白い柱の殺人
「上半身と下半身の泣き別れ死体?」
総白髪の白濁した瞳を持つ青年、エルメ・ヘルメロスは辺境伯という爵位を受けている。
国境地帯の防衛
それが彼に与えられている任だ。
剽悍な戦い振りと評される彼は、その目覚ましい活躍で人気を勝ち取って、厚い信頼を寄せられるようになった──民からだけでなくて国からも、という次元で。
そのことの副次的作用ともいうべきか。
人気がありすぎて、信頼がありすぎて──きっとなんとかしてくれるという一念からなのか──、エルメ様の元には数え切れない相談事が寄せられる。
彼も彼で人がいいからか、できるだけそれに応えようとする。
で、今回も例によって難題を持ち込まれ(しかも殺人で!)、どうやら暗礁に乗り上げたようなので、私にまで相談が降りてきた訳だ。
「……すみません、もう少し詳細にお願いできますか?」
「ああ、言葉が足りないのは自覚している。どこから説明したものかな……。ああ、そうだ。概要をなぞろうか」
言って、エルメ様はソファーに腰掛けた。
「まず、事件は孤島の中で起こる。島には木造の別荘が建てられてあるのだが、そこの別荘に、地元の漁師に船を出してもらい、一週間後また迎えにきてもらう約束で、とある団体が遊興に訪れた。ここまで言えば、勘のいいお前ならわかるとは思うが……」
「漁師が迎えにくるまでの一週間、彼らには島を出る手立てがない、ということですね」
「正に」
「で、それがどうしたというのですか」
「ああ、それでな。そこの別荘で殺人が起こってな」
「殺人──」
「それも、単なる殺人じゃない。不可能犯罪の類だったんだ」
「不可能犯罪?」私は聞き捨てならない部分を復唱した。「上半身と下半身の泣き別れ死体には、不可能犯罪の要素はないでしょう」
エルメ様は難しい顔をして、
「別荘の一室に、真ん中に白い柱のある部屋があるそうで、その部屋の中で男性が殺された。しかも先だって言ったよう泣き別れになっていて、被害者の上半身が柱の右側に、下半身が左に横たえられていた……。この左右は部屋に入って右から左かだ。柱は円柱ではなくて四角柱であり、その両サイドに半身がある恰好だ」
と、言った。
なるほど、なるほど、と小さく繰り返し、死体の状況を想起させてみる。
「中々えげつない状態のようですね。ええと……上半身と下半身は、両方ともその白い柱と接地していた、ということでいいですか?」
「ああ。上半身も下半身も、切断面を柱にくっつけて、仰向けにして床に置かれていたらしい……。柱を挟んで全身がある訳だ。それと、下半身の足は逆の方向に、ありえない角度で折れ曲がっていた。つまり、膝のあたりで内側ではなくて、外側に向かって折れている状態だ」
「醜悪ですね」
「ああ。とても見るに耐えなかったと証言を受けている」
で。
今の話に不可能犯罪の要素はあったのか?
とそう思っているのが顔に出たらしい、私の心中を察するようにして、言い訳のようにエルメ様はこう述べた。
「つまりだな。私が言いたいのは、被害者はその時点で確実に死んでいたということだ。上半身と下半身で泣き別れしているからな、当然だ。で、ここからが重要になってくるのだが、死亡推定時刻を定めるとき、被害者が最後に生きているのが確認されてから、死体が見つかるまでが基準になるけれど、そのセオリーに則って死亡推定時刻を定めると、関係者全員にアリバイがあることになるのだよ」
──不可能犯罪だ。
エルメ様はそう結んで、私に訴えるような視線を投げかけた。
「アリバイとは? いえ、不在証明だというのはわかります。死亡推定時刻に自分が殺人現場に不在だったことの証明です」
「君が理解しているのは分かっている。なんでも被害者を除いたすべてのメンバーが、死亡推定時刻とされている時間、行動を共にしていたらしいのだ」
「つまり、全員が全員のアリバイを証明できる……殺人現場には寄らなかったんですよね?」
「当然だ」
なるほど不可能犯罪と言えそうだ。
それでは被害者を殺すことなんかできない……、まして上半身と下半身を泣き別れにすることなど絶対にありえない。
「どうだ、『神髄』。お前なら解けるのかもと思ったが……」
「無理ですね」
私は言下にそう言った。
「情報が足りなすぎます。関係者全員に話を聞かないと、話にならないというのが本音です」
「それなら問題ない」
私を誰だと思っている、とエルメ様は微笑んだ。
「いやしくも辺境伯だ。私の名を出せば、関係者を集めることなど訳ない。そもそもの話、相談を持ち寄ったのもその事件の関係者なのだから、これは招集に応えない理由はない」
「な──るほど」
権力があると操作がスムーズだな……権力と言えば。
「警察はどうしているのですか?」
「早々に諦めたそうだよ。一つの事件に拘泥するよりは、他の事件にあたるべし、というのが彼らの言い分だ」
こういうことはよくある──良くはないのだが、実によくある──。
殺人なんてしょっちゅう起こるから、一つ一つの事件に真剣にあたることは稀なのだ。
こういった次第から、治安維持機関とは役割を異にする、辺境伯に殺人事件の相談が舞い込むのだ……、彼にしてみたら迷惑極まりない。
治安の悪化には悪循環である。
「しかしこう、もっとあると思うのです。何か仕掛けがないか調べるとか……」
「ああ、それは無理なんだ」
どうしてと問う前にエルメ様は言う。
「建物が焼けたから」
※
警察が投げるのもむべなるかなである。
操作も何も現場が焼けたんじゃ、手を出そうにも出しようがない。
お手上げだ。
現場百遍が信条の彼らには、これを解決しろという方が酷である──探偵を名乗った覚えはないけれど、頭脳労働をこそ活用するべきだ。
「それで、こちらにおられるのが──」
私の前に整然と立ち並ぶ、六人の男女が視界に収まった。
年齢層は凡そ似通っている。
概ねモラトリアムと言った様相で、男三人、女三人の──人数比のバランスも良い、仲良し男女グループといったところだろう。
左から順番に特徴を挙げていく。
まず一人目。
三白眼が特徴的なささくれ立った印象の女性である。
頭髪は金髪で、始終背中を丸めている猫背だ。
二人目はこれも女性。
だが一人目とは対照的な印象だ。
ふわっとした印象の長髪で、全体的にフェミニンな服装に身を包んでいる。
三人目は男性で、筋骨隆々といった様相だ。
自分自身誇りに思うらしく、自信に満ちた表情が与える印象は筋肉をより際立たせて見せている。
四人目は肥満体型の男性。
やはり三人目とは対照的であり、しかし引け目を感じるような感はない……、彼は彼で自信があるような雰囲気だ。
五人目はガリガリな体型の男性で、骨ばった顔立ちがどこか不気味である。
最後の六人目──これは女性であり──容姿に対する言及はやはり慎重にならねばなるまいが──、有り体に言えば美人である。
「──今回の事件の、関係者なのですか」
エルメ様はその通りだ、と首肯して、一応口裏を合わせられないよう、屋敷まではバラバラに連れきてきている、と補足した。
「今は一ヶ所に集めているが私語は禁じている。私が見ていた。しかしまあ、事件から時間は経っているから手遅れかもしれないが……」
「それはその通りですが、しないよりはいい」
ありがとうございます、と私は言った。
とまれかくまれ、集まったのだ。
事情聴取しないことには始まらない。
エルメ様が私に耳打ちした。「この場でやるとバラバラで連れてきた意味がないから……」
「わかっています。別室に一人ずつ来てもらいましょう。サラさん」
近くにいた新人のメイドさんを呼びつけた。
「なんでしょう」
「別室への案内をお願いします。分からないでしょうから」
サラさんははい、と言って下がった。
──さてこれより、
私は不可能を可能にする。




