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青い薔薇の壺事件

かくかくしかじかの対義語はマルマルモリモリです。

 何かが割れたかのような音がした。

 

 音のした方に両人振り向いて、弾かれたかの如くその場を駆け出した。

 丁字の廊下を右に折れたあと、二番目の扉の先に()()を発見した。


 それは壺──過去に壺だったものだ。


 壺は、四散して、ほとんどバラバラの破片と化していた。 

 鋭い突起が各種取り揃えで、一帯はものすごい危険地帯であった。

 パッと見、いろいろな色彩があるように思われた。

 割合は白の破片が多かった。

 残るは何かの絵? か何かであったのか、青と、緑の破片が目立っていた。

 

 花の絵なのかしら? と全体を直感する。


 少しして部屋の様子に気が行った。

 落ちる前は壺の置き場だったらしいタンスの左斜め上に、古い時計がしつらえられてあった。

 時刻は6:30……。

 長針の向きは真下を指している。


「今は45分だから、15分時間がズレているな」


 エルメは胡乱うろんそうな顔でそう言った。


「申し訳ありませんでしたッ」


 視線が──15分ズレた──長針から外れ、おそらく割ってしまった犯人とかちあった。

 若い、金髪のメイドであるようだ。 

 

「じ、十分注意したつもりなのです──が、あ」


 仕方ないのだが──メイドさんは私の顔を見て、嫌悪を露わに顔を顰めていた。

 額に走る三本線を認めたのだ。


「あの──」

「割ってしまったのですか、その壺を!」


 ヒステリックな声がつんざいた。

 なんだ、と思い首を巡らせて、声の主のいる背後を私は顧みる。

 そこにはとうの立ったメイドさんが立っていた。


「う──」果たして彼女も顔を顰めたあと、「気をつけろと散々言い含めたはずでしょうッ」とシームレスに説教した。 

「申し訳ありません! 申し訳ありません!」

「もういいです。片付けは私がやりますから、貴女は他の掃除をしておいてください! ……大変失礼いたしましたご主人様」


 途端、彼女は猫撫で声になった。

 

「何せ、彼女も新人なものですから。気をつけろとは言い付けておりましたが、私が直に監督すべきでした」

「……この部屋の壺は、惜しかったな」

「はい。責任は私にもございます。罰でしたらいかようにも受けますので」

「いい。以降気をつけるように」


 相わかりました気をつけます、と彼女はおもねるような声を出した。 


「大事な、壺だったんですか?」

「いや、大事というよりは高価な壺だった。そして唯一、価値ある壺だった」

「唯一」私はその部分だけ復唱した。「他は価値がないみたいな言い方ですけれど」

「そう言っている」

「はあ、それは何故」

「友人が戯れに壺を作るようになってな」


 彼の言うにはこう言うことらしい。


 友人が壺を作るようになったらしいのだが、成功作を作るまでに出た、失敗作として処分する壺を、もったいないとかなんとか理由をつけ、送りつけてくるようになったそうなのだ。

 それで屋敷には白い壺がたくさん、見分けも付かぬまま置いてあるらしい。

 そのいずれも失敗作なので、すでに述べたよう『価値がない』のだが、割れた壺だけはその例に漏れていた。


「ある高名な芸術家が屋敷を訪れて、青い薔薇の絵を描いていったのだ」


 あの壺の全体が花であると言う予想は当たっていた。

 それでもともと価値がなかったのが、後天的に付与されていたのだ……、高名な芸術家が描いた薔薇により。


「へえ、そういう経緯があった訳ですか」

「どれもこれもまったく見分けがつかないほどに同じでな。友人にとっては微妙な調節があったんだろうけど、こうもサイズ感も色もデザインも同じでは、譲り受けても挨拶に困っていた。そこへ行くとあの青い薔薇の壺は、唯一価値ある壺と言えたんだ」

「大事にしなきゃですね」

「割れたがな。形あるものはいつかこうなる」


 とうの立ったメイドさんが真っ先に壺のっ手部分の破片を片付けていたのを、なんともなしに私は見咎めた。







 破片を片付けるのを見届けたあと、ほどなくして夕餉ゆうげの時間がやってきた。

 厳格な食事ルールとかは無いそうで、普通に歓談してご相伴を預かった。


「え、じゃあ今日の昼までの都合七日間、この屋敷は無人だったっていうことですか?」

「仕事の都合でな。メイドが居たから無人でこそなかったが」

「ああ、あの二人が」

「一人だ。妙齢の金髪の方は今日から入ったんで、もう片方に屋敷を任せたんだ。ちなみに二人はサラとマリアだ」

「壺を割ったのは?」

「サラだ。叱りつけていたのはマリア」

「なるほどそうですか」


 『金髪』とか『とうの立った』とか、これで身体的特徴で呼ばずに済む。

 なんか失礼な感じはあったんだ。


「サラさんは今日雇ったってことですか?」

「厳密には七日前に家を発つ前から決まっていた。入るのが今日からだったというだけだ」

「七日前から決まっていた仕事の初日から、高い壺割っちゃったんですね……」


 胃が痛くなる。

 普通の貴族なら首を飛ばしていた。

 いや、文字通り。


「その壺って、つまり『無価値』な失敗作の白い壺って意味ですけど、その壺って一体どこにあるんです?」

「すべての部屋に例外なく置いてある。そして当然、この部屋にも。ほらアレだ。先が尻すぼみになっている……」

「ああ、あれ──……え?」


 何か──

 何か強烈な違和感があった。


 どこか、おかしい。


    どこか壊れている。


       決定的に何かが異常だ。


 そんなわけがないのにそうなっているような、ドラスティックな矛盾を孕んでいる。

 どういうことなんだ? 辻褄が合っていない。


 白い壺でもある。

 無価値そうでもある。

 そこが違っているわけではないのだが。


 絶対にそうでは、ああはならなかった。

 今見えている白い壺ならば──


 ああいうことにはならなかったのではなかったか。

 

 不気味としか言いようがない。

 これは謎、そう謎だ、謎なのだ。


 そして私は『神殺しの脳髄』──『神髄』だ。


 謎は必ず解かなくてはならない。


「すみません、エルメ様」


 私は言う。


「あの壺を割りますね」






 

 エルメ様が「構わんが」と言ったのを聞いた途端、どうしてそんなことをとつづける前に壺を割った。

 三々五々と散り散りに散らばって、

 破片はあたり一帯に転がった。


 その様を見て私はこう溢す。


「──やっぱりそうなのね」


 満足して破片を回収し終えると、踵を返してサラさんを探しに出た。


 少し歩き回った先にサラさんは見つかった。

 マリアさんに命ぜられた掃除をまだやらされている途中のようだった。


「御免なさい」

「あ、奥様」サラは一瞬、顔を顰めかけた。「どうなさいました?」

「少し、話を聞きたくてね。今いいかしら」

「構いませんよ。ご用件は」

「青い薔薇の描かれた、壺の件よ。割ってしまったとき、どういう状態だったとか、掃除する時何か言われなかったとか、話してほしいのよ。ほら、『気をつけるように』ってマリアさんから言われたときみたいに」

 

 サラさんは、妙なことを聞くな、みたいな顔をして、「何もおかしなことはないですよ」と言った。


「何もなくても、様子を教えてほしい。できれば詳細にね」

「はあ、わかりました。では──」


 サラさんはその時のことを語った。

 まず、6:30に、マリアさんから例の部屋の清掃を任された。

 その際「壺は触らなくてもいいけど、壺の置いてあるタンスは隅々まで掃除してね。少なくとも始めてから50分までは」と頼まれる。

 そして45分くらいのころ、タンスの衣服をすべて取り出して、行き届いた拭き掃除をしようとしたところ……。


 壺が割れてしまったと言う。


 多分揺らしてしまったのだと思う、とサラさんは語る。

 そのあとは私の了解している通りの筋だった。

 音を聞きつけた三人が集まって以下略、である。


「ありがとう、参考になったわ。ああ、最後に一つだけ。ゴミってどこに出されるのかしら? 割れた壺の破片を見ておきたいんだけど」

「ああ、ご案内しますね。私も覚えたばっかりですけれど……」


 連れてこられた先には破片が入れられた袋が置かれていた。

 その袋の結びを解いて、壺の把っ手部分の破片を探し出す。

 把っ手には糸が結び付いていた。

 細くて見えにくいが中々丈夫である。


「うん。これで証拠品もバッチリね。それじゃあ」私はその袋を持って立ち上がった。

「え、ああはい」


 なんだったんですか、という背中に投げかけられた問いに手で応え、つぎにマリアさんの話を聞きに出た。


 マリアさんはとある部屋の中にいた。

 開け放してあったんで、扉にノックしたのは無意味かも知れないが。


「絵を描くんですね」


 部屋の中には大きなキャンバスが置かれていて、なかなか巧緻こうちな絵も描かれていた。

 その前に座ったマリアさんはすこしはにかんで、「ああ、奥様、気がつきませなんだ」と慌てた。


「先刻はすみませんでした」

「? なんのこと」

「その……奥様のお顔を見て、顔を、顰めてしまったことでございます」

「まあ」

「あのようなこと、無礼の極みです。重ねて申し訳ありませんでした」

「いいのに、そんなこと……」


 とは別に、私は思っていない。

 本当は、みんなに、謝ってほしかった。

 「けど、仕方がないことだから……」とか言って、自分の気持ちを、簡単に誤魔化した。

 諦めてきた、けど別に私は。

 傷ついていない、わけではなかったのだ。


 だから──

 だから私は、マリアの謝罪が、


「でも、謝ってくれてありがとう」


 本気で──嬉しかったのだ。


「マリアさん」


 私は言う。


「壺を割った犯人は貴女です」







 嬉しかっただけに、苦痛だった。

 この人を犯人に指摘しなければならないということが。

 この人がとんだ小さい人間であることを明かすのが。


「な、何を……何を仰るのですかッ、貴女は!」

「こちらを見てください」


 私は先刻持ってきた破片の入れてある袋を前に出した。

 そしてその中身をやにわにぶち撒けた。

 もっとも破片を損なわないように、ぶち撒けたと言っても勢いはないのだが。


「な、何を──」


 そして私は、立ち所に破片を組み上げていって、一つの壺を完成させた。

 壊れた壺を復元したわけである。

 青い薔薇がそこには描かれてあり、ひび割れてこそいるけれど素人目になかなか良い出来栄えに思えた。


「ふう、完成ですね」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────ッ!!」


 次第に、二つ目の壺も組み上がった。

 双方、青い薔薇の描かれた壺である。


 ちなみに『立ち所に』とか言ってしまったが、この辺はけっこういろんな工夫をして時間がかかったので、都合上割愛させてもらうとして。


 あり得ないことが、ここに起こったのだ。

 

 『唯一、価値ある壺だった』と評された、つまり、唯一である以上一つしかないはずの、『青い薔薇の壺』の破片を組み上げたら、()()()()()()()()()』が出来上がってしまったのだ。


 夕餉に失敗作の壺を見せてもらったとき、どうしようもない矛盾と違和感を激しく感じたのは、それは要するに、破片の量との矛盾なのである。

 

 壺が散らばっているのを見たとき、結構な量が地面に散っていた。

 にも拘らず、見せてもらった欠陥製品は、その欠片の量に比して小さいのだ。


 だからそこから疑念を抱いたわけだ。


 ──誰かの何かの意図いとを、感じると。


 以下は真相だ。


「貴女は、エルメ様が屋敷を空けていた七日間のうち、いずれかの日であの『青い薔薇の壺』を割った。このことをなんとか隠したいけれど、隠蔽したところで別に、部屋から壺がなくなっているのだから、七日間唯一屋敷の中にいた、しかも管理も任されていた自分は疑われる……では、誤魔化すにはどうすれば良いのか? 


 壺が割れたことはもう変わらないのだし、壺が割れた、と言う事実は前提で、その罪を、誰かに着せてしまえばいい。では誰に着てもらうのか……、丁度いい人材がいるではないか。あつらえたようにタイミングが良い、主人が、屋敷を発つときには採用が決まっていた、しかも主人が帰ってくるともにやって来る、新人メイドの、サラがいるじゃないか。

 

 では、どうやって罪を着せるのか? 壺を割った罪を着せるのだし、着せられた本人も、「自分が割ったのかも」と思うような仕掛けが良い。そしてそのためには実際に壺を割らせるのが良い。つまり、自分が割ったのとは別の壺を用意して、ダミーとして例の部屋に置いておくわけだ。


 ダミーの壺を用意するのは簡単だ。エルメ様曰く、友人からもらった壺のことを評価して、


 ──どれもこれもまったく見分けがつかないほどに同じでな。友人にとっては微妙な調節があったんだろうけど、こうもサイズ感も色もデザインも同じでは、譲り受けても挨拶に困っていた──


 とこう語っていた。

 加えて言うならば、


 ──その壺って一体どこにあるんです?


 と私が問うたら、


 ──すべての部屋に例外なく置いてある。


 と答えていた。


 ならばいくらでも偽装可能だろう。『青い薔薇の壺』の青い薔薇は、あくまでも友人の失敗作の白い壺を白いキャンバスに見立てて描かれている。貴女は中々巧緻な絵を描くし、同じキャンバス(同じ失敗作の白い壺)に同じ青い薔薇を描けば、当然限りなく近い『青い薔薇の壺』が完成する。もちろん、そのキャンバスは『すべての部屋に例外なく置いてある』のだから、自分の部屋から持ち出せば良い。し──バレても大して手痛くない。何せ失くしても無価値なのだから。


 当然、主人のように本物を見てきた人間は誤魔化せない。何せあの青い薔薇は高名な芸術家の描いたものだから、いくら上手くても、本物と比べれば見劣りする……偽物と看破されるのが当然だ。だが、騙すのはあくまでも本物を見たことのないサラさんなのである。主人がもし仮に「本当に青い薔薇の壺を割ったのか」と質しても、「はい、私は青い薔薇の壺を割りました」と答えてくればそれで良いのである。本人さえそれが本物の『青い薔薇の壺』と認識していれば……。


 先ほども言ったように、「自分が割ったのかも」と思うような仕掛けが良いのだから、その『青い薔薇の壺』を自分で割ったと誤認させる仕掛けが必要だ。


 そのために貴女は6:30頃に、とある布石を残していたのです。


 ──壺は触らなくてもいいけど、壺の置いてあるタンスは隅々まで掃除してね。少なくとも始めてから50分までは──


 つまり、6:30〜6:50のあいだ、壺が載っているタンスを掃除させておく。そしてタンスの()()()()に設えられてある、時計の長針に糸をくくりつけ、一方は壺の把っ手にくくりつける。この糸は6:30頃はまだ緩んでいるのだが、時計回り(つまり右回り)で針が進むに連れ、6:45頃にはもう、ピンと張るような長さに調節する。そしてそれを少しでも過ぎると、壺のバランスは糸に引っ張られ、地面に向かって垂直──真下に落下する。むろん、時計の針も壺の把っ手と糸で繋がっている。真下に落下した壺に引っ張られ、長針だって真下に引っ張られる。だから時刻は6:45であったのに、長針的には真下の位置にある、6:30という十五分ズレた時刻を指すことになったのだ。むろん、糸は丈夫だが、壺の重さにはやはり耐えられない。途中でプツンと切れ、壺の把っ手と、長針の先に残る。だから貴女は、真っ先に壺のっ手部分の破片を片付けたわけですね? そこにくくりつけた糸の存在が不都合だったから。時計の針の糸はあとで適当に回収したのでしょう。そして、壺の載っているタンスを掃除しろと言われていた、指定の時間は6:50だから、45分頃に落ちる仕掛けなら、「自分が割った」と思い込ませられる。

 

 ですが、ダミーで割らせた壺とはまた別に、本当に割った壺が残っています。もうすでにバラバラの破片になってしまっている、芸術家が薔薇を描き込んだ方……。それを更に粉々に砕いて誤魔化すのも良いでしょう。またどこかバレないところへと捨てに行くのも良い……。でも、そんな大変な労働をしなくとも、もっと簡単にことは解決する。ダミーの『青い薔薇の壺』の中に入れるのです。


 壺の口が尻すぼみで、先が細まっていたとしても、割れているから、細かくなっていて、細い壺の口からも入れられる。仮に入らなくても、さらに細かく割れば入れられる。実現可能性は高い上に楽なのです。そして、この方法なら大変なことをわざわざしなくても、あまりにもスマートにトリックは完成する。


 だって、ダミーの壺がトリックで割れたとき、それで中の本物の壺の破片だって出てくるけど、『本物の破片』と『ダミーの破片』、見分けがつくわけがないんです。だって等しく『破片』なんだから。そこに両者を区別する青い薔薇なんて咲いちゃいないんだ。『部分』として散らばってしまっては、薔薇という『全体像』は浮かび上がってこない。本物と贋作は等しく成り下がる……。


 以上が、この『青い薔薇の壺事件』の真相です。


 ──反論があったら、言ってくださいね?」

かくかくしかじかの対義語はマルマルモリモリではありません。

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