腰痛おじさんと腰痛裁判
玉座の間に張り詰めた空気の中、王子クラウディオが高らかに宣言した。
「腰痛は国家にとって脅威である! これより腰痛裁判を始める!」
「いや脅威って! 俺ただの農夫だぞ!? 腰痛は持病だぞ!?」
必死に抗議するが、廷臣たちは次々と証言を始めた。
「腰痛勇者様の腰音を聞いたら、長年の腰痛が和らぎました」
「腰痛像を拝んだら、膝の痛みまで消えました」
「腰痛畑の野菜を食べたら、胃腸の調子がよくなりました」
「完全に整体とサプリ扱いじゃねぇか!」
次々と寄せられる“奇跡体験談”に、群衆はざわつき、廷臣は頷き合う。
「やはり腰痛は神託……」
「いやただの症状……」
俺の否定はむなしく響くだけだった。
さらに証人として呼ばれた村人までが口々に叫ぶ。
「腰痛様は腰で世界を救う御方!」
「腰の鳴る音こそ希望の鐘!」
「だから腰に全部集約すんな! 俺は腰の妖怪じゃねぇ!」
玉座の上の王子は、勝ち誇ったように腕を組む。
「見たか! この通り、腰痛は人々を惑わす存在なのだ!」
廷臣の一部は頷き、また一部は渋い顔をしていた。
腰痛裁判は、喜劇の皮をかぶったまま始まってしまったのだった。
証言ラッシュが一段落すると、廷臣たちの間で口論が始まった。
「腰痛勇者様は国の財産です! 世界樹を呼び、畑を豊穣に変えるその力……利用せぬ手はございません!」
「馬鹿を申すな! 腰痛など醜態、王家の威信を傷つけるだけだ! 王都に“腰痛信仰”など広まってみろ、笑いものだ!」
「いやもう広まってんだよ! 城門前で腰痛連盟が旗振ってただろ!」
俺のツッコミは空しく反響するだけだった。
学者派は机を叩きながら前のめりに主張する。
「腰痛の発作と世界樹の反応は明らかに連動している! 測定すれば国家的資産になる!」
「腰痛の周波数を記録し、兵士の訓練に応用できるはずだ!」
「やめろ! 腰痛を軍事利用するな!」
一方、貴族派は鼻を鳴らして叫ぶ。
「腰痛の力は不確定、制御不能! ゆえに脅威だ! 花嫁と共に処分するべきだ!」
「処分って俺まだ生きてんだぞ!?」
廷臣たちの言い争いは激しさを増し、玉座の間は混乱に包まれる。
その中で、袖を握っていた精霊少女がふと目を開けた。
「……腰痛、外側にいる」
小さな声が空気を凍らせた。
「外側?」「どういう意味だ?」廷臣たちがざわめき始める。
俺は慌てて口を塞ごうとした。
「おい! 余計なこと言うな! 裁判がさらにややこしくなる!」
だが時すでに遅し。
「やはり腰痛は異界と繋がっている!」
「腰痛は神話の具現!」
「腰痛は国を滅ぼす!」
論争はさらに熱を帯び、裁判は収拾不能な泥仕合に突入していった。
廷臣たちの口論が最高潮に達したその時だった。
突如として城の外から爆音が響き、玉座の間の窓ガラスが震えた。
「な、何事だ!?」
「敵襲――!」
次の瞬間、扉が吹き飛び、黒い靄をまとった魔物たちがなだれ込んできた。
その後ろから、漆黒の外套を羽織った兵士たちが姿を現す。
「腰痛と精霊核は我らが頂く!」
「また腰痛で括るなぁぁぁ!」
俺の悲鳴もむなしく、魔王軍は広間に雪崩れ込み、衛兵たちと激突した。
剣と魔力が交錯し、玉座の間は一瞬で戦場に変わる。
さっきまで裁判ごっこをしていた大臣や学者たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。
「腰痛勇者様を守れ!」
「いやむしろ腰痛を差し出せ!」
「腰痛を討て!」
「腰痛を利用せよ!」
腰痛をめぐって王都兵士同士まで争いを始める始末だ。
「おい待て! なんで腰痛が原因で内乱が始まってんだよ!?」
混乱の渦の中、王子クラウディオは剣を抜いて叫んだ。
「腰痛! ここでお前を裁く! この混乱もお前のせいだ!」
「いや魔王軍のせいだろ!? 俺ただ腰痛持ちなだけだろ!?」
その時、精霊少女が俺の手を強く握り、瞳に紋章を浮かべた。
「……腰痛、呼んでる。もっと外側が」
「呼ぶな! 何を呼んでんだよ!?」
俺の叫びは、剣戟と爆炎の音にかき消されていった。
剣戟と爆炎の渦中、俺は腰を押さえて必死に身をかがめていた。
「くっ……やっぱり無理だ……! 長時間立ってると腰にくるんだよぉぉ!」
その瞬間、俺の腰からバキィッと鈍い音が響いた。
同時に衝撃波のような風が広間を駆け抜け、魔王軍の兵も王都兵もまとめて吹っ飛ばした。
「な、なんだ今のは……!?」
「腰痛波動が……炸裂した!?」
「やはり腰痛は神の裁き……!」
「違う違う! ただ鳴っただけだから! 俺の腰は武器じゃねぇ!」
混乱の中、王子クラウディオが剣を突きつけてきた。
「見たか! やはり腰痛は脅威だ! この場で排除せねば王都は滅ぶ!」
「殿下、何を言う! この力こそ国を救うのだ!」と学者が反論する。
廷臣たちは再び「利用派」と「排除派」に割れ、声を荒げた。
「腰痛は国宝!」
「腰痛は災厄!」
「腰痛は神!」
「腰痛は病気!」
「せめて最後の意見を採用しろよ!」
俺は泣きそうになりながら腰をさすった。
その時、黒い靄をまとった影が少女に手を伸ばした。
「……精霊核は我らがいただく」
ラドリウスが静かに立っていた。
少女の紋章が強く輝き、玉座の間全体を包む光が走る。
「……腰痛と一緒なら、私は呼べる。外側を」
「呼ぶな! 畑に帰らせろ!」
俺の絶叫は、王城全体を揺らす閃光の中に吸い込まれていった。




