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村の英雄?ただの腰痛おじさんです

 翌朝。

 畑の真ん中で光の花を見た村人たちは、まだ興奮冷めやらぬ様子だった。


「見ろ、まだ咲いてる!」

「神の奇跡じゃ!」


 子供たちも大はしゃぎだ。

「ユウ」がおれの腕を引っ張る。

「ねぇおじさん! 絶対勇者だよ! オレの師匠だもん!」

「ミナ」はさらに勢いがある。

「おじさんと結婚する!」


「……やめてくれ。俺はただの腰痛持ちだ」

 必死に否定するも、腰を伸ばした瞬間にポキッと音が鳴る。


「今、光が走ったぞ!」

「やっぱり勇者様だ!」

 村人たちの誤解は加速する一方だった。


 そこへ村長バルドがやってきて、白ひげを揺らしながら声を張り上げた。

「聞け! このおじさんこそ、我らの守り神だ!」

 どよめく村人。

「……いや、ただの追放おじさんなんだが」


 その日の昼下がり。村に珍しい訪問者がやってきた。

 背に荷を負った旅の商人で、汗をぬぐいながら村長の家を訪れる。


「噂を聞いてな。辺境のこの村で、畑が一晩で豊作になると……」

「おう、その通りじゃ!」とバルドは胸を張る。

「すべてはこのおじさんのおかげよ!」


「……おじさん?」商人は怪訝な目を向ける。

 そこに呼ばれて出ていった俺は、腰をさすりながら苦笑い。

「いや、誤解だ。俺はただ──」


「いいから見せてやれ!」

 村人に背中を押され、仕方なく畑に立つ。鍬を振り、軽く土を起こすと──その瞬間。

 掘ったばかりの土から小さな芽が顔を出した。


「な……!」商人は腰を抜かし、ひっくり返った。

「い、今植えたばかりだろ!? どうしてもう芽が!?」

「だから言ったろう、このおじさんは伝説の農耕勇者だと!」と村長が豪快に笑う。


「ち、ちがう! ただの老体の……」

 だが、腰を伸ばした拍子にまたポキッと音が鳴る。

「見ろ! 腰から力が解き放たれている!」

 商人の目まで輝き出した。


「こ、これは王都で売れば大儲けだ……!」

 村人の歓声と商人の野心が交錯する中、俺は頭を抱えた。

「……頼むから、腰の音を奇跡にするな」


 その晩、村の広場には大きな長机が並べられ、即席の宴が開かれた。

 テーブルの上には今日収穫したばかりの野菜料理がずらり。トマトの煮込み、焼きナスの香草添え、ポトフ風のスープ。素朴ながらも湯気を立てていて、香ばしい匂いが夜風に混じった。


「さあ、遠慮せず食べな!」と声をかけてくれたのは、村娘のサラ。

 彼女は大皿を抱え、おれの前にトマトとチーズを重ねた焼き料理を置いてくれる。

「これ、おじさんの畑のトマトで作ったの。いつもより甘いんだから!」


 子供たちも元気いっぱいだ。

「おじさん! これ食べると力が湧いてくるよ!」

「ねぇねぇ、もっと植えてよ! 毎日お祭りできるじゃん!」

 無邪気に笑うユウとミナ。


「……ただ肥料が効きすぎただけだろ」

 俺は苦笑しつつも、皿を受け取り一口かじった。

 ――甘い。確かに普通じゃないほど、濃厚な旨みが舌に広がる。

 周りの視線が集まる中で、なんだかくすぐったい気持ちになった。


 村長バルドが豪快にジョッキを掲げる。

「見ろ! この村に神が宿ったのだ! 腰痛勇者様に感謝を!」

「いや、勝手に勇者にすんなって……」

 ツッコミを入れても、誰も聞いてはいない。


 それでも。

 笑い声に包まれ、食卓を囲み、隣で子供が「おじさん!」と呼んでくれる。

 前世では戦い、裏切られ、肩書きばかり背負わされた。

 ――英雄になりたいと夢見ていた時代もあった。

 だが今、こうして「うまい!」と言ってもらえるだけで十分に思える。


 皿を空け、ふぅと一息。

「……追放も十回目なら、こういう居場所が一番だな」

 呟いた声は夜空に溶け、星が静かに瞬いていた。


 宴が終わり、村に静けさが戻ったのは夜更けの頃だった。

 焚き火の残り火がぱちぱちと音を立て、空には丸い月が浮かんでいる。俺は畑の縁に腰を下ろし、疲れた腰をさすりながらため息をついた。


「……はぁ。食いすぎたな。ポトフ三杯は若くない体に堪える」

 夜風が冷たく心地よい。だが耳を澄ませば、村の外れから馬車の音が遠ざかっていくのが聞こえた。


 ――あの商人だ。

 昼間、腰を抜かしていたあの男は、すっかり顔色を変え、最後には妙な目の光を宿していた。

「王都に戻ったら、必ず報告するぞ……この村に“伝説級”の人物がいるとな!」

 そう呟く声が闇に消えていったのを、俺は偶然耳にしていた。


「やれやれ。畑を耕しただけで大騒ぎか……。十回目の転生でも、やっぱり平穏は長続きしないな」

 腰を伸ばすと、またポキッと音が鳴る。

「……頼むから、この音を“神託”とか呼ばないでくれよ」


 そのときだ。

 足元の土が、ふるりと震えた。畑の端、昨日植えたばかりの苗のそばから、奇妙な光が漏れ出す。

 小さな芽が、夜の闇に向かって伸びていく。葉の先端は淡い青に光り、まるで星を映したかのようだった。


「……おいおい、今度はなんだ。雑草じゃないよな?」

 俺は思わず身を乗り出す。だが、腰に痛みが走り、うずくまった。


 その背後で、子供たちが眠る家々から寝息が聞こえる。

 この穏やかな夜が、どこまで続くのか――俺には知る由もなかった。


 ただひとつ言えるのは。

 この村の小さな畑から広がる噂と奇跡が、やがて王都を、そして世界を巻き込むことになるということだ。


「……俺はただの追放おじさん。腰痛持ちの農夫なんだがな」

 ぽつりと呟く声を、夜空の月だけが聞いていた。

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