腰痛おじさん、王都へ召喚される
翌朝、村はお祭り騒ぎのような見送りであふれていた。
「腰痛勇者様、いってらっしゃいませ!」
「王都でも腰を大事に!」
「腰痛こそ世界の希望!」
「いや“腰”じゃなくて“俺”を応援しろよ!」
必死にツッコむが、聞いてくれる者は誰もいない。
子供たちは俺の周りを跳ね回り、小さな木彫りを押し付けてきた。
「おじさん! これ腰痛像のミニサイズ!」
「旅のお守りにしてね!」
手渡されたのは、腰を押さえて苦しげに立つ俺の姿を精巧に刻んだ木像だった。
「……なんでどこでも腰痛像量産してんだよ」
俺が呆れる横で、老婆が涙を拭いながら真剣な顔で言った。
「王都は冷える。腰を冷やすでないぞ」
「だから普通に健康アドバイスするな!」
村人総出の見送りに押し出されるようにして、俺は馬車へと乗り込む。
その隣には、眠たげに目を擦る精霊少女がちょこんと座っていた。
「……おじさん、腰……また鳴った」
「実況すんな!」
こうして俺は、腰痛と共に王都への道を歩き出すことになった。
馬車に揺られながら、俺は持たされた荷物を整理していた。
村人たちが「腰痛勇者様の旅路に」と詰め込んだ袋の中には、野菜、野菜、そしてまた野菜。ほぼ畑まるごとだった。
「……こんなに持ってってどうすんだよ」
ぼやきながら袋を開けた瞬間、嫌な予感がした。
土付きのジャガイモから、にょきっと芽が伸びたのだ。
「おいおいおい、まさか――」
次の瞬間、芽はみるみる伸びて葉を広げ、馬車の中を覆い始めた。
さらに隣の袋からも麦が発芽し、車輪を包み込む勢いで伸びていく。
「腰痛勇者様! 畑の奇跡がここでも!」
「腰の力で作物を繁らせているのですね!」
護衛の兵士たちが震えながら頭を下げる。
「ちげぇよ! これは俺のバグスキルの暴走だって! 腰は関係ねぇ!」
必死に否定するが、兵士たちは熱い眼差しを送るばかりだった。
馬車の外では通りがかった農夫が口をあんぐりと開け、叫んだ。
「畑を持ち歩くとは……腰痛勇者様、やはり神の遣い!」
「いや俺、ただの腰痛おじさんだからな!?」
混乱の最中、精霊少女が眠たげに目を開け、俺の腰に手を置いた。
「……また、外側に……響いてる」
「何がだよ!? 俺の腰は世界回線に繋がってんのか!?」
俺の悲鳴は、緑に覆われつつある馬車の中に虚しく響いた。
数日の道のりを越え、俺たちはついに王都の城門前へとたどり着いた。
だが、そこにはすでに群衆が押し寄せていた。
「腰痛勇者様が来るぞ!」
「世界樹を呼んだ腰の人だ!」
「腰音を一度でいいから拝みたい!」
「いや腰音は拝むもんじゃねぇから!」
俺が叫んでも、民衆の熱狂は止まらない。
中には腰をさすりながら拝む老人、腰に湿布を貼ったまま行進する兵士、さらには「腰痛連盟」と書かれた旗を振る集団まで現れた。
「腰を守る者は国を守る!」
「腰こそすべての基盤!」
「なんだそのスローガン! 正論っぽいけど歪んでるだろ!」
群衆の熱気に押されるようにして馬車を進めると、城門の前に整列した衛兵たちまでが腰に手を当て、深々と敬礼してきた。
「腰痛勇者様、ようこそ王都へ!」
「我らも腰を大切にしております!」
「腰に敬礼すんな! もっと普通に挨拶しろよ!」
どうにか城内に入ると、大臣や学者たちが待ち構えていた。
「おお……この方が腰痛勇者様か」
「ぜひ腰音の周波数を測定させていただきたい」
「腰椎の歪みと世界樹の反応性……実に興味深い!」
「やめろ! 人体実験みたいに腰を扱うな!」
こうして俺は、王都に到着するや否や「腰痛祭り」の渦に叩き込まれることになった。
王城の玉座の間は、緊張に満ちていた。
高い天井に響く足音の中、俺は護衛兵に挟まれ、赤い絨毯を進む。
玉座に座るのは、顔を紅潮させた王子クラウディオだった。
「……腰痛よ。よくぞ来たな」
「その呼び方やめろ! 俺は腰痛じゃなくて“おじさん”だから!」
だが王子は意に介さず、玉座から立ち上がり、広間に響き渡る声で宣言した。
「これより――腰痛裁判を執り行う!」
「裁判って何だよ!? 腰が痛いことに有罪も無罪もあるか!」
俺の叫びを無視し、廷臣たちが次々と証言を述べ始める。
「腰痛勇者様は世界樹を呼んだ!」
「腰音一つで戦いを止めた!」
「畑を一晩で豊穣に変えた!」
「いやそれ腰と関係ないだろ!? 農業スキルとかバグの副作用だから!」
クラウディオは腕を広げ、嘲笑を浮かべる。
「見ろ! 本人すら自覚していない腰痛の力! だからこそ危険なのだ!」
「いや違う! 俺はただの農夫だっての!」
その時、隣で眠っていた精霊少女が目を開け、ぽつりと呟いた。
「……腰痛と共に、世界樹は応える」
廷臣たちは一斉にざわめき、王子は歯ぎしりをした。
「花嫁まで腰痛に従うとは……!」
俺は天を仰ぎ、深いため息をついた。
「……俺、もう畑帰りたい」




