湖面の密室③
「岩肌に見える、二つの穴、空間というか、あれらのスペースは、どっからか入れるの?」
マリナが言った。「洞窟の数ある分岐する道に、あれらの穴に通ずるものがある……というより通ずるであろうとあたりをつけている、わたしが後回しにしていた道はある」
「なんで後回しにしたの」
「すこし、難易度がありそうだったから。というかわたしでは無理かもしれないな」
「なんでそう思うの」
「行ってみりゃわかる」
そしてついていって、私は理解した。
なるほどこれでは無理かも知れないな。
人が通るには道が狭いのだ。
「というか、改めてこれ道とも言えないな。穴よ、狭い穴」
「匍匐前進すればいけるかなあ。私はマリナより幾分小さいし、マリナほど不可能な話じゃなさそうよ」
「グラン。試したら? わたしは流石に厳しそうだけど、貴方くらいの体躯なら行けるかも」
促されて私は穴を通ってみた。
けっ……こうギリギリで、圧迫する四方の岩肌を鑑みるに、私より少しでも大きければ無理だということが歴然と察せられた。
つまりマリナはここを通れない。
途中で詰まるか、乃至は入れないかのいずれかになるはずだ。
いざ試す前に気がついたのは幸いか。
体の大きさで選民する穴を、なんとかかんとか無理くり通り抜け、見えていた穴にようやっと辿り着いた。
穴の中には岩がごろごろある。
手頃なのから両手で抱えるようなサイズまで実に多彩である。
そしてその穴からも道が続いていて(これは普通の道だった)、ぐるりと半周したくらいで穴があった。
一つ目の穴と二つ目の穴は道によって地続きに連なっているわけだ。
二つ目の穴にも岩が転がっていた。
いずれの穴も下には湖が臨める眺望で、なかなかどうして悪くない景色──ほとりにはハルクとラルクが立っていた。
「おーい」
二人は手を振りかえしてくれた。
ここからは島は俯瞰的に見えた。
ルーンの遺体が真上から見える。
死体をしっかり視認できるのは、実は初めてのことであったので、まじまじ見つめると遠目にも太っていることが認められた。
太っているということは、私でもギリギリだったこの穴に至る道は、被害者は通れないということになってくる。
犯人はここから死体を投げ捨てて、あの島に投棄したのではないか、と密かに考えてさえいたりしたのだが、そもそもこの穴に入れないのでは、ここからあの島に捨てれる訳がない。
よしんば犯人は入れたとしても、投げ捨てる死体が入らないのでは、仮定としてそもそも成立していない……、穴から死体を投棄した説は、この時点で取り下げしなければならなかった。
ところで、湖のほとりからでは分からなかったけど、島は掘り返されて土が見えていた。
まわりは雑草に覆われているから違いは瞭然だ。
私は来た道を戻り湖の前に立った。
「ハルクさん。ちょっと島まで行ってくれませんか」
「泳げってのかよ」
「方法は問いませんよ」
「問おうにも問えないだろ、はなっから」
しゃーねーな、と言って彼は不承不承、服を脱いで島まで泳いで到達した。
「土が掘り返された跡があるでしょー!? それをもっかい掘ってくれませんかー!?」
またもハルクは苦々しい顔で、それでも頼みを引き受けてくれた。
彼のその顔はやがて変質し、果ては喜色満面といった顔になった。
「お、おいコレ! ラルクーッ! 見てみろよオーイ!!」
「見たくても見れませんよ!! 手に持って掲げてくれませんかーっ!?」
「こっち来てみろよ!! そうしたら見れるから!!」
濡れるのを憚ってラルクは行かなかった。
しゃーなしにハルクは島から戻ってくる。
「お宝だよ!!」
「手に持って掲げてくれたら良かったのに」
「とてもそれができる重さじゃあなかったさ。だからこっちにこいって言ったのに」
「どんなお宝なの」
「宝箱なんだ」
「いや、その中身が何なのか……」
「金で作られた宝箱なんだ!」
宝箱そのものが。
「お宝だったのか」
ハルクは興奮気味になって、「スゲェだろ!」
「いや確かにそれはすごいですけれど、金箔が貼られているんじゃあないですか。あるいは金に塗装されているだとか」と、ラルク。
「確かにところどころが剥げてるけれど」
「じゃあ」
「塗装が剥げて、下の金が見えているけれど」
え?
「金箔が剥げて下に普通の宝箱があるのではなくて?」
「普通の宝箱風な塗装が剥げ落ちて、下にある金の宝箱が出ているよ」
む、無茶苦茶だ。
一体なんの目的でそんなことを。
「宝箱開けるとさ、一応お宝が入ってるんだけど、それ自体は大した値打ちじゃねーんだよ。だから多分、宝箱の中身がお宝という常識を逆手にした、誤誘導が目的の宝だと思う。盗まれないためのセキュリティなんだ。泥棒は宝箱の中身を盗って満足する」
「なるほどね」
面白いアイデアだ。
面白いアイデアついでにはなるが、
「なんで死体が孤島にあったのか……その理由が分かりました」
「? 確かに場所は不思議だが」と、ハルク。
「たぶん、この宝箱は最初、ふつーに島に置いてあったんです。それを犯人は偶然発見し、そして──宝箱が宝であることを見破った」
「ほお」
「それこそ塗装が剥げていたんでしょう。少し見れば金で出来ていることはわかる。そうして見ているうちに魔が差して、このお宝を独り占めする考えに囚われた」
「でも、重くて一人では運べないぞ」
「だから埋めたんです」
あとから道具を揃えて持ち帰るために。
それまでに他の仲間に見つからないよう埋め立てた。
「そして宝箱を埋めているところをルーンさんは見咎めて、池を渡り宝箱の存在を知覚した。独り占めを画策していた犯人は、それを知ったルーンが邪魔だった。だから」
「だから殺した、か。それならその場で殺しているわけで、島に死体がある理由になるだろう……でもよ」
「でもよ、なんですか」
「ルーンの遺体は濡れていなかった。つまりあいつも泳いでないんだよ。どうやったんだ。ルーンは湖を、どう渡ったんだ」
「それは簡単です」
私は効果的に間を演出して、
「歩いたんですよ」
「…………はぁ?」
わけがわからねえぞ、とハルクは毒付いた。
「私はこの洞窟に入るとき、氷柱を目にしているんですよ」
そして氷柱に映る三本線を見た。
「氷柱は水が凍ったものですよね?」
「ああ、この辺は寒いしな。気温がゼロ度を下回るんだろう。水は凍る」
「湖の水も凍ったんですよ」
「あ──」
ハルクは思わず口をあんぐりとさせた。
「湖面の氷を、ルーンは歩いたのか!?」
「そういうことですね」
そして話はルーンに限られない。
「もちろん犯人も、氷の上を歩いて渡りました。氷を歩いて島に到達し、氷を歩いて島から立ち去った……」
マリナは言った。「で、でも! いま湖に氷は張ってない!」
「割ればなくなります」
「どうやって割るの!?」
私は岩肌に空いている穴を指差した。
二つ空いている、そこには岩がゴロゴロ置いてある。
「あそこから岩を投げ捨てたんですよ。湖の氷が割れるまで何度もね」
ハルクが聞いた音はこの音だ。
──固いものがぶつかったみたいな音だったと思う。それも何度も音がしていたな
──何かが割れたみたいな音がして、それきり音はやんだ。あとは静寂だ
「湖面の密室の真相は──氷です」
聴衆はなるほど、そう言うことかと己の膝を打ち、感心したように何度も頷いた。
「犯人は、犯行ののちやっと冷静になって、容疑から逃れる方法を考えた。どうすればいいか考えているうちに、「自分とルーン以外はこの湖を認識していない。ならまだ湖が、凍っているということも知らないはずである。それならあらかじめ氷の膜を割り、水に沈ませて、普通の湖を演出しておけば、まさか水面を歩けたとは思うまい。すると全身を濡れているはずの、嘘の犯人像が共有されるはず」──そういう風に考えた結果、出来上がったのが今回の密室です」
「なるほど、けだし名推理だ」ハルクはそう言った。「しかし犯人は結局誰なんだ?」
「犯人はあの穴から岩を投げ捨てたわけですが」
「おう」
「しかしあの穴に至るまでの道は、私より少しでも大きければ通れない」
「つまり?」
「私より小さい人が犯人です」
マリナは穴に入らなかった。
ハルクはかなり大柄で巨躯だった。
となると残るは彼女ただ一人。
「ラルクさん──貴方が犯人です」
※
「臨時で組んだパーティだったから、初対面の人ではあったけど、死んであのまま、って言うのも気が引けた。ありがとう、グラン。たぶん、ルーンもコレで浮かばれる」
「あんまり悲しそうじゃないなとは思ったけど、初対面か」
「うん。それを差し引いても冒険者だから、他人の死には慣れっこなんだけど、ともあれありがとう。グラン、推理決まってた。めっっっちゃ恰好良かったよ!」
「え──、うん」
そんなことを言われてのは初めだ。
「ええと、まあ、そうだね、まかせてよ」
えー? なにそれー、とマリナは微笑んだ。
迷子になった森の中を抜けた。




