腰痛おじさんと調査隊
畑の裂け目から放たれる光に、夜闇を照らして現れた騎士団の列は、馬を止めざるを得なかった。
「な、なんだこの輝きは……!」
「魔法障壁か? いや、自然発生するはずがない……!」
騎士たちがざわめく中、村人は我先にと声を上げた。
「見ろ、腰痛勇者様の奇跡だ!」
「やっぱり守り神なんだ!」
「いやいや、今のは腰がグキッて鳴っただけだろうが!」
必死に否定しても、誰も聞いちゃいない。
調査隊の隊長らしき壮年の男が、兜を脱いで俺をまじまじと見た。
「……お前が噂の腰痛おじさんか」
「いや、ただの農夫だ。農夫兼腰痛患者だ」
村人たちはますますヒートアップ。
「農夫にして勇者! 腰痛にして神託!」
「どっちが本業なんだ!?」
「腰痛だな!」
「勝手に決めるなぁぁ!」
俺の叫びは夜空に虚しく消える。
そんな中でも光る芽はますます輝きを増し、畑の中央で不気味な音を立てていた。
騎士も村人も息を呑み、視線は自然と俺に集まる。
「……俺に期待すんなっての」
肩を落とし、俺は腰をさすりながら深いため息をついた。
調査隊は畑に近づこうとしたが、光る芽の周囲に張り巡らされたような見えない壁に阻まれた。
「ぐっ……!? 押し返される!」
「馬鹿な、触れてもいないのに!」
騎士たちが次々と弾かれ、鎧を軋ませて地面に転がる。
村人たちが一斉に叫ぶ。
「やっぱり腰痛勇者様しか触れられない!」
「そうだ、この村を守るのはあのおじさんだけだ!」
「ちょ、待て待て! なんで俺限定なんだよ!」
俺は両手を振って必死に否定するが、隊長が目を細めた。
「……試してみろ。お前なら近づけるのだろう?」
「いやいや、俺はただの腰痛患者で……」
「黙れ! 王の命だ。やれ!」
押し切られる形で、俺はしぶしぶ芽に近づいた。
手を伸ばし、そっと茎に触れる。
その瞬間、腰に激痛が走った。
「ぐぅぅっ……!」
思わず腰を伸ばすと、グキィッと派手な音が鳴り響く。
すると、不思議なことに光がすっと収まった。
芽は静まり、まるで眠るように揺れを止めたのだ。
沈黙。
次の瞬間、村人も兵士も一斉に叫んだ。
「奇跡だああああ!」
「やはり腰痛勇者様!」
「王都の未来を救う救世主だ!」
「違う違う違う! 今のは奇跡じゃなくてただの矯正音だ!」
俺の必死の否定は、やはり誰の耳にも届かなかった。
隊長は腕を組み、厳しい目で俺を見据える。
「……どうやら本当にお前が鍵らしいな」
「いやだから鍵でも何でも……腰の軟骨くらいしか挟んでないって!」
周囲の熱狂と誤解に押され、俺の平穏なスローライフはますます遠ざかっていった。
光が静まった畑の前で、調査隊の隊長は深く息をついた。
「……やはり貴様がこの現象の中心か。王命により、お前を王都へ連れて行く」
「はぁ!? 冗談じゃねぇ!」
俺は思わず声を荒げた。
「俺はただの農夫だぞ。腰痛持ちのおっさんが王都に行って何になる!」
村人たちも慌てて口々に叫ぶ。
「守り神を奪う気か!」
「腰痛勇者様はこの村の宝だ!」
「おじさんはここで畑を耕すのが一番なんだ!」
隊長は眉をひそめた。
「王都の存亡がかかっているのだ。村の感情など知ったことか」
俺は頭を抱える。畑、子供たち、ようやく見つけた居場所。全部引き剥がされるなんてごめんだ。
「……王都なんかに行ったら、また“勇者ごっこ”させられて、最後は追放だろ」
ぼそりと吐いた本音に、周囲が一瞬黙り込む。
その沈黙を切り裂くように、低い声が闇から響いた。
「――やはり、王都に渡すのは危険だな」
黒いマントの男が、森の影から姿を現した。昨夜現れた、あの魔王軍の使者だ。
「お、お前は……!」村人が身をすくませる。
男は冷静な眼差しで光る芽を見つめ、淡々と告げた。
「その芽は災いを呼ぶ。王都に運べば、国全体を巻き込むだろう」
隊長は剣の柄に手をかけた。
「魔王軍の手先か! 今すぐ斬るぞ!」
「落ち着け。俺は忠告に来ただけだ」
男の声は低く抑えられているが、不思議と村人たちを圧する力があった。
「おじさん。お前自身が選べ。王都に従うか、それとも……この村と芽を守るか」
突然の問いかけに、俺は思わず腰をさすった。
「……また面倒なことに巻き込まれるのかよ」
調査隊の松明と、村人たちのかがり火。二つの光が畑の前で睨み合うように揺れていた。
そこへ黒マントの男が立ちはだかり、空気はさらに張り詰める。
「この芽を王都に渡すわけにはいかん」
低く響く声に、隊長は剣を抜いた。
「黙れ、魔王軍の走狗め! 国王の命に背く気か!」
「命令に従えば、国は滅ぶ」
「ならば、この場で討ち果たすまでだ!」
緊迫した空気の中、村人たちは必死に叫ぶ。
「やめてくれ! ここで戦わないで!」
「守り神の畑を壊す気か!」
だが兵士たちはじりじりと前に出、魔王軍の使者も一歩も退かない。
その真ん中に立たされた俺は、思わず頭を抱えた。
「……頼むから俺を巻き込むな。俺はただの腰痛持ちの農夫だってば」
だが誰も聞いちゃいない。
そのときだった。
――ゴゴゴゴゴ……。
地面が震え、光る芽が不気味な音を立てた。
幹が裂け、巨大な蕾が開き始める。青白い光が迸り、夜空にまで届く柱となった。
「な、なんだこれは!?」
「花が……咲くのか!?」
「腰痛勇者様の神託だ!」
「違ぇよ! 俺は花を咲かせた覚えなんか……」
必死に否定するが、腰を伸ばした瞬間にグキッと音が鳴り、タイミング悪く光がさらに強くなる。
「やっぱり勇者様だ!」
「救世主だ!」
「王都へ! いや、この村で! 我らの神だ!」
三者三様の叫びが入り乱れる中、青白い花弁が一枚、また一枚と開いていく。
蕾の中心に、淡く揺らめく人影のようなものが見えた。
俺は顔を覆い、空に向かってぼやいた。
「……平穏なスローライフ、いつになったら始まるんだよ」




