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腰痛おじさんと村の門前

 見慣れた風車が視界に入った瞬間、胸の奥に熱いものが込み上げてきた。

「村だ……! やっと……畑に帰れる……!」


 だがその喜びもつかの間、村人たちの様子はおかしかった。

 遠目に黒い影を見た彼らは警戒し、門前に集まってざわめいている。


「なんだあの巨大な黒い塊は!」

「王都が崩れたって噂は本当だったのか……?」


 そんな中、擁護派が勝手に叫んだ。

「腰痛様がご帰還なされたぞぉぉ!」


「誰が腰痛様だぁぁ!」


 村全体がざわめきに包まれる。

 子供たちは目を輝かせ、老婆は「あんたまた腰痛かい」とツッコミ。

 門の前に並ぶ顔ぶれは懐かしくもあり、同時に緊張感に包まれていた。


 腰を押さえながら門へ近づく俺の耳に、精霊少女の弱々しい声が届く。

「……外側、追ってきてる……すぐそこに……」


 背後を振り返れば、確かに草原を黒いノイズが覆い始めていた。

 村の空気に安堵する暇もなく、再び背筋に冷たい汗が流れた。


 安堵にひたりかけたその瞬間、草原の向こうに赤い旗が翻った。

 鎧を着た兵士たちが整列し、馬上の王子クラウディオが高らかに号令を放つ。


「腰痛をここで仕留める! 奴を村に入れるな!」


「お前なぁ! 腰痛を人扱いすんなぁ!」


 討伐軍の兵士たちが村をぐるりと囲み、剣と槍を構える。

 村人たちはざわつき、老婆は慌てて杖を振り上げた。

「腰痛持ちが畑耕すくらい許してやりなさいよ!」


 そこへまたしても擁護派がしゃしゃり出る。

「腰痛様を守れ!」

「腰音の調べに従え!」


「だから俺の腰で歌うなっての!」


 討伐軍と擁護派が村の門前で対峙し、今にも衝突しそうな気配を漂わせる。

 子供たちまで「腰痛さんに触るなー!」と叫び、場は完全に混乱した。


「おじさん! またヒーローになっちゃった!」

「違う! 俺はただの畑耕すおっさんだぁ!」


 クラウディオが剣を掲げ、決戦の合図を振り下ろす。

 村の門前は、討伐派と擁護派と村人を巻き込んだ大乱闘の場へと変貌していった。


 討伐軍と擁護派が乱闘を始めたそのときだった。

 空が、ざらりと音を立てて揺らいだ。


 夕焼けの色が剥がれるように崩れ、村の周囲に黒いノイズが走る。

 畑の土がブロックノイズみたいに四角く抜け落ち、風車の羽根がぐにゃりと歪んだ。


「な、なんだ……!? 畑が……!」

 俺は絶叫した。腰の痛みも忘れて、崩れていく畑を指差す。


「腰痛様が世界を震わせておられる!」

「違ぇぇぇ! 俺じゃねぇぇぇ!」


 ヌメロが姿を現し、冷徹に算盤を弾いた。

「腰痛波動……同調率、九十五%。臨界間近」


「またお前か算盤野郎!」


 精霊少女が俺の袖を掴み、震えながら呟いた。

「……畑ごと……飲まれる……」


 その言葉に全身の血の気が引いた。

 俺の帰りたい場所――村も畑も、外側に呑み込まれて消えようとしている。


「やめろぉぉ! 俺の畑は渡さねぇぇ!」

 絶叫しながら腰を押さえる俺の声は、ざらつく空に吸い込まれていった。


 外側の影が村を呑み込もうと、草原からじわじわと広がってくる。

 空は砂嵐のようにざらつき、畑の緑は一部が黒いブロックに変わり始めていた。


「腰痛様、いよいよ神の裁きが!」

「違ぇぇぇ! これは俺のせいじゃねぇ!」


 俺は必死に腰を押さえた。

 畑が飲まれる――その事実に、胃がひっくり返るほどの恐怖が湧き上がる。

 でも同時に、腹の底から湧いた感情はそれだけじゃなかった。


「……守らなきゃ」


 気づけば口から出ていた。

 畑も、村も、ここで暮らしてきた人たちも――。

 俺が守らなきゃ、全部なくなってしまう。


 腰痛がどうとか、追放がどうとか、そんなの関係ない。


「腰痛でもなんでもいい! 俺の畑は渡さねぇ!」


 そう叫んで、腰を軋ませながら鍬を構えた。

 農具一つで立ち向かう俺の姿に、擁護派の信者が目を潤ませる。

「腰痛様……戦う腰痛様だ!」

「腰痛の鍬に導かれよ!」


「違ぇぇ! ただの農具だぁ!」


 それでも、その場の誰もが空気を変えられていた。

 村人たちも、討伐軍すらも一瞬動きを止める。

 外側の影はなお迫り、ヌメロが冷徹に告げた。


「次の発作で、臨界突破」


 俺は腰をさすり、鍬を振りかぶる。

「来やがれ……腰痛でも、この村は守る!」

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