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腰痛おじさんと畑防衛戦

 草原から広がる黒いノイズは、ついに村の畑へ迫っていた。

 緑に輝いていた小麦畑の一部が、ブロック状に崩れ、黒い砂のように散っていく。


「やめろぉぉ! 俺の畑に触るなぁぁ!」

 腰を押さえながら叫ぶ俺の声に、村人たちが顔を上げた。


 老婆が杖を突き、ふんっと鼻を鳴らす。

「腰痛でも勇者だよ、あんたは」


「いや勇者じゃなくて腰痛持ちのおっさんだから!」


 子供たちが門の上から手を振る。

「おじさん頑張れー!」

「腰痛すごーい!」


「応援は嬉しいけど形容詞がおかしい!」


 その横で討伐軍も再編成し、王子クラウディオが馬上で叫んだ。

「村を守るためなら……腰痛と共闘する!」


「待て、そこはせめて“おじさん”でいいだろ!?」


 擁護派はすかさず叫ぶ。

「腰痛様が世界を救う!」

「腰音に従え!」


 村人、討伐軍、擁護派――全員の視線が俺に集まる。

 背中の汗がじわりと広がり、腰の痛みがさらに重くのしかかる。


 ……それでも、畑を守りたい。

 その思いだけは、誰にも負けなかった。


 ノイズの影は畑の端を飲み込みながら、じわじわと村へ迫っていた。

 それを前に、討伐軍、擁護派、村人たちが一斉に立ち上がる。


「腰痛様を守れ!」

「腰痛を倒せ!」

「畑を守れ!」


「なんで三方向で全部バラバラなんだよ!」


 それでも奇妙な均衡が成立していた。

 討伐軍は槍を構え、擁護派は腰を押さえつつ盾になり、村人は農具を振り上げて構える。

 三つ巴が同じ敵――外側の影に向かって立ち向かう形になったのだ。


 だが擁護派の連中はやはり暴走する。

「腰痛様の腰鳴りに合わせて突撃だ!」

「ポキッ♪ ポキッ♪」


「歌うなぁぁ! 敵にバレるだろ!」


 クラウディオは顔を赤くして叫ぶ。

「腰痛のために戦うのは不本意だが……畑を守るためなら仕方ない!」


「畑って言え畑って! 腰痛基準で話すな!」


 老婆まで杖を掲げる。

「腰痛だろうがぎっくり腰だろうが、この村は渡さんよ!」


「いやそこはせめてぎっくり腰外して!」


 草原は剣戟と農具のぶつかる音、そして腰痛合唱でめちゃくちゃになった。

 それでも誰も逃げようとしなかった。

 全員が“畑”を守るために、外側に立ち向かっていた。


戦場の混乱の中、冷ややかな声が響いた。


「腰痛波動……臨界突破まで、残り一回の発作」


 ヌメロだ。算盤を弾き、魔導書に数式を刻みながら、淡々と宣告する。

 黒い外套の裾が揺れるたび、草原に広がるノイズが加速するように見えた。


「おい待て! そんな簡単にカウントダウンすんな!」

 俺は鍬を握りしめて叫ぶ。だが腰がずきりと鳴り、全身に嫌な汗が走る。


「次の腰痛発作で、外側との同調率一〇〇%。完全顕現」

「やめろぉぉ! 俺の腰をトリガーにすんなぁぁ!」


 精霊少女が袖を掴み、震える声を絞り出す。

「……もし臨界を越えたら……腰痛で、外側を押し返せる……かもしれない……」


「え? 俺の腰にそんな重要性あるの!?」

 耳を疑うような言葉に、全身が脱力した。


 ヌメロは感情のない声で続ける。

「だが成功率は三割。失敗時の被害範囲……村全体」


「やめろぉぉ! 村人にまで腰痛の責任負わせんな!」


 討伐軍も擁護派も村人も、一斉に俺に視線を向ける。

 その眼差しは畏怖と期待と混乱が入り混じったものだった。

 腰を押さえた俺の背に、どうしようもない重圧がのしかかる。


「……次の発作で、世界が変わる」

 ヌメロの冷たい声が、戦場全体に響き渡った。


 空はざらついたノイズに覆われ、村も畑も崩れかけていた。

 討伐軍も擁護派も村人も、誰一人逃げようとしない。

 全員が俺の腰を――いや、俺自身を見ていた。


「……勘弁してくれよ」

 鍬を握る手が震える。腰の奥からは、不吉な疼きがせり上がってくる。


「おじさん!」

 子供たちが門の上から叫ぶ。

「腰痛すごーい!」

「違ぇよ! でも……ありがとな!」


 老婆が杖を突きながら頷いた。

「勇者でも王子でもない。腰痛でもいい。あんたはあんたさ」


「……腰痛でも、か」

 笑うしかなかった。


 ヌメロの冷たい声が響く。

「臨界まで三秒」


「腰痛波動を、世界に刻め」


「勝手に煽るなぁぁ!」


 だが、もう逃げられない。

 俺は腰を押さえながら大きく息を吸い込み、鍬を振り上げた。


「腰痛でも関係ねぇ! 俺の畑は、俺が守る!」


 振り下ろした瞬間――。


 ――バキィィィィンッ!!!


 天地を裂くような爆音が鳴り響き、村も草原も光に包まれた。

 外側の影がうねりを上げ、ノイズの空が震える。


 臨界突破。

 腰痛が、世界を揺るがした。

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