限りある先
電車の波打つ音が、私を蝕んでいた。
けして公衆の面前で晒してはならない、最も原始的で、最も制御不能な衝動が私を襲っている。
いわゆる、便の意というヤツだ。
『デラックスハイグレードスタミナ盛りそば』が、私にもたらした罪であろう。
次の駅で降りるしかない。
焦燥に駆られ、私は固く決心し立ち上がった。
その時である。
隣の席から、か細くどこか遠慮がちな声が聞こえた。
顔を上げると、風呂敷を抱えた小さな老婆が私を見上げていた。
普段の私なら、この切迫した有事を前に、他者の介入など一顧だにしなかったであろう。しかし、その老婆の丸めた背中に、遠い田舎に住む母親の姿をどこか投影した。
気づけば、私の口から言葉がこぼれていた。
私は老婆の震える手をとり、電車を降りた。
私は老婆の手を引き、知らない街を一緒に歩いていく。ゆっくりとした歩みの中、老婆はぽつり、ぽつりと語り始めた。
遠い街で一人暮らしをする、息子さんに会いに来たこと。
ここ何年か、まともに会ってもなく、連絡も取れていないこと。
元気でいるか心配で、どうしても顔が見たかったこと。
生まれて初めて一人で電車に乗って、ここまで来たこと。
息子さんが一番好きだったという、手料理を拵えてきたこと。
私は、暖かくもどこか不安げな老婆の瞳を包むように、手を強く握った。
白鳥の湖の如く、美しくも覚束ない私の足取りは、便意の圧迫感から内股になっていく。
どれほど歩いたのだろうか。脂汗が背中を伝い、私のプルついた肛門筋はいよいよ限界を訴えていた。
古びたアパートの前に立つと、老婆はホッと息をつき、私に深々と頭を下げた。
どうやら、目的の住所に到着したらしい。
部屋の番号を確認し、チャイムを鳴らしたが不在のようだ。老婆は携帯を取り出し何度か電話をかけるが、どうにも繋がらず途方に暮れていた。
私の肛門筋は、もはや限界を超え、こんもりとしていた。
老婆は私に感謝を述べ、持っていた手作りの煮物が詰まった包みを差し出した。その手から伝わる温もりに、私は戸惑いながらも断りきれなかった。
私は再び老婆の手を取り、来た道へと戻り始めた。駅のホームまで老婆を見送り、そそくさと駅のトイレに駆け込んだ。
個室の鍵を閉め、こんもりパンツにようやく手をかける。
ノーパンになった私は、持ち合わせていたビニール袋に、事の顛末を閉じ、事あることを終えた。
帰りの電車の中で、老婆から頂いた煮物の包みを開ける。口に入れた瞬間、どこか懐かしく、ほんのりと甘い味が私に温かく広がっていく。
一口、一口、十分にかみしめた後、カバンからぬいぐるみを取り出した。『友人』を抱きかかえ、電車の揺れに身を任せ、夜へと流れ、そして溶けていく街をぼんやりと眺めていた。
その時、一つの思考が私の頭をよぎった。
先ほどまで、私を苦しめていた便意が終わりを告げたように、私の有給休暇もまた、終わりを迎えようとしている。人生もまた限りあるものであると。
すべてが限りあるからこそ、この一瞬一瞬を大切に、より意味のあるものにしなければならないのだと、ノーパンの私は『友人』と『真人生』を紡いだのであった。