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誰もが目を奪われてく⑤

 ルーイが死体で発見された。

 その報せを受けた私は、すぐさま現場に直行した。

 放射線状に人だかりができていて、その中心にルーイがいた。

 人の頭越しに、死体を観察する。

 死体はやはりというべきか案の定というべきか、左目をそのままくり抜かれていた。

 眼窩がんかに滞留している暗闇は深く、この世全てを恨んでいるようだ。

 私は周囲の人々を退かし、死体になったルーイの前に出る。

 まぶたを確認する。

 私が死体を発見した、バンの瞼は三角に裂けていた。

 ともするとルーイの死体もそうなのではないかと思ったのだ。

 果たして、ルーイの瞼は小さく裂けていた。

 ()()()

 これは結構重大な手がかりである。

 いままで、連続殺人の共通項は眼球がくり抜かれていることだけだった。

 しかしそこに、瞼が三角に裂けているという、更なる共通項が認められたのだ。

 単純にヒントが二倍に増えている。

 これがどういう意味を示すのか、かなり気になるところではあるが、一旦は情報の意味を考察する段階で止まっている。

 それと一つ、気になることがあるのだけど……。


「以前にも、この人と会ったことがあるような……」







「ブランシェットの死体? 確かに見ましたが」


 連続殺人で、ルーイ含め六人死んだわけだが、その全ての死体に目を通している者が一人いた。

 六つの死体はこの辺りの地域から出ている。

 つまり死体を安置するのもこの地域ということで、このあたりにある一つしかない死体安置所に一度は置かれていたということだ。

 したがって全ての死体はここに集まっている。

 時間が経ってもう『処理』がかけられた死体も多いけど、見回りの職員は必ず一回は死体を見ているのだ。

 つまり、いま私が話しているのは、その職員。


「ローグさん。その死体の瞼について覚えていませんか? できれば六人分の情報が知りたいんですが」

「覚えていますとも!」


 見回りの職員──ローグさんは、恍惚とした表情でそう叫んだ。

 側頭部の髪の毛が刈り取られ、真ん中だけもっさりと芝生のように生えている特徴的な髪型が目を引く、彼は奇矯ききょうな男だった。

 それを証明するみたいに、

 

「私は死体が好きで好きで仕方がないんです。しかし、人を殺めるのは犯罪……叶わぬ恋のようなもの! だのに! この仕事は何のリスクも犯さずに、無限に死体を見ていられる! ここにあった死体は穴が開くほどに、全て私が見つめてきたものです!」


 と、ローグさんは天を仰いで演説を打った。


「えと……その、では殺された順に、死体の説明を」

「ええ!」ローグは言下に言った。「まずははじめの被害者、ダール・ブランシェット。彼の死体は右目がくり抜かれ、そのまぶたは三角の形に裂けていた! 他にこれといった外傷は見当たらず、まぶたと、右目だけが、確認できた唯一(二つ)の外傷です! 瞼と目玉以外に外傷がある者は六人中一人もいません。二人目はアリア・ブランシェット。彼女は左目をくり抜かれていて、左瞼は破られていました。閉じようにも瞼ががない、そんな状態です。まあ死んでるんだから動きませんけどね! 三人目はスミス・ブランシェット。彼は左目がくり抜かれていて、唯一瞼が裂けていなかった、無傷です。四人目はナーガ・ブランシェット。右目がくり抜かれていて、右の瞼は三角に裂けている。五人目はバン・ブランシェット。彼は……」

「それ以降はいいです。見たから」


 五人目、バン・ブランシェット。

 彼は右目がくり抜かれて、右の瞼が三角に裂けていた。

 六人目、ルーイ・ブランシェット。

 彼は左目がくり抜かれて、左の瞼が三角に裂けていた。


「ありがとうございます。参考になりました」


 スミス・ブランシェットを除いて、全員瞼に損傷がある──と。

 アリア・ブランシェットは瞼そのものが失われていて、この二人の例外を除外して、残る四人は三角に裂けている。

 この差には何の意味があるんだろう。


 外傷が目玉と、瞼しかない以上、そのいずれかが死因になるのだが、瞼が裂けて死ぬことはないはずだ。

 よって死因は目玉の方にある。

 つまり攻撃は目玉にあったのだ。

  

 つまり瞼が裂けているのは、目玉への攻撃で副次的にできたものと思ってよい。

 三角の外傷は、察するに武器が目玉を突いたとき、巻き添えになって閉じかけの瞼も武器の形に裂けてしまったのだ。

 四人の瞼はこれで説明がつく。

 スミス・ブランシェットは単に目玉への攻撃が瞼を巻き添えにしなかったのだろう、だから瞼が裂けなかったのだ。

 では、アリアは?

 瞼がまるまま破り取られてて、閉じようにも閉ざせなくなっている訳は?

 武器の巻き添えでこうはならない。

 意図的に瞼を持ち去るだけの、犯人に理由があるのかもしれない。


 持ち去る、という点で言えば。


 それは眼球と同類項になる。

 眼球も、何らかの武器で突き刺したあと、犯人が持ち去ったと見るのが妥当だろう。

 

 全員の眼球と、アリアの瞼。


 どうして犯人は、それらを持ち去らねばならなかったのか──


 合理的な理由があるのかもしれない。

 パターンで言うと、持ち去るのが好都合であるケースと(瞼や目玉を手に入れることが目的)、そのままにしておくのが不都合であるケース(放っておくと瞼や目玉が何か不利益を呼ぶ)、この二つに大別できると思うのだが、目玉や瞼を持ち去ることにより、犯人に利益があるとは思えない。

 つまり好都合だから持ち去ったわけではない。

 ならば答えは、不都合だから、だ。

 そのままにしておくと、犯人にとって何らかの不都合が訪れるから、二つを持ち去らねばならなかった。

 では、その不都合とは──何か。


 そこに肉薄できれば、やはり真相に迫れる気がする。


 より克明こくめいな情報を得ようとして、「三角に裂けている瞼の特徴を、もう少し詳細にお願いできますか?」

「そうですね、概して言えるのは……」


 人差し指をピンと立てて、


()()()()()()()()()()()()()()。見逃してしまっても、おかしくない程度」


 と、ローグさんは言った。

 確かに、自分で見て確かめた二人だけでも、見ようとして見なければ三角形は見つからなかった。

 いや、バンのときはそうでもないか、あれは三角形を見ようとして見つけたわけではない……ないけれど、その時も実際に、

 

 ──小さい……よく見ないと見逃すわね。


 と、私はひとりごちた。

 思えばローグさんの言を裏付けるようである。


「ともあれ、収穫は大きかった……捜査は大いに進展したと言えるわ。ありがとうございます」

 

 首を巡らせて、ローグさんを見る。

 ローグさんはすでに、死体を見るのに夢中になっていた。

 側頭部を刈り取られた髪型が嬉しげに揺れている──







「ふむ。色々あったようだな」


 屋敷に帰宅して、エルメ様に今日会ったことを諸々伝えると、総括としてそんなことを言われた。


「無色透明とは、言いませんけどね」

「不満なのか?」

「情報は増えたんですよ。ただ、ここから何をするべきか、分からない」

「ルーイは死んで、リラとマリアだけなんだろう? じゃあ犯人は二人に一人だろ。適当にやっても二分の一で犯人は当てられる」

「流石にそんな適当しませんよ」

「下手に論理を弄するよりこんがらがらんだろ」

「だとしても、ですよ」

「だとしても、なのか」


 ええ、と私は深く頷いて、さりとて、と自然に二の句を継ぎ足した。


「じゃあどうすれば良いのか、と堂々巡りになるんですよね」

「そう焦ることもないだろう」

「何故ですか」

「まだ一人にしか事情聴取してないんだろ? だったらあと二人から情報を得ればいいだけだ」

「まあ、確かに」

「それに、やれることはまだまだある。現場を確認したか? 周辺の聞き込みは? 地道な検証をしてようやっと調査をしたと言えるだろう」

「むべなるかな──ですね」


 よし、確かにエルメ様の言う通りだ。

 まだまだやれることは沢山ある。


「エルメ様もついてきてくださいよ」

「? 構わんが」

「客観的な意見が欲しいなって」


 と、

 いうわけで現在私とエルメ様は今に至るまで六つにまで増えた各事件現場を巡っていた。

 まず一つ目の事件現場、ダール・ブランシェットの死体が見つかった場所、路地裏の暗闇がより濃い地点。

 ここに死体が横たえられていた。

 今はもうないが、そのときはここに伸びていたらしい。

 もっとも、警察の調査は入っていないので、これ以上の情報は皆無と言っていい。

 現場に残されている情報も、時の経過で鮮度が落ちている、価値の低いものといって差し支えない。

 

「うっすら血痕がポタポタとある程度で、やっぱり現場としての価値は低いですね」

「まだしも周辺の聞き込みをした方が意味があるだろう」

「そうですね」


 そういうことなのでそういうことらしく、周辺の聞き込みをすることになった。

 事件現場周辺にある家々を一軒一軒回って死体発見当時の様子を聞いて回ったのだ。

 すると気になる情報があった。

 いや、事件についての情報量それ自体は増えなかったけど、死体発見当時の状況、と言うかそれを取り巻く人々の、ある特定の人物について気になった。

 

 私達は逐次二つ目、三つ目と事件現場を周り、周辺の聞き込みにさらに熱を入れた。

 

 やはりそうだ、いずれも確実に、同じ人物についての目撃情報が認められた。


 その人物が死体発見当時の人だかりに混じっていたと言う目撃情報が、どの現場に行っても必ず見つかった。


 更なる調査を重ねていき、四、五、六つ目の、すべての現場に聞き込みをして、分かったというか、確定した。


 側頭部の髪の毛が刈り取られ、真ん中だけもっさりと芝生のように生えている髪型。


 六つの現場の死体発見当時の人だかり、その全てで同様の髪型の人物を見たという、目撃証言が得られた。


 死体安置所の見回り職員、ローグ。


 あの死体好きが死体を見つめていた。

 






「その、ローグという男が犯人なのか?」

「概ねその通りの意味で取ってもらって構いません。彼はこう言っていました」


 ── 私は死体が好きで好きで仕方がないんです。


「そして、『人を殺めるのは犯罪……叶わぬ恋のようなもの!』とも」

「つまり、ついに辛抱たまらなくなって、人を殺してしまったと……?」

「違います。彼が好きなのはあくまでも死体。殺すのは手段の一つであり、死体が見られればそれでいいのです。そしてその欲求は死体安置所で働くことにより、少なからず満たされていると見るべきです」

「なら、この話はどこに着地するのだ」

「死体安置所で働く彼は、死体を見つめていられるという特権を手に入れた。けど、死体そのものを手に入れた訳ではありません。死体安置所は一時的に死体を置いておく場所に過ぎませんからね。あくまでも見ていられる、というだけです。死体を好きに触ったり、持ち帰ったりはできない。記録がある以上、記録との差異で、どこが元と違うかとかで露見する」

 当然だという顔で、「それはそうだろう」

「ただ、彼が手を出せないのは死体安置所の死体だけです」

「……どういうことだ?」


 つまりですね、と私は言う。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その時点で目や瞼を持ち去ったら、その死体は最初から『目や瞼がない死体』として、死体安置所に運ばれます。そして周囲の認識も同じ……発見されたとき目や瞼がない死体は、最初からそうだったと認識される。するとどうでしょう。死体安置所で働くだけでは見るしか叶わなかった死体が、好きに扱えるようになるのです。……目や瞼といった、一部だけですが」

「いや、最初に発見される前の死体って、ローグは死体発見当時の人だかりにいたのだろう? なら、周辺住民が死体が発見して、その後ローグも死体を見つけたということだ。そんな大量に視線の交わされる状況下、目や瞼を持ち去るなんてのは……」

「第一発見者なら、死体発見当時の人だかりにいても普通でしょう?」

「……」

「分かったようですね」


 エルメ様は「ああ」と端的に言った。


「要するに『認識』を利用したのです。ローグさんは死体を最初に発見し、声を上げるでもなく目や瞼を回収する。そしてそれらをどこかに持ち去って、改めて現場に戻ったあと、『第一発見者の悲鳴』を上げたのです」


 『第一発見者の悲鳴』が聞こえる前の死体、すなわち最初に発見される前の死体、そこからローグは目玉をとったのだ。

 そして当たり前のような顔をして、死体発見当時の人だかりに、『第一発見者』として混じった。


「でも、その理屈ではあらかじめ死体がどこにあるか把握していなくてはならない。誰よりも先に死体を見つけなければならないのだからな。そんなこと……」

「知っていたのかもしれませんよ」

「……どういう意味だ」

「ブランシェット家は暗殺一家です。恨みを抱く人間は数知れず。その人たちから事前に場所を聞き、いち早く発見したのかも知れない」

 罪の告白と何が違うのだ、とでも言わんばかりに、「それは、殺人者に何のメリットが」

「同一犯であると、思わせることです」


 あっ、というような顔をエルメ様は造る。


()()()()()()()()()()()()。そう言いましたよね? ローグさんは複数の恨みを持っている人たちに、こういう提案を持ちかけたんですよ。『ブランシェット家の人間を手分けして殺してくれたら、自分が目をくり抜いて同一犯による犯行を演出する。代わりに死体の場所を教えてくれ』──と」


 そうすることにより、複数の実行犯はアリバイを作ることができる。


 一人目二人目を殺した人間は、三人目四人目を殺せない場所にいた。

 三人目四人目を殺した人間は、五人目六人目を殺せない場所にいた。

 五人目六人目を殺した人間は、一から四人目を殺せない場所にいた。


 だから犯人の容疑はかからない。


「そのための交換条件が、死体の場所を教えること。死体の場所がわからないと、目玉や瞼を持ち去れませんから」

「でも、ローグじゃなくたって、目玉や瞼は持ち去れるはずだ。何故わざわざそこだけ委託する? 提案を聞いた時点で、その方法は複数の実行犯たちにだってできる」

「それを言えばその提案を聞いた時点で、死体の目玉をくり抜くことによる、同一犯による犯行を演出された殺人が起こったら誰々が犯人だとローグにバレますよ。方法を教えたのはローグですからね。そんなことをしたらおまえたちを告発するとでも言えばいい。のけものにされた場合、ローグは何の罪もないのですから」

「それじゃあ、目玉をくり抜くのは」

「同一犯の演出をするためです」


 なるほどな、とエルメ様は言った。


「だが、目である必要はあったのか?」

「ローグさんは死体を見るだけでは満足できなくなっていた。とはいえ、同一犯の演出を兼ねていると言えど、『死体の一部を持ち去る』のは、思いの外凄まじい労働でしょう。ですから、死体の中でももっとも持ち去りやすい一部、目玉を持ち去ることにしたわけです」

「なるほど。持ち去りやすい上、同一犯の演出としても目を惹くな。しかしすべての死体の第一発見者なら、犯人に疑われるというか、いずれ誤認逮捕もあり得るだろう」

「警察が調査に乗り出していないとは、世間に公表されてませんからね。警察がきて、正確な死亡推定時刻を割り出したら、いずれのケースもローグさんが『第一発見者の悲鳴』を上げるより前に、誰かに殺されたのが判明するはずです。事前に殺害予定を教えてもらってその時刻にアリバイを作るもよし、死亡推定時刻からこっち現場から動いていないことになると言って、警察の矛盾をつくもよし、自分で殺すよりよほど安全と、ローグさんは考えてもおかしくありませんよ」

「なるほどなあ」

「まとめるとこうですね」


 死体に目がない殺人は、死体に目がないローグが仕組んでいた──と。

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