魔王軍の使者は逆に薄笑いを浮かべる。

「……ほう。腰痛に惹かれるとは奇妙な娘だ」


「惹かれてねぇ! 腰痛は恋愛フラグじゃない!」

 俺は叫ぶが、少女は裾をぎゅっと掴んだまま離さない。


「……畑、守る」

 小さな声が、夜風に溶けるように響いた。


 村人たちは涙を流し、兵士たちは焦り、魔王軍の使者は意味深に頷く。

 そして俺だけが天を仰ぎ、心の底からぼやいた。

「……俺の畑ライフ、また遠ざかった気がする」


 少女の「畑がいい」という一言で、村人たちは完全に暴走した。

「腰痛勇者様と神の花嫁様の婚礼だ!」

「宴だ! 盛大に祝うぞ!」

「鍬と腰ベルトを供えろ!」


「供えもんに腰ベルトってどういう発想だよ!?」

 俺は必死に否定するが、子供たちは花を摘んで花冠を編み、老婆は婚礼の段取りを朗々と読み上げる。

 広場の隅では、もう木材を組み始める若者たちの姿があった。


「腰痛像を立てるんじゃ! 腰をさすりながら立つ姿で!」

「やめろぉぉぉ! なんで俺の銅像が腰押さえポーズなんだよ!」


 兵士たちは呆然とその光景を見つめ、魔王軍の使者は肩を震わせて笑っていた。

「……腰痛像、悪くない。敵国の象徴としては滑稽だ」

「滑稽って言うな!」


 混沌の中、ひとりの若い兵士が馬を駆り、王都へと急いでいた。

「報告せねば……腰痛おじさんに、神の花嫁が現れたと……!」


 ――その報せは、数日後に王城へ届く。



 王の間。

 書状を受け取った王子クラウディオは顔を真っ赤に染め、怒りで震えていた。

「腰痛おじさんに……花嫁、だと……!?」

 玉座の横で大臣が恐る恐る口を開く。

「事実でございます。村では“神の婚礼”と称され、腰痛像を建立する動きも……」


「許さん! 絶対に許さん!!」

 王子の怒声が城中に響き渡る。

「腰痛ごときが花嫁を得るなど、断じてあってはならぬ! 次こそ、奴を徹底的に追放してやる!」


 その眼は憎悪に燃え、ついに王都も本格的に動き出そうとしていた。

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