表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/24

腰痛おじさん、王都へ召喚される

 翌朝、村はお祭り騒ぎのような見送りであふれていた。

「腰痛勇者様、いってらっしゃいませ!」

「王都でも腰を大事に!」

「腰痛こそ世界の希望!」


「いや“腰”じゃなくて“俺”を応援しろよ!」

 必死にツッコむが、聞いてくれる者は誰もいない。


 子供たちは俺の周りを跳ね回り、小さな木彫りを押し付けてきた。

「おじさん! これ腰痛像のミニサイズ!」

「旅のお守りにしてね!」


 手渡されたのは、腰を押さえて苦しげに立つ俺の姿を精巧に刻んだ木像だった。

「……なんでどこでも腰痛像量産してんだよ」

 俺が呆れる横で、老婆が涙を拭いながら真剣な顔で言った。

「王都は冷える。腰を冷やすでないぞ」

「だから普通に健康アドバイスするな!」


 村人総出の見送りに押し出されるようにして、俺は馬車へと乗り込む。

 その隣には、眠たげに目を擦る精霊少女がちょこんと座っていた。


「……おじさん、腰……また鳴った」

「実況すんな!」


 こうして俺は、腰痛と共に王都への道を歩き出すことになった。


 馬車に揺られながら、俺は持たされた荷物を整理していた。

 村人たちが「腰痛勇者様の旅路に」と詰め込んだ袋の中には、野菜、野菜、そしてまた野菜。ほぼ畑まるごとだった。


「……こんなに持ってってどうすんだよ」

 ぼやきながら袋を開けた瞬間、嫌な予感がした。

 土付きのジャガイモから、にょきっと芽が伸びたのだ。


「おいおいおい、まさか――」


 次の瞬間、芽はみるみる伸びて葉を広げ、馬車の中を覆い始めた。

 さらに隣の袋からも麦が発芽し、車輪を包み込む勢いで伸びていく。


「腰痛勇者様! 畑の奇跡がここでも!」

「腰の力で作物を繁らせているのですね!」

 護衛の兵士たちが震えながら頭を下げる。


「ちげぇよ! これは俺のバグスキルの暴走だって! 腰は関係ねぇ!」

 必死に否定するが、兵士たちは熱い眼差しを送るばかりだった。


 馬車の外では通りがかった農夫が口をあんぐりと開け、叫んだ。

「畑を持ち歩くとは……腰痛勇者様、やはり神の遣い!」


「いや俺、ただの腰痛おじさんだからな!?」


 混乱の最中、精霊少女が眠たげに目を開け、俺の腰に手を置いた。

「……また、外側に……響いてる」


「何がだよ!? 俺の腰は世界回線に繋がってんのか!?」

 俺の悲鳴は、緑に覆われつつある馬車の中に虚しく響いた。


 数日の道のりを越え、俺たちはついに王都の城門前へとたどり着いた。

 だが、そこにはすでに群衆が押し寄せていた。


「腰痛勇者様が来るぞ!」

「世界樹を呼んだ腰の人だ!」

「腰音を一度でいいから拝みたい!」


「いや腰音は拝むもんじゃねぇから!」

 俺が叫んでも、民衆の熱狂は止まらない。


 中には腰をさすりながら拝む老人、腰に湿布を貼ったまま行進する兵士、さらには「腰痛連盟」と書かれた旗を振る集団まで現れた。

「腰を守る者は国を守る!」

「腰こそすべての基盤!」


「なんだそのスローガン! 正論っぽいけど歪んでるだろ!」


 群衆の熱気に押されるようにして馬車を進めると、城門の前に整列した衛兵たちまでが腰に手を当て、深々と敬礼してきた。


「腰痛勇者様、ようこそ王都へ!」

「我らも腰を大切にしております!」


「腰に敬礼すんな! もっと普通に挨拶しろよ!」


 どうにか城内に入ると、大臣や学者たちが待ち構えていた。

「おお……この方が腰痛勇者様か」

「ぜひ腰音の周波数を測定させていただきたい」

「腰椎の歪みと世界樹の反応性……実に興味深い!」


「やめろ! 人体実験みたいに腰を扱うな!」


 こうして俺は、王都に到着するや否や「腰痛祭り」の渦に叩き込まれることになった。


 王城の玉座の間は、緊張に満ちていた。

 高い天井に響く足音の中、俺は護衛兵に挟まれ、赤い絨毯を進む。


 玉座に座るのは、顔を紅潮させた王子クラウディオだった。

「……腰痛よ。よくぞ来たな」


「その呼び方やめろ! 俺は腰痛じゃなくて“おじさん”だから!」


 だが王子は意に介さず、玉座から立ち上がり、広間に響き渡る声で宣言した。

「これより――腰痛裁判を執り行う!」


「裁判って何だよ!? 腰が痛いことに有罪も無罪もあるか!」

 俺の叫びを無視し、廷臣たちが次々と証言を述べ始める。


「腰痛勇者様は世界樹を呼んだ!」

「腰音一つで戦いを止めた!」

「畑を一晩で豊穣に変えた!」


「いやそれ腰と関係ないだろ!? 農業スキルとかバグの副作用だから!」


 クラウディオは腕を広げ、嘲笑を浮かべる。

「見ろ! 本人すら自覚していない腰痛の力! だからこそ危険なのだ!」

「いや違う! 俺はただの農夫だっての!」


 その時、隣で眠っていた精霊少女が目を開け、ぽつりと呟いた。

「……腰痛と共に、世界樹は応える」


 廷臣たちは一斉にざわめき、王子は歯ぎしりをした。

「花嫁まで腰痛に従うとは……!」


 俺は天を仰ぎ、深いため息をついた。

「……俺、もう畑帰りたい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ