腰痛おじさんと瓦礫の王都
目を開けると、視界いっぱいに瓦礫が広がっていた。
かつて荘厳だった王城の天井も柱も、いまや石の山と化し、あちこちから煙が立ち上っている。
「……あー、やっぱりこうなったか」
俺は頭を押さえつつ身を起こそうとしたが――。
「ぐえっ……! いってぇぇぇ……腰が……!」
腰が悲鳴を上げ、またもや石の上に転がり戻ってしまう。
「腰痛様! ご無事か!」
駆け寄ってきた兵士が、なぜか腰を押さえながら跪いた。
「腰音がまだ鳴り響いております……! これぞ神託……!」
「いや今のはただのギックリだから! 奇跡でもなんでもねぇ!」
周囲を見渡すと、王都の民衆が半ば錯乱していた。
「腰痛の裁きだ!」
「腰痛様が新しい時代を開いたのだ!」
誰もが勝手に腰痛を神格化している。
その横で、精霊少女がゆっくりと目を開けた。
彼女の瞳にはまだ微かな光が宿り、瓦礫の上でも不思議な静けさを放っている。
「……おじさん、腰……まだ鳴ってる」
「実況すんな! お前のせいで全部腰にされてんだぞ!」
腰をさすりながら、俺は深いため息をついた。
「……畑に帰りたい」
崩れた王城の広場には、瓦礫をかき分ける人々の姿があった。
しかし彼らが探していたのは金銀財宝でも、亡き兵士の遺体でもない。
「腰痛像の残骸を集めろ!」
「早く再建するんだ! 腰痛様のご加護を失ってはならぬ!」
「いや腰痛像を優先すんな! 普通は水とか食料とか探すだろ!」
学者派は血走った目で瓦礫の中から石片を拾い上げていた。
「見ろ、この破片! 腰音の波動が残留している!」
「測定だ、記録だ! 腰痛は国宝だ!」
一方、貴族派は鼻を押さえ、怒声を張り上げる。
「腰痛こそ災厄だ! 城を崩壊させたのは腰痛のせいだ!」
「討伐軍を結成せよ! 腰痛を狩るのだ!」
「いや俺まだここにいるんだけど!? 本人の前で討伐計画立てんな!」
人々は完全に二分され、瓦礫の王都は「腰痛擁護派」と「腰痛討伐派」による口論と乱闘でさらに荒れ果てていった。
その混乱の中心に、傷だらけの王子クラウディオが姿を現した。
マントは破れ、額には血がにじんでいたが、目の光だけは異様に強い。
「聞け! 腰痛はこの国を滅ぼす元凶だ! 今こそ腰痛討伐軍を結成し、奴を処刑する!」
「処刑って! 俺ただ腰痛持ちなだけだぞ!?」
王子の叫びに呼応するように、一部の兵士たちが剣を掲げる。
「腰痛を討て!」
「腰痛を狩れ!」
対抗するように、腰痛信仰に染まった民衆が叫ぶ。
「腰痛様を守れ!」
「腰痛こそ未来だ!」
……王都は本格的に「腰痛戦争」へ突入しようとしていた。
腰痛擁護派と討伐派が互いに罵声を浴びせ合い、瓦礫の広場は修羅場と化していた。
殴り合いを始める者まで出てきて、もはや「内乱」という言葉がぴったりだ。
「おいおいおい……腰痛で国が割れてんぞ。歴史の教科書にどう載るんだこれ」
俺は腰をさすりながら頭を抱えた。
その時、空気を切り裂くような冷たい風が吹き抜けた。
黒い霧をまとった影が、崩れかけた城門から歩み入ってくる。
「……やはり瓦礫になったか。腰痛の痕跡は健在だがな」
「ラドリウス……!」
黒衣の男がゆっくりと現れる。魔王軍の幹部、ラドリウスだ。
背後には黒甲冑の兵たちが続き、王都の混乱を狙って雪崩れ込んでくる。
「腰痛と精霊核は、必ず我らがものとなる」
「だから腰痛で括るなぁぁ!」
俺の絶叫もむなしく、魔王軍の突撃で群衆はさらに混乱に陥った。
腰痛擁護派の民衆は「腰痛様を守れ!」と盾になって立ち塞がり、討伐派は「魔王軍と腰痛は同じ穴の狢だ!」と勝手に攻撃を始める。
「なんで腰痛で三つ巴になってんだよ!?」
ラドリウスは混乱を見下ろし、薄く笑った。
「愚かだな。だが愚かだからこそ、腰痛は旗印となる」
その眼差しは俺と少女に向けられていた。
精霊少女はまだ俺の袖を握ったまま、か細い声で呟く。
「……外側、もっと近い」
「近づけんな! これ以上ややこしくすんな!」
俺の悲鳴は剣戟と爆炎の渦にかき消され、王都はさらなる地獄絵図と化していった。
瓦礫の広場は、もはや地獄絵図と化していた。
腰痛擁護派と討伐派が互いに殴り合い、魔王軍がそこに乱入し、さらに腰痛信仰の熱狂者が腰を押さえながら踊り始める。
「腰痛にひれ伏せ!」
「腰痛を討て!」
「腰音は希望のメロディ!」
「なんだその三重奏! 腰ひとつで国家崩壊してんじゃねぇか!」
俺のツッコミも虚しく、戦乱は拡大する一方だった。
王子クラウディオは剣を掲げて叫ぶ。
「腰痛討伐軍よ、我に続け!」
その横で学者派が必死に反論する。
「腰痛は国宝だ! 討伐など許さぬ!」
「だから俺を腰痛で分類すんなぁぁ!」
そんな混乱の渦の中、ラドリウスが不意に立ち止まり、冷ややかに笑った。
「……面白い。だがこの国は長くはもたぬ。腰痛と精霊核は必ず我らが奪う」
そう告げると黒霧をまとい、部下を引き連れて退却していった。
瓦礫の広場に残されたのは、討伐軍、擁護派、そして信仰者が入り乱れる修羅場だけ。
「……」
袖を握る精霊少女が静かに言った。
「……畑に、帰ろう」
「帰れるかぁぁぁ! この状況で!」
俺の叫びが瓦礫に反響する中、王都は完全に崩壊の一歩手前にあった。




