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腰痛おじさんと芽から生まれた存在

 畑の中央で巨大な蕾がゆっくりと開いていく。

 青白い光が夜空を照らし、村人も兵士も、魔王軍の使者すら息を呑んだ。


「ひ、光の花だ……!」

「ご神木が目覚められた!」

「魔物だ、討て!」


 歓声と悲鳴が入り混じる中、俺は腰をさすりながらぼやいた。

「いやいや……どう見てもただの雑草が育ちすぎただけだろ……」


 花弁が完全に開くと、その中心に淡い光の人影が浮かび上がった。

 ゆっくりと形を成し、やがて透き通るような肌と、銀に近い淡青の髪を持つ少女が姿を現す。

 瞼を閉じたまま、ふわりと花の上に立ち、やがて小さな声を漏らした。


「……腰の音、うるさい」


 全員が凍り付く。

「なっ……!? おじさんの腰に反応したぞ!」

「やはり神託だ!」

「馬鹿な、魔物に決まっている!」


「いやいやいや! 俺の腰はそんなにワールドクラスじゃねぇから!」

 必死に否定する俺をよそに、少女はゆっくりと瞼を開けた。

 青白い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。


「……あなたが、呼んだ」


 その一言で、場はさらなる混乱に包まれた。

「やっぱり勇者様だ!」

「いや魔王の花嫁か!?」

「腰痛勇者の伴侶が顕現したぞ!」


「……勝手に花嫁扱いすんなぁぁぁ!」

 俺の叫びは、夜空に吸い込まれていった。


 光の花から現れた少女は、ふらりと一歩踏み出し、俺の前に降り立った。

 背丈は子供と大人の中間くらい。年齢不詳の雰囲気を漂わせ、青白い光が彼女の輪郭を淡く揺らしている。


「……おじさんの畑、あたたかい」

 小さな声でそう呟くと、村人たちが一斉に叫んだ。


「ご覧あれ! おじさんの花嫁だ!」

「腰痛勇者様の伴侶が天より舞い降りた!」

「これで村は安泰だぁ!」


「いや勝手に結婚式あげるな!」

 俺は全力で否定するが、兵士たちは兵士たちで別の方向に暴走していた。


「未知の存在……国家にとって利用価値がある」

「王都へ連行せよ! 王家の庇護下に置くのだ!」

「そうだ、勇者おじさんごと王城へ!」


「俺は勇者じゃねぇ! 腰痛の農夫だ!」

 必死に叫ぶが、声はどこまでも虚しく響く。


 さらに魔王軍の使者が一歩前に出て、不敵に笑った。

「……やはり。我らが探していた存在だ。この娘こそ、芽に宿された“精霊核”」

「精霊核……?」俺は首を傾げる。

「簡単に言えば、世界を揺るがす種火だ。……腰痛のお前には荷が重すぎる」


「だから何で腰痛を基準にするんだよ!」

 俺のツッコミが夜空に響く。


 少女はそんな騒ぎをよそに、俺の服の裾を小さな手でつまみ、ぽつりと呟いた。

「……ここにいる。畑にいたい」


 村人は感涙し、兵士は困惑し、魔王軍の使者は意味深に微笑む。

 ただ一人、俺だけが頭を抱えていた。

「……俺の意思はどこ行った」


 村人と兵士と魔王軍の使者。三つ巴の睨み合いは、今にも爆発しそうな気配を帯びていた。


「腰痛勇者様を王都に連れて行くなど認めん!」村長バルドが鍬を振りかざす。

「守り神を奪う気か!」

「腰痛は村の宝だ!」


「村の感情など無意味だ!」調査隊長が叫ぶ。

「この娘とおじさんを王都に連行する。それが国の命運を決める!」


 さらに魔王軍の使者が低く笑う。

「くだらん。腰痛を国家の柱に据えるなど、茶番だな。我らが求めるのはこの“精霊核”。その少女だ」


「だから腰痛腰痛言うな!」俺は両手を振り、全力で否定する。

 だが誰も耳を貸さず、村人は鍬を構え、兵士は剣を抜き、使者は黒い魔力をまとった。


「やめろ! 畑で戦うな!」

 俺の叫びも虚しく、空気は一気に張り詰める。


 その瞬間――。


「……うるさい」

 精霊少女が小さく呟いた。


 次の瞬間、青白い光が花弁から奔流のように溢れ出す。

 まるで風に乗った眠気のように、その光は村全体を包み込んだ。


「な……ぐぅっ……」

「剣が……重……」

「腰痛勇者様ばんざ……」


 兵士も村人も、次々と力を抜かれてその場に眠り込んでいく。魔王軍の使者ですら、目を細めながら膝をついた。


 畑に立っているのは、俺と少女だけ。

 夜風が静かに吹き抜け、世界から音が消えたようだった。


「お、おい……お前、今の……」

 少女はふらりと俺に近づき、裾を握ったまま、また小さく呟いた。

「……おじさんの畑、あたたかい」


 俺は腰をさすりながら天を仰ぐ。

「……勘弁してくれ。俺はただの腰痛持ちなんだぞ」


 青白い光が収まり、村はしんと静まり返っていた。

 眠り込んだ村人と兵士があちこちに転がり、畑の真ん中ではただ俺と少女だけが立っている。


「……やれやれ、なんだこの状況」

 頭をかきながら腰を伸ばすと、ポキッと派手な音が鳴った。

「……腰の音、やっぱりうるさい」

 少女が眉をひそめ、小さな声で文句を言う。


「いや、俺だって好きで鳴らしてるわけじゃないんだよ……」

 ため息交じりに返すと、少女はじっと俺を見上げてきた。青白い瞳は、どこか底知れぬ深さを秘めている。


「あなた……十回も生まれ直したのね」


「っ……!?」

 心臓が跳ね上がった。俺の転生回数を知っている者など、神以外にいるはずがない。


「なんで……知ってんだ?」

 震える声で問うが、少女は答えず、ただ裾を握る手に力を込めた。


「畑を耕す人……好き」

 それだけ告げると、彼女はふらりと力を失い、再び花の中心に横たわるように眠りについた。


「おい! おいって!」

 慌てて呼びかけるが、少女は静かな寝息を立てるだけだった。


 そのとき、眠っていた村人たちが一人、また一人と目を覚まし始める。

「おじさん……神の花嫁を呼んだのか……」

「腰痛勇者様、やっぱり伝説だ!」

「ご神木と花嫁様で村は安泰だぁ!」


「……いや、俺はただ畑を耕してただけなんだが」

 どっと押し寄せる歓声と勘違いの嵐に、俺は腰を押さえながら天を仰いだ。


 平穏なスローライフは、また一歩遠ざかっていく。

「……俺の畑ライフ、どこ行った」

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