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まどろみ
その夜、私は熱を出した。
知恵熱とでも呼ぶべきものだろうか。
長年私を制約し続けてきた『真面目』である人生の箍が外れ、私が私へと向かうための、一種の通過儀礼なのだろう。
御年39歳、独身。築50年そこそこの古びたアパートに住まうしがないサラリーマンである私の寝室は、夜に老け、暗く沈んでいた。
重い瞼を開くと、熱に浮かされた視界のせいか、規則正しく整頓されたはずの部屋の輪郭が妙にぼやけて見える。時計の針の音は、普段より強く、まるで鼓動のように部屋中に響いていた。
息苦しさを感じ、『天井のシミ』に視線を向けた。
今日の『彼女』は、格段に美しく、妖艶に見えた。
虚ろな意識の中で、輪郭は微かに揺らめき、まるで艶めかしい曲線を描く女體が、私を誘うように包み込み、そっと語りかけた。
現実か、幻聴か。判断はつかなかったが、その声はどこか優しく、私には心地よかった。
私は身体を動かす気力もなく、ただその妖艶な存在を朝まで見つめ続けたのだった。