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腰痛おじさんと追跡者たち

 王都を脱出した俺たちは、森の外れでどうにか野営を整えていた。

 といっても、瓦礫と煙を背にして腰をさすりながら焚き火を起こしただけだ。


「うおっ……ぐえっ……また腰が鳴った……!」

 火打石を叩こうと前かがみになった瞬間、腰から派手な音が響いた。


「記録しました!」

 すかさず学者派の男が羊皮紙に走り書きを始める。

「腰痛波動により、火打石の火花が通常より三割増しで発生!」


「違ぇよ! ただの摩擦と腰痛だよ!」


 枝を折ろうと背伸びをすれば、またもバキィッ。

「腰痛波動により、枝が通常より鋭角に折れた!」

「だから違うって言ってんだろ!」


 ……こいつらに付き合ってると頭まで痛くなる。


 隣では精霊少女が眠っていた。瓦礫の王城からずっと俺の袖を握ったままで、顔色はまだ青い。

 彼女の額の紋章がわずかに光り、焚き火の炎と同じリズムで揺れている。


「……外側……まだ、来てる」

 寝言のように呟く彼女に、俺は頭を抱えた。


「もう勘弁してくれ……俺はただ畑でスローライフしたいだけなんだ……」


 森の闇の中で、腰痛持ちのおじさんのぼやきだけがむなしく響いた。


 夜の森は、静けさの奥にざわめきを潜ませていた。

 焚き火の明かりの外側で、枝を踏む乾いた音が重なり合う。


「……腰痛を逃がすな」

「腰痛は必ず討つ」


 低く押し殺した声。討伐軍の追跡部隊が近づいていた。

 木々の間を縫うように、鎧の軋む音と剣の擦れる音が響く。


「やっぱり来やがったか……」

 俺は腰をさすりながら立ち上がる。


 だが、それだけでは終わらなかった。

 森の影から、腰痛信仰に取り憑かれた民衆までもが現れたのだ。

「腰痛様、われらが盾となりましょう!」

「腰音に導かれてここまで来ました!」


「勝手について来んな! 森は観光地じゃねぇ!」


 討伐軍はそんな信者たちを突き飛ばしながら進軍してくる。

「腰痛の取り巻きまで現れたか……!」

「全員まとめて捕らえろ!」


 広場での争いがそのまま森に持ち込まれ、木々の間で小競り合いが始まった。

「腰痛は国宝!」

「腰痛は災厄!」

「腰痛は整体の守護神!」


「最後のだけ若干正しい気がするんだよ!」

 俺は頭を抱えながら少女を抱き上げ、必死に走る。


 背後では剣戟と悲鳴が入り乱れ、森はあっという間に戦場と化した。


 討伐軍と信者たちが小競り合いを繰り広げる森の奥で、不意に冷たい風が吹き抜けた。

 枝葉がざわめき、闇の中から無数の赤い眼光が浮かび上がる。


「魔王軍だ……!」

 誰かが呟いた瞬間、漆黒の甲冑をまとった兵が一斉に飛び出してきた。

 討伐軍も信者も区別なく斬り伏せ、森はさらに混沌に沈んでいく。


「腰痛を奪え!」

「腰痛こそ、外側を開く鍵!」


「いや俺は鍵じゃなくて、ただの腰痛持ちだから!」


 剣戟の嵐の中、ひときわ異様な存在が姿を現した。

  討伐軍と信者たちが小競り合いを繰り広げる森の奥で、不意に冷たい風が吹き抜けた。

 闇の中から現れたのは、黒い外套をまとい、手に算盤と奇妙な魔導書を抱えた魔導士だった。


「……腰痛発作、平均硬直時間……十五秒。戦闘における致命的リスク、勝率計算……八十三%」


「誰だお前ぇぇ!」


 彼は淡々と数式を唱えながら杖を振るい、魔法陣を展開する。

「名はヌメロ。魔王軍において、観測と分析を司る者……」


「いや算盤で観測すんな! てか腰痛の平均硬直時間ってなんだよ!」


 討伐軍の兵が襲いかかるが、ヌメロは冷静に指を鳴らす。

「敵兵二十七名、士気低下率六十二%。撤退まで平均二分」

 その通り、兵士たちは次々に崩れ落ちていく。


 ヌメロの冷徹な瞳が俺を捉えた。

「……腰痛波動、未知数。外側との関連性――計算不能」


「だから計算すんな! 腰痛は関数じゃねぇぇ!」


 森は炎と悲鳴に包まれ、混乱は極限へと達していった。


 ヌメロの詠唱に呼応するように、森の奥で魔法陣が輝いた。

「腰痛波動……臨界近し。発動確率、六十九%」

「だから俺の腰で予測すんな!」


 兵士たちも信者たちも振り返り、俺の動きを凝視する。

 いやいや、そんな緊張感のある場面で腰を注目するなよ!


 次の瞬間、俺は思わず枝に足を取られ、派手に前のめりに倒れ込んだ。

 ――バキィッ!!


 爆音のような腰鳴りが森に轟き、周囲の木々が一斉になぎ倒された。

 衝撃波で討伐軍も魔王軍もまとめて吹っ飛び、道がぽっかりと開ける。


「退路……生成完了。腰痛波動、予測通り」

「予測すんなぁぁ!」


 俺は少女を抱きかかえ、開けた退路へと駆け込む。

 その背後でヌメロが冷徹に記録を続ける声が響いていた。

「外側の影、感知……ノイズ値、急上昇」


 振り返った一瞬、森の奥に“何か”が立っているのが見えた。

 光を吸い込むように揺らぐ黒いシルエット。瞳の代わりに、コードのような記号が浮かんでいる。


「……おい、今の見えたか?」

 誰も答えない。少女は小さな声で呟いた。

「……外側、もう追いついてる」


「追いつくなぁぁ! 俺は畑に帰りたいだけだぁぁ!」

 絶叫しながら、俺たちは闇の森を駆け抜けた。

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