また転生、また追放
白銀の大広間に、半透明の魂たちが列をなしていた。天井からは光のカーテンが降り注ぎ、玉座に腰かけた転生神が、退屈そうに羊皮紙をめくっている。
「次、勇者候補の魂〜」
呼ばれて歩み出たのは、俺。……いや、正確には“また”俺だ。これで十回目の転生待ち。
転生神は俺をちらりと見て、顔をしかめた。
「えーっと……あれ? あなた、経験値を反映させすぎて……外見が……」
「どう見ても四十代半ばのおじさんだな」俺は肩を竦める。「十回もやってりゃ、そりゃ老けるさ」
魂の列からクスクスと笑い声が漏れる。周囲はみんなピカピカの若者や美少女。俺だけ腹回りが微妙に出た中年体型。腰に手を当てれば、ポキッと不吉な音まで鳴った。
「いや、その……設定ミスです。次こそ勇者にふさわしい姿を──」
「いいよ、もう慣れたからな。……ただし腰痛は初めてのスキルだ」
俺は苦笑し、転生神は頭を抱える。
そう、俺は“転生しすぎおじさん”。十回転生し、七回追放されたベテランだ。英雄になる夢はとうに諦めた。今はただ、のんびり暮らせればそれでいい。
次の瞬間、光が俺を包み込み、世界が切り替わる。
「……さて、今回はどんな追放劇が待ってるやら」
光が晴れると、俺は石造りの荘厳な王宮の大広間に立っていた。目の前には金の王座、その両脇に並ぶのは煌びやかな騎士や文官たち。
「勇者召喚は成功しました!」
魔法陣の外で誰かが叫ぶ。拍手と歓声が広がり──次の瞬間、ピタリと止まった。
「……おじさん?」
「なにこれ、勇者じゃなくて中年じゃん!」
「髪に白いの混じってるぞ!」
場の空気が一瞬で氷点下。王子らしき金髪の青年が立ち上がり、眉をひそめて俺を指差した。
「ふざけるな! 国の命運を託すのに、よりによってオジサンだと!?」
「おいおい、言葉を選べ。俺、中身はまだ青年だから」
「見苦しい!」
即答だった。
近衛の兵が二人、俺の両腕をがっちり掴む。
「待て待て! まだ何もしてないだろ!」
「その顔と体がもう国難だ!」
「ひでぇな……」
王子は冷たく言い放つ。
「この者を勇者として扱うわけにはいかぬ! 即刻追放せよ!」
俺は有無を言わさず広間の外へ連れ出され、門前に突き飛ばされた。
石畳の上で転んだ拍子に、腰がグキッと鳴る。
「……ああ、やっちまった。転生十回目にして、追放七回目。まさか初日リタイアとはな」
門が無情にも閉ざされ、背後からは笑い声が聞こえる。
俺は立ち上がり、荷物袋ひとつを肩に担いだ。
「さて……いつも通り、追放おじさんの旅を始めるか」
王都を離れ、あてもなく歩き続けて三日。足は棒、胃袋はすっからかん、腰はガチガチ。
「……十回も転生して、行き着く先がまた徒歩か。俺の人生、どんだけ修行好きなんだ」
ふらふらと山道を下ると、小さな村が見えた。木柵に囲まれた素朴な集落。煙突から白い煙が立ち、畑からは干し草の匂いが漂ってくる。
入口で腰を伸ばすと、ポキッとまた音が鳴った。
「うぐっ……もうモンスターより腰が敵だな」
ちょうど通りかかった世話焼きの老婆が声をかけてきた。
「あんた、旅の人かい? 見たとこ疲れてるねえ」
「まあ、ちょっと追放されまして」
「あら、気の毒に。畑を耕してくれるなら、ここに住んでもいいよ」
差し出されたのはボロボロの鍬一本。
俺は苦笑して受け取り、畑に足を踏み入れる。
「勇者候補から鍬持ちか……まあ、悪くない」
土を掘り起こし、苗を植え、水をまき、汗をぬぐう。気づけば夕暮れ。
翌朝、畑に出てみれば──昨日植えたばかりの苗が、一晩で見事に実をつけていた。
「おじさん! 見て! トマトがピカピカ!」
「すごい……一晩で豊作なんて!」
子供たちや村人が歓声を上げる。
俺は腰をさすりながら畑に腰を下ろし、焼きトウモロコシをかじった。
「……追放されたけど、案外楽しいな」
畑の異変を見た村人たちは、口々に叫んだ。
「見ろ! 一晩で実ったぞ!」
「やっぱりこの人、ただ者じゃない!」
「伝説にある“農耕勇者”かもしれん……!」
気づけば子供から大人までが俺を囲み、祈るような目で見つめてくる。
俺は苦笑しながらトウモロコシの芯を投げ捨て、ため息をついた。
「おいおい、やめろって。俺はただの──」
腰を伸ばした瞬間、グキッと嫌な音が響いた。
「……腰痛持ちのおっさんなんだが」
だが、村人の耳には届かない。
「聞いたか!? 腰から光が走ったぞ!」
「やっぱり勇者だ!」
「救世主様だ!」
……いや、今のは鈍痛だ。
夕暮れの空を見上げれば、茜色に染まる雲。
「はぁ。転生十回目にして、また英雄扱いか……。もう慣れたけどな」
そのときだった。
耕したばかりの畑の土がふるりと揺れ、芽吹いた苗から、不思議な光を放つ花が咲き始めた。
「な、なんだあれは!?」
「奇跡だ!」
村人たちは歓声を上げ、俺は頭を抱える。
「……だから俺はただの追放おじさんだってのに!」
その言葉を打ち消すように、光の花はますます輝きを増していった。




