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腰痛おじさんと王都脱出計画

 瓦礫と化した王都の広場に、かろうじて生き残った民衆が集まっていた。

 泣き声、うめき声、そして――なぜか腰痛信仰の合唱。


「腰痛様を守れ!」

「腰痛の裁きに感謝を!」

「腰音に耳を澄ませば未来が開ける!」


「いや開けねぇよ! 聞こえるのはポキッて音だけだよ!」

 俺は瓦礫をよじ登りながら必死に抗議した。


 だが群衆は興奮状態で耳を貸さない。学者派の男は、腰痛像の破片を抱え込みながら叫ぶ。

「この残骸を王立研究院に奉納すれば、必ず国を立て直せる! 腰痛は国家の礎だ!」


 一方で、討伐派の兵士たちは剣を振りかざして怒鳴る。

「腰痛こそ災厄! 奴がいる限り王都は滅ぶ!」


「おいおい、俺は腰痛で国を壊してるんじゃなくて……いやまあ結果的に壊してるか……?」

 自分で言って、頭を抱えた。


 ふと隣を見やると、精霊少女がまだ俺の袖を握ったまま眠っていた。額の紋章はうっすらと光を放ち、まるで「まだ外側が近い」と訴えているようだった。


「……もう畑帰ろうぜ、マジで」

 俺は深いため息をつきながら、村のことを思い出す。老婆の笑顔、子供たちのはしゃぐ声。

 瓦礫の王都で錯乱する民衆を見ていると、ますます「帰りたい」という気持ちが募るばかりだった。


 「腰痛討伐軍を結成せよ!」

 王子クラウディオの怒号が瓦礫の街に響いた。

 生き残った兵士たちが次々に立ち上がり、腰を押さえながらも剣を掲げる。


「腰痛を捕らえよ!」

「腰痛を討て!」


「いやだから腰痛って俺の名前じゃねぇ!」

 俺は慌てて叫ぶが、もう誰も聞いちゃいない。


 討伐軍が一斉に突撃してくる。

 それを遮るように、腰痛信仰に取り憑かれた民衆が叫び声を上げて立ち塞がった。

「腰痛様を守れ!」

「腰痛に剣を向ける者は腰を痛める呪いにかかるぞ!」


「なんだその呪い!? 勝手に俺の腰から派生するな!」


 広場はたちまち市街戦の様相を呈した。剣と剣がぶつかり合い、腰痛をめぐる口論がそのまま殴り合いに発展する。

「腰痛は国宝だ!」

「腰痛は疫病神だ!」

「腰痛は整体の化身だ!」


「最後のだけちょっと納得しかけたわ!」


 その混乱の中、俺は少女を抱えて瓦礫の陰に身を隠した。

 だが兵士たちは執拗に追い詰めてくる。


「腰痛、逃げたぞ!」

「追え! 腰痛を逃すな!」


「だから名前じゃねぇっつってんだろぉぉ!」


 瓦礫を蹴散らして走るたび、腰に鈍い痛みが走る。

 そのたびに周囲の兵士や民衆が一斉に振り返り、手を合わせて拝み始めるのだからどうしようもない。


「……俺、マジでここじゃ生きていけねぇわ」

 冷や汗を垂らしながら、俺は必死に逃走を続けた。


 「こっちです、腰痛様!」

 瓦礫の陰から声をかけてきたのは、学者派の一人だった。

 顔は煤にまみれ、手には腰痛像のかけらを大事そうに抱えている。


「城下町には避難用の地下道があります! そこを通れば追撃を振り切れるはず!」

「お前な……その像置いてこいよ!」

「とんでもない! 腰音の波動が染み込んでいるのです!」


「何でも腰音にすんな!」


 だが、背後からは討伐軍の足音が迫ってきていた。

 仕方なく俺は少女を抱え、その学者に続いて地下道の入口へと走る。


 苔むした石段を降りると、湿った空気と暗闇が広がっていた。

 だが安堵したのも束の間、耳をつんざく咆哮が響く。


「……魔王軍の残党!?」

 闇の奥から、黒い霧をまとった兵たちが姿を現した。


「腰痛と精霊核は逃さぬ!」


「また腰痛で括るなぁぁ!」

 俺の悲鳴と同時に、兵たちが一斉に襲いかかってきた。


 咄嗟に身をひねった瞬間――。

 バキィッ!


 腰が鳴り、地下道全体が揺れた。

 石壁にヒビが走り、天井から砂が降り注ぐ。


「うわああ! 腰痛波動で崩れるぞ!」

「違う! 俺はただ痛めただけだぁ!」


 だが結果的に、崩落した瓦礫が魔王軍の進軍を塞いだ。

 後ろで呻き声が聞こえるが、道はふさがれ、追撃は防がれた。


「……あの、やっぱり腰痛は神の加護では?」

「違うっつってんだろ!」


 俺は冷や汗を垂らしながら、少女を抱えてさらに奥へと駆けていった。


 地下道を駆け抜けるうちに、やがて前方から風が吹き込んできた。

 薄暗がりの先に差し込む光――出口だ。


「やっと……やっと抜けられる……!」

 腰を押さえながら必死に走る。だが石段を登るたびに腰がバキバキと鳴り響き、そのたびに同行していた学者派が拝み始める。


「ありがたや……腰痛様の一歩一歩が奇跡を刻んでおられる!」

「俺の腰音は鐘じゃねぇぇ!」


 出口を抜けると、瓦礫の王都の外れに出ていた。

 遠くの空は赤く染まり、沈みゆく夕日が城壁の影を長く伸ばしている。

 崩れた城の残骸を見やりながら、俺は深く息を吐いた。


「……これで、やっと畑に帰れるかもしれん」


 だが安堵したのも束の間、少女が袖を掴み、眠たげな声で呟いた。

「……外側は、まだ追ってきてる」


「おい! 外側って何だよ! せめて“腰側”って言え!」


 俺の絶叫に、学者派の男は感極まったように叫ぶ。

「腰痛様! 畑こそ聖域です! どうかそこでお力を!」


「いや畑は普通の畑だからな!? 俺の腰痛は農作物の肥料じゃねぇ!」


 それでも――。

 王都の混乱を背に、俺は確かに思った。


「……帰りたい。畑に」


 腰をさすりながら、俺は西の空に沈む夕日をにらんだ。

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