湖面の密室②
「室外なのに、密室……? どういうこと?」
困惑する私に、マリナは問い返す。
「密室の定義は、何にあると思う?」
「部屋の出入りが不可能であること」
「それならやっぱりあれは密室だわ」
「不可能だったの? 出入りすることが」
「いえ、出入りすることそのものは可能、問題ないけれど、濡れずに出入りすることは出来ないの。そしてこの場所に、濡れている様子のある者はいなかった」
しばらく考えて私はこう聞いた。
「湖面の孤島に死体があるのよね?」
「そう、つまり犯人は、孤島で殺人を犯した、或いは死体を島まで運んでいる、とこう言うことになってくるわけで、いずれも島に出入りするのは確実よ。そして湖の孤島に出入りする以上、必ず湖を泳いでいる。犯人は身体をしとどに濡らしているはずね」
「船は?」私は言った。「船はなかったの?」
「船も、それに類するものも絶対ない。途中、洞窟の幅が極端に狭くなる。船を中に通す幅なんてないよ」
「ロープとか、なにかトリックを施した痕跡は」
「確認したけれど、なさそうだったしないと思うけど」
なるほど聞く限り密室のようである。
湖面の孤島に死体がある以上、どうあれ島まで泳いでいるわけで(島で殺すにせよ、島に運ぶにせよ)、犯人は全身が濡れているはずである。
にも拘らず、身体を濡らしている者はいなかった。
島へと濡れずに侵入することも、島から濡れずに出ることも無理なのに。
濡れずに出入りすることができないところから、濡れずに出入りを果たしたものがいる──湖面の密室とでも名状するべきか。
私は聞いた。「洞窟の中にいるメンバーは分かる?」
「そーだね。死んだメンバーを除いて三人か。ラルクとハルクとこのわたしマリナ。死んだメンバーはルーンって名前だった」
「その人たちと会うことはできる?」
「湖のほとりにわたし以外いるよ」
「じゃあそこまで案内して頂戴」
私はマリナに連れられて洞窟を行った。
二十分少々して外の光が洞窟内を差し、そこを抜けると湖の前だった。
そこには二人の男女が立っていた。
おそらくは彼らがラルク・ハルクなのだ。
あたりを見渡すと湖は洞窟の岩肌に囲まれて、四囲を包まれていることが認められた。
湖は満々に水を湛えていて、洞窟に出入りできる湖のほとり以外、湖でスペースが埋められているようだった。
中心に浮かんでいる(いや浮かんでいる訳ではないのだろうけど、あくまでも表現的に言うならば)島に至るまで、短くとも十二メートルはあるようだ。
だから走り幅跳びで飛び移りすることも、距離的に流石に不可能事に思われた。
人間は今のところ、頑張っても走り幅跳びは九メートルが限度のようである。
きっと十二メートルでは濡れずにいられない。
流し目で見るに本当に彼らは濡れていなかった。
乾いたのではないか、と一応マリナに確認を取ると、
「ルーン、つまり被害者が死体になる前に、最後に姿を目撃されたのは十五分前で、つまりそれ以降に殺害されている。十五分以内に濡れた身体が乾くかは疑問かな」
と返答が寄越された。
なるほどそれなら乾いてないだろう。
湖を囲う洞窟の岩肌に大きな穴(というより空間)が二つ認められた。
そこからは各々岩? のようなものが伺えて、丸いので押せば落とせそうであった。
多分どこかの洞窟の道に繋がっていて、その分岐の一つ(穴は二つだから二つかな?)があれら二つの岩肌の穴なのだ。
穴は湖を隔てて向き合う位置にある。
恰好としては、湖の半周ごとに穴が一つあって、それで合計が二つになる訳だ。
鏡合わせの構図みたいなので、水面鏡と併せて混乱に陥った。
男性と女性、ラルクとハルク(ハルクとラルク?)がこっちにやって来た。
男性はかなり大柄で巨躯だった。
反対に女性はかなり小柄だった……この場に女性は三人いるけれど(私とマリナとこの女性の三人で)、その中でも一番小柄なのが彼女だった。
ちなみに順で言うならマリナ→私→この女性だ。
「どうも」男性が言った。
「ああ、どうもグランと申します」
「俺はハルク。こっちの小柄なのがラルク、冒険者仲間だ」
「というとマリナさんとお二人はパーティで?」
「そうですね」知ってるんだ、という顔でラルクが答えた。「元は四人いたのですけれど」
「亡くなったルーンさんで四人なのですか」
「マリナから聞いているみたいですね」ラルクはそこでようやく不審げな顔で、「貴方はどうしてこんなところに?」
これまでの経緯と捜査に協力する旨を言った。
「それは助かります。警察が動くかはビミョーですからね。治安悪いから」
「あはは……」
筋金入りの評判の悪さだな、この国の警察は。
「さしあたっては死体発見当時のことを教えてくれませんか?」
「ええっと……そうっ、です、ね」ラルクは思い出すような仕草で、「この洞窟はモンスターのレベルが低いので、各々バラバラに探索して、好きに行動していたのですが、十五分前……いや、もう十七分前か、に、ルーンの姿を発見して、それから少しあとここに行き着いて、島にルーンの死体を見つけました。つまりアリバイというアリバイはありません。これはハルクもマリアも同様です。だよね?」
同意を求められ、二人は一様に頷きを返す。
「俺も正直言って似たような経緯だ。ただし、死体の第一発見者は俺だった。次にきたのがラルク、最後がマリナだった」
「なるほど、ありがとうございます。ところで、十七分前にルーンさんを見た、という情報はどの程度信頼できるものですか? 正確な時間か、という点もそうですが、見たのはラルクさんだけ? 他の人たちは?」
「時間に関しては懐中時計があるので確かです」ラルクさんは言った。
「わたしも懐中時計を持っているけれど、三十分前に一度見かけたな」と、マリナ。
「ちなみに正確な時間は」
「現在時刻が十五時十五分。つまり十四時四十五分のこと」
「それでは十七分前に見たということは」
「十四時五十八分の頃ですね」
ふむ。
もし仮にラルクの証言が嘘で、マリナの方が真実だとしても、三十分で濡れた身体が乾くものだろうか。
答えは否である。
両方の証言が偽であることも頭に入れておかねばなるまいが、しかしだとしたら、本気でこの謎に取り組んでいる奴は、私と、ハルクの二人だけである。
残る二人、ラルクとマリナは偽証しているという仮定なのだから、したがって以下のような線も浮かんでくる。
ラルクと、マリナの共謀殺人説。
私がいるのは予定外だから、(その説を採るなら)本来相手はハルクだけだった。
それならもう少し丸め込めようとするのではないか。
例えばアリバイがないことを明かすことはなかったのだ。
二人が共謀関係にあるならば、お互いがお互いの嘘のアリバイを言えばいいだけだ。
それをすればいいだけだったのに。
彼らは馬鹿正直にアリバイがないということを自白した。
二人が共謀しているとすれば、この点が矛盾することになってくる。
ならば少なくとも片方は信頼に足る……そしてどちらを信用したとして、濡れている人間がまるまる乾くには、あまりに短いことに変わりはない。
状況はあまり進展してないが、犯行は単独で行われたのは確かだった。
「他に、変わったことはありました?」
「うーん、あったかそんなこと?」ハルクは悩ましげに言って、「あ、そうだ音が聞こえたんだ」
「音、ですか?」
「おう、何の音かは分からねーけどさ、死体を発見する少し前聞いた」
「それはいつ」
「死体を発見したのが七分前(十五時八分)だから、九分くらい前(十五時六分)だと思うけど」
「場所はどこでした」
「音はこっちの方から聞こえたな」
湖から音が。
関連付けない訳にはいくまいよ。
「どんな音でした」
「音の正体を見たんじゃねーからな。想像に過ぎねーけど、固いものがぶつかったみたいな音だったと思う。それも何度も音がしていたな」
「ほお」
「何かが割れたみたいな音がして、それきり音はやんだ。あとは静寂だ」
「ありがとうございます」
謎が解けたかもしれない。




