白い柱の殺人②
別室に移動して、サラさんに一人目の関係者を呼んでもらってきた。
名前はエル。
三白眼が特徴的である、金髪のささくれだった印象の女性である。
「……ったく、なんで今更呼び出されるんだよ。で? 聞きたいのは何?」
何? の部分を強調して、エルは私をテーブル越しからき、と睨め付けた。
『青い薔薇の壺事件』から時間も経過して、いい加減前髪も伸びて額の三本傷も隠れたのに、そんなのはお構いなしと言った様相で、エルは私に苛立ちをぶつけた。
ところで前まで前髪がなかったのは、姉に寝ている間に切られたからだった。
曰く「隠しても罪は無くならない」そうで、こういうヘイトに慣れているためか、エルのそれにいちいち怯んだりはせず済んだのだが。
「聞きたいことはいろいろありますが……そうですね。とりあえずことの次第を時系列順に話してもらえませんでしょうか」
「時系列順?」エルは気に入らなかったであろうところを復唱し、「じゃあ全部説明しろってのかよ……事情は大方知ってんだろ?」と、凄んだ。
「はい。ただこの場合大事なのは貴女の──引いては皆さんの認識の方でして。それに細く質しておきたいこともありますし。そちらの方は随時質問させていただきます」
「ち……わかったよ。で、どの時点からだ?」
「最初から。そうですね、後から気がついたことがあったらどんどん言ってくれていいのですけれど、さしあたっては孤島の別荘に行く話が決まった時点から」
あいあい、とエルは気怠そうに言い、
「前々から、この六人でどっか行きたいな、みたいな話は出ていたんだけど、そのうちの一人が「うちの別荘に来ない?」って言い出して……」
「待ってください。六人? 亡くなった被害者も中にはいるわけで、だから七人と思っていましたが」
「六人グループの一人が欠けたから、集められた六人は五人のグループと地元の船を出してくれた漁師だよ。ほら、あの筋骨隆々の」
「ああ、あの筋肉の……」
彼が船を出した漁師なのか。
「そう。で件の漁師、まあこいつも別荘持ってる奴の友達なんだけど、そいつに約束を取り付けて、孤島への行き帰りに船を出してもらうことになった。つまり孤島に船が来るのは二回……行きと帰りのときだけなんだけど、まあそれで問題ないかなって」
孤島に船を出したという漁師は、別荘を持っているメンバーの友人か。
つまりは関係者として集められたのは六人で良かったのだ。
友人でなくてもやはり参考人として話は聞きたかったのだが、そこのところエルメ様はよくよく了解してくれていたらしい。
「んで、船に乗って孤島に到着して、船を岸につけようとしたんだが、島が基本的に高く競り上がっていて、船から上陸するためには、絶対に一ヶ所だけ低くなっているところからしか上がれないって感じだった……から、しゃーなしそこまで回り込んで、アタシらは島に上陸した」
「他には本当無理だったのですか?」
「無理だったろうな。さっき言った通り回り込んだから、島の全周は確認してっけど、どこも五メートルくらいの断崖になっていた」
「じゃ本当に不可能なんですね……」
「ああ。船を岸につけた所からその断崖の高さまで階段が伸びていて、そこを上がったら別荘が建っていた」
「階段の正面に、ですか?」
「階段の正面に、だ。別荘は木造で、二階建てだった。なにしろ六人分泊まれる目算だったから、それなりにデカかったな。んで、準備やら何やらで前日から島に前乗りしていた別荘の持ち主と五人で合流し、差し当たり昼食を取ろうってことになった」
一応その様子も聞いてみることにした。
「ステーキが出たな、牛肉の。豪華だったぜ? 別荘持ってるやつは違うよな」
「島に前乗りしていたっていう一人は、やはりその準備のために前日に?」
「知らねーよ。細かいことはいちいち聞いてねぇ。でもま、以降もちょくちょく牛肉は食卓に出てきたな」
「時間なんかは確認できました?」
「食堂には目立つところに時計があったから、まあな。たしか、食い始めたのは十二時半だった。終わったのは十三時半……約一時間で食った計算だ」
「それは正確な時間なのですか?」
「事件があったあと警察の事情聴取に協力してたんで、よく覚えている。その時と同じ答えを言っているはずだ」
「なるほど……」
それならある程度は信頼しても良いと見るべきか。
エルは声のトーンをいくらか低くした。
「で──ことが起こったのは、その少しあとだった。別荘持ってる奴が離席して、三十分経っても食堂に戻ってこないんで、そのとき一緒にいた五人で不審がった。一時間経っても戻らなかったんで、全員で移動してそいつを探したら──いた」
いや、あったと言うべきかな、とエルは呟いて、
「別荘の一室に、死体が転がっていた。顔を見るに別荘を持っているメンバーなのは確実で……名前を言っていなかったな。ノアだ。ノアが、その部屋で死体になっていた。その部屋は真ん中に白い柱が立っていて、これがかなりデカかったんだが、そのデカくて白い柱の両側面、入って右側の側面に上半身、左側面に下半身が伸びていた。切断面を柱にくっつけるような恰好で、仰向けにして泣き別れの死体が落ちていた……。切断面にくっついている箇所は、臓腑が、腑が、切断面から漏れて盛り上がっていた。ちょうど上半身はヘソの下くらい。そこで体躯は切断されていて、そこから内臓がまろび落ちていて、死体に接地している柱の付近が、若干覆われているような恰好になっていた。下半身もそう。腰から上が切断されていて、そこから溢れた内臓で切断面と接地している付近は隠れていた。柱がデカイってさっき言ったけど、胴の幅の二倍くらいはあったかな。柱の幅から内臓が出てくることもなかったぜ」
と実に克明な説明を縷々述べた。
「ノアの死体は膝から先が逆向きに折れていて……ああそうだ。靴を履いていた。室内なのに不思議だったからこれは覚えている。長ズボンに靴下も履いていたな。……これは別にいいが、靴は不思議だった」
それは確かに不審である。
理由はわからないが記憶に留めておこう。
「時間は分かりますか?」
「柱の部屋に時計があったから覚えてる。十五時十五分だったな。昼飯が終わったのが十三時半だから、そこから十四時十五分くらいまで、六人全員でフツーに話してた。その先はさっき説明した通り。ノアが離席して、一時間後に死体になっていた」
「つまり死亡推定時刻は十四時十五分から十五時十五分の一時間のあいだ……。なるほど、よく分かりました」
「駆け寄ろうしたんだけど、現場を保存した方が良い、って話になって、その部屋は誰も触らなかったんだ。つっても二時間後、こりゃアタシじゃねーんだけど、様子が気になって部屋をのぞいたら、死体の位置が元と変わっていて、上半身も下半身も、柱からは離れた位置になっていた。どっちも入って左にあったけど、間には四メートルくらいの距離が空いていた、って見たやつが言ってたぜ」
「散々聞かれたと思いますが、アリバイは」
「死んだノア以外、昼食から死体発見までずーっ、と食堂さ。トイレで席を外した奴もない」
「なるほど。ちなみに、別荘が燃えたのは……」
「船が迎えに来る日だった。つまり、一週間後に別荘は全焼した」
※
つくづく謎の多い事件である。
まず、死体を上半身、下半身で泣き別れにする意図がわからない。
そしてそれを差し引いても泣き別れた二つの半身を柱の側面に接地させておく意図がわからない。
さらにそのことに目を瞑ってさえ、どうして足を逆向きに折ったのか、そうする犯人の意図がわからない。
室内にいるのに靴も履いていて、列挙しただけで四つも謎がある。
これに加えアリバイの謎も加味するといよいよだ。
四つの不可解、プラス一つの不可能が、この謎の混迷の柱を支えている。
見たこともないのに白い柱が脳裏に焼き付いた。




