白い柱の殺人③
サラさんに二人目を呼んでもらってきた。
名前はリリィ。
ふわっとした長髪を柔らかく靡かせて、フェミニンな服装に身に包んでいる。
事件の大筋を尋ねると、リリィはエルと同じことを言った。
この辺に新しい情報はないので割愛する。
「……ありがとうございます。あとはそうですね、被害者にまつまる話などありましたら」
「ノアちゃんの話?」
「たとえば誰かに恨まれていたとか」
「そんなこと絶対にないですよ! ノアちゃん、良い子でしたから……」
言って、リリィは肩を震わせた。
被害者のことを思い出したらしい。
「そうです。あの子はとてもいい子でした。誰かに恨まれるようなことはしなかったし、少なくともあの五人にノアを殺そうとする人なんているはずが」
「漁師さんは」
「え?」
「五人ということは、漁師さんはどうか知らないのですね?」
「え、ええまあ。知りませんけれど……」
「ありがとうございます」
これは記憶しておいても良いだろう。
筋骨隆々の、六人を島に運んだ男性は、被害者のノアと友人なのである。
翻って他の五人とも友人かといえば、どうやらそんなこともなさそうなのである。
つまり残りの五人が把握してない、なんらかの確執があってもおかしくない。
そして、これは結構大事だが。
アリバイが全員にあるといったって、
それはあくまでも、島にいる人間に限った話である。
島の外にアリバイのない人間は沢山いる。
したがって、あの漁師にアリバイがあるとは限らないわけである。
「島には一箇所からしか入れない、でしたっけ?」
「え? ええ。そうですね。他のところは断崖絶壁で、五メートルはありそうでしたから。だから島に上陸するときは、低くなっているところから岸につけ、そこから陸に上がる恰好になりました」
「そして、そこから伸びた階段は」
「別荘の正面に出るようになってます」
「その正面に窓はありましたか?」
リリィは少し考える仕草を見せ、「はい。食堂の窓がちょうどそこでした」
「では、食堂の窓からそこを見ていたら、島の出入りが確認できますね」
唯一出入りできる場所を押さえたら、全員の出入りを見たことになりますね、とリリィは回答した。
「見ていたのですか?」
ええ、と短くリリィは首肯して、「孤島に着いたあと、最初はバラバラに別荘を見ましたが、食堂にもちらほらと人がいたはずです。そこも探検の対象でしたから……」と回想した。
「そのあとは」
「すぐに昼食です。もちろん食堂で集まりましたから、結構な人間が窓を見たはずです」
では監視する者もかなり居たはずだ。
仮に犯人が漁師である場合、六人を島に上陸させたあと、機を待ちどこかに潜んでいたはずだ。
そしてノアが死んだのは十五時十五分。
つまり島の出入りを確認するべきは、島に入ったあと〜ノアが死ぬまでだ(十五時十五分)。
監視があったのは、どれくらいだったのか。
孤島に到着し、別荘についたあとバラバラに探検した。
その時間人目は疎だったのだ。
そしてそれからは食堂に目があった。
十二時半〜十五時十五分、五人以上は常に人がいた。
最初の探検タイムを除いては、漁師の出入りは確認できたのだ。
「貴方は五人以外の姿を見ましたか?」
「……記憶の限りでは」
なかったと思います、とリリィは否定した。
ふむ。
一人が否定しているだけだから、まだ断言なんてするべくもないけれど、あんな筋肉の塊が上がって来ていたら、六人(五人)もいて見逃さないはずだ。
では、別荘に入ってすぐの時間帯、その頃になら漁師は忍び込めたのか。
別荘には無理だろう。
しかし島には忍び込めたはず。
『孤島に着いたあと、最初はバラバラに別荘を見』たということは、別荘に忍び込んだら十中八九見つかったと言うことだ。
こっそりと島に上がり込みどこかに息を潜め、時期を見て別荘の中に上がり込み、柱のある部屋でノアを泣き別れに。
机上の空論は──成立した。
「ありがとうございます。参考になりました」
言って、私はリリィを帰らせた。
※
「え、十四時十五分から十五時十五分? 友人と集まって遊んでましたけど」
漁師のガリバーさんのアリバイが成立した。
その友人に確認は取らねばなるまいが、これはほとんど望み薄だろう──漁師犯人説は取り下げだ。
「そうですか……ありがとうございます。では、他に気になることはありましたか? たとえば孤島に運んだ六人の様子とか」
「あんまり気になんなかったけど、前日から孤島に前乗りしたいつーから乗せた、ノアの持ち物は少し妙だった」
前日に島に前乗りしたという、別荘の持ち主かつ今回の被害者が、少し妙なものを持ち込んでいた……?
まとめると情報が多くてびっくりって感じだが、さておき私はそれに食いついた。
「何を持ち込んでいたのです? 妙とは」
「一週間分の食料と──まあこれはいいんだが──牛一頭と、二枚の無地の壁紙を」
「それは──妙ですね」
全体、なんでそんなものを?
いや、牛一頭って。
確かに初日の昼の食卓は、牛肉のステーキが出たって話だが──いくらなんでもそんなには必要ない。
六人分の胃袋を満たすには、牛一頭くらい必要だったのか?
それにしたって生きている牛だ。
島に入ってから解体したことになる。
腐らせないために生きた状態で運ぶのはわかる……わかりはするのだが、それが金持ちのスケールということか?
貴族の家の出だけど分からんぞ。
し、なんだ壁紙って。
二枚の無地の壁紙って。
いや普通に壁紙にしたんだろう……、それはわかるけど、人が来るから変えたくなったのか?
イマイチ不可解だ。
目くじらを立てるほどでもないけれど、不審に思わないわけにはいかないぞ。
「ああ、それとね」
ガリバーが言った。
「一度往復して、二回目に持ってったもんがあったんだ。確か……こう、大きな直方材の木材で、縦三十センチ×横六十センチくらいだったかな。高さは十〜十五センチ程度だった」
何に使うんだ。
重要参考人にしたくなってきた……死んでるからそんなことは無理だけど。
……次行くか。
※
「六人がどんな奴か言え?」
肥満体型の男性──四人目のラウロスが私に問い返した。
「ええ。趣味とか、何でもいいですが」
ラウロスは贅肉を豊かに震わせて、うーんとわずかに空を仰ぎ見た。
「じゃあ一人ずつ、適当に言ってくよ」
言って、彼は指をピンと立てた。
「まず一人目。エルは分かるよね? 金髪で三白眼が特徴の」
ええ、と答えるとラウロスは頷いて、
「アイツは見た目通りの性格で、粗野で粗暴な感じの女の子。グループの姉貴分と言った感じかな」
と、簡潔に説明した。
「んで二人目。名前はリリィ。ゆるふわな感じの女の子で、エルと仲がいい」
え、と私は小さく漏らして、「意外ですね」
「だろ? 正反対な性格をしているが、逆に凹凸で嵌ったんだろな」
「三人目は」
「漁師のマッチョのことは知らないから、自己紹介にはなってしまうけど、あらためてよろしくな。オレはカロリーをこよなく愛する健康的食育男子。ラウロスっつー名前のもんだ! ……んな肥満体型で健康食育? と笑うことなかれ。好きなもの食ってりゃそれでいーんだよ」
「ふふ……ありがとうごさいます」
素で笑っちゃった。
なかなか強烈な個性をお持ちのようである。
「四人目はまあ痩せている奴だな! 名前はカイト。アレで気のけっこういい男でな。仲がいいんだよ。あと、本格ミステリ、ってジャンルの本をよく読むな。死んだノアとは同好の士だった」
「ノアさんも本格ミステリがお好きで?」
「ああ。好きな探偵の話で盛り上がっているのをよく見たぜ」
被害者のノアと、痩せている男、カイトは本格ミステリーが好き。
本格ミステリーは、探偵が出てきて謎を解くような、本格的な推理を軸に進むもの──探偵を標榜したことはないけれど、まさしく私がやっていることだ。
「五人目はローラ。一頭地を抜く美貌を持っていて、ここだけの話惚れている奴もいる」
「誰が」
「惚れているかって? 言いにくいんだけど、女性陣なんだ」
「それは聞いても?」
「ああ、別にいいよ。エルとノアちゃんだ」
被害者のノアもローラに惚れていた。
恋模様の渦中にいる人が、
上半身と下半身を泣き別れに、足を逆向きに折られて殺された。
俄然エルが怪しくなってくる。
ノアがローラとくっつくのを危惧し、エルが殺したという物語は、動機の面からはわかり易い。
「最後に被害者の話を聞けますか?」
「六人の話をすんだからそうだよな」
ラウロスは「そうだなぁ」と思案顔をして、
「女性にしては背の高い印象で、痩せ過ぎているきらいがあったかな。性格はかなり穏当な人で、全員にうっすら好かれてたと思う」
と、言った。
「あと、さっきも言った通りミステリが好きで、カイト──痩せている奴な──とよく話していた」
ふむふむ、と私は情報を整理する。
犯人候補がまた浮かんできた。
エル、彼女がノアを殺害したのかも。
動機はある。
トリックとかそういう小手先のものじゃなく、捜査では通常そっちを重視する。
あり得るか──
その線を意識しても問題ないだろう。
最後に私は聞いておくことにした。
「食堂から、階段が臨めたそうですが、そこから貴方たち以外が来たことはありますか?」
ラウロスはないな、と端的に言った。
※
「仲のいい友達が死んだから、ショックだよ」
そう語るのは被害者のノアと同好の士であった、本格ミステリ好きの青年、カイトだ。
ノアもまた痩せすぎのきらいがある、とはラウロスの言だが、カイトは負けず劣らずなのではなかろうか。
「この段階に至り聞きたいことなんて、正直かなり限られていますから、いくつか聞きたいことだけ聞きますね」
言って私はカイトに問い質す。
「十五時十五分ノアさんが死んで、二時間後事件現場の部屋をのぞいたら、様子が少し変わっていた、と聞いていますけど、部屋の様子の変化をはじめに認めたのは誰ですか?」
「ああ、俺だよ。聞かなかったのか? 事件発覚後に食堂に集合し、みんな一箇所にずっといたんだが、俺が気になって様子を見に行った。一人でね。そうしたら部屋の様子が変わってて、それを報せに食堂へ走ったよ」
「柱の様子に変化はありましたか?」
「なかったぜ? 普通だった」
「ありがとうございます。ところで、前日に島に前乗りしたノアさんが、壁紙を持ち込んだそうなのです。思い当たる節はありますか?」
「? ないけどな。あの別荘は木造の建築で、それを誇示するようですらあったから、壁を壁紙で隠すなんて真似、一切合切やっていないはず」
「では、壁紙は、別荘の壁にないのですね」
「……ないと思うけど、それがどうしたの?」
いえ、と私は雑に誤魔化した。
あと一つ聞くことがあるとすれば……。
「食堂の窓からグループ以外の人を見ましたか?」
これくらいだ。
「食堂の窓から、グループ以外の人……?」
カイトは困惑した様子だった。
それもそうだろう、確かめていないけど、調べればすぐ判明するような、嘘にしては雑すぎるアリバイを、漁師は主張しているのだ。
これが嘘である公算は極小だ。
そう思いカイトの発言を待つと、
「ああ、そういえば見ましたよ」
とこう聞こえてきた。
「え? 見たんですか?」
「うん。島に到着してすぐくらいかなあ。別荘をバラバラに探検したときに、俺だけ食堂の中に入ったの。そしたら漁師さんが階段から上がってきて」
「筋骨隆々の?」
「筋骨隆々の。キョロキョロしてたから、何か用があるのか、くらいに思ってて、今の今まで忘れてたんだけど」
これは──
重要な証言が確認できたので、私は次の人を呼び込んだ。
ローラは澄んだ顔で入ってきた。
私はそれを認めるなりこう言った。
「被害者の事故当時の服装は?」
「半袖に長ズボン、靴下を履いていて、おかしなところなんて、何も……」
「ありがとうございます」
この事件は解決できたも同然だ。
──柱の影が、薄くなっていく。




