誰もが目を奪われてく④
少し待って、やがて足音がきこえてきた。
私とマリナは、塀に身を隠し、それが門にまで来るのをじっと待機する。
「いい? 門が開いたら、『死にたくなかったら、ゆっくりこっちを向け』って脅すのよ」
「わかってる。それよりも下がっておいた方がいい。わたしが門より三メートル離れ、グランがさらに三メートル後ろでしょ。危ないって」
やがて、足音がすぐそこまでやってきて、門扉がゆっくりと開いた。
マリナの星の鎖がじゃら、と音を鳴らす。
扉の影から男が現れた。
それを認めるや否や、マリナは臨戦体制になり、
「声を出すな。死にたくなかったら、ゆっくりこっちを向け」
と脅迫した。
男はそれを見てマリナに向き直り、たっぷ十数秒睨みつけたあと、「……なんの真似だ」とでも言いたげな様子で目を細めた。
「いまからお前には質問を受けてもらう。インタビュイーだ。インタビュアーはわたしの後ろにいる。お前は許可された質問にのみ回答しろ。例外は許さない」
「…………」男は無言のうちに首を縦に振った。
「わかっていると思うが、怪しい動きをすれば殺す。この武器には三メートルのリーチがあるんだ。変な気は起こすなよ」
わかったら質問開始だ、とマリナは冷酷な声色で結んだ。
正直、マリナのあまりの手際の良さにこの時点で結構怖かったことを告白する。
論理的には確かに成功すると思っていた……いたのは確かだが、少しでも隙を見せればあっという間に瓦解するはずと、警戒していたことは言うまでもないだろう。
だけど、彼女はやってのけた。
冒険者として活動している彼女の実力を、わかっていたつもりで見誤っていた。
おっかなびっくり、「では、名前から」と私。
「ルーイ・ブランシェット」
「ブランシェット家の次男でしたよね」
声だけがああ、と言ったのを知覚する。
私からはマリナの背中が見えるばかりで、向こうにいる男──ルーイ──の顔など伺えない。
マリナは私より上背があって、三メートルの遠近法を差し引いても大きいので、そのさらに向こうにある男の姿はよく見えていないのが実情ではあった(とはいえ、最初はマリナの立ち位置が逸れていたので、ルーイの様子を認められたが)。
そこではたと気づく。
マリナは私を暗殺者から隠しているのだ。
事情聴取をするからには声バレは免れないだろうが、姿が見られては、容易に復讐の機会を与えてしまう……、だから背中に私を隠したのだ。
友人の気遣いに感じ入りつつも、私は更なる問いをルーイに重ねた。
「連続殺人のことは?」
「知っている」
「ではブランシェット家に疑いの目が向けられていることは?」
「国だろう? 知っているというか、薄々こっちでも勘づいてはいるよ」
家族しか行き先を知らない二人が同じ殺され方をすればな。
ルーイは自嘲的な風にそう言った。
「わかっているのなら話は早い。これは事情聴取です。ですが身の安全のためにこんな策を講じさせて頂きました。反抗さえしなかったら危害は加えません。犯行は知りませんが、ともあれ素直にしててもらえると助かります」
「…………」
「? わかりましたか」
「ああ」
「なんですぐ応えないんですか」
「質問以外、回答を許可されていないのでな」
──声を出すな。死にたくなかったら、ゆっくりこっちを向け
──お前は許可された質問にのみ回答しろ。例外は許さない
そうだ。
これはマリアの言ったことだった。
そういえば、私はマリナと打ち合わせの時に、『死にたくなかったら、ゆっくりこっちを向け』と言うことを共有していたが、実際マリナが言った文言には、『声を出すな』が頭に増えていた。
足されてみればこちらが正解だ。
いくらここが人のいない森の中といえど、いついかなるとき、人が来ないともしれない。
この現場だけ見れば──あるいは聞けばだが──、ただ罪のない人に武器を向けている無頼漢二人、こっちが悪人と見なされても仕方ない。
初手で叫び声を上げさせないことは、手として合理的であるとさえ言えた。
「多少の幅は許す」と、マリナ。
「では、会話程度なら」
「それでいいでしょう」私は首肯した。
さしあたり何を聞くべきか、私は逡巡を巡らせると、
「これまで母親と父親、姉に兄を殺されていますよね、弟も。五回殺人があったわけですが、犯人に心当たりはありませんか」
「皆目」
「何にも? 本当に? よく思い出してください。たとえばバン・ブランシエット。あなたの弟が亡くなった日、家にいなかった人間が誰か、とか」
「覚えてないな」
「逆に、バン・ブランシェットが死んだ日にずっと家の中にいたのは?」
「アリバイか」
「そうです。できれば詳しいことが知りたい。バンさんはいつ家を出たんですか」
「バンは夜の九時に家を出て、街中で奴の死体が見つかった」
「死体の発見者は私です。正確に死体が見つかったのは夜の十時。一応の確認ですが、バンさんが家を出たのは二日前で?」
「ああそうだ」
「死体を見つけたのも二日前です。従ってバンさんは二日前の九時〜十時のあいだに殺されたことになる」
「つまりその時間帯に家にいた者は、犯人から除外されるというわけか」
「その通り」
どうだったか思い出しているらしく、しばらく沈黙が返ってきた。
私はふと周りを見渡すと、すぐ横に葉が生い茂った木の枝が伸びていることに気がついた。
これに顔を隠して、その隙間から向こうを除けば、一方的に相手を捉えることができると直感した。
これなら相手に顔を見られまい、と横にずれ、私は枝葉の隙間から向こうを視認した。
ルーイがマリナの顔を睨んでいた。
私ではなくて、マリナの顔を、である。
ルーイはつまり、反撃の隙を窺っているらしい。
だから私でなく、武器を持ち脅しをかけているマリナを睨むのだ。
マリナの言っていた意味がようやっと実感を伴ってわかった。
ブランシェットを一人で相手にするのは──危険だ。
恐怖を悟られないように、「思い出せませんか」
「……そう言えば」
ルーイは続けた。
「夜の九時から九時半まで、マリナの奴と同じ部屋にいたな。夕食を摂っていた」
一瞬、私はドキッとした。
いま目の前にいる背中を向けた私の友人も、マリナという名が符合するからだ。
しかし、
「初対面のお前らには、マリナの奴と言っても分からんか」
とルーイが言ったので、完全に別人であるのが証された。
「分かりますよ。調べてきたのでね。ブランシェット家の三女で、あなたの妹。そうですね?」
「それで合っている」
「で、マリナさんと一緒に夕食を、夜の九時から九時半まで、ですか。バンさんが家を出たのは夜の九時、死体になって発見されたのが十時。つまり九時半〜十時に殺害が可能だったか、そこがアリバイの争点になる。死体が見つかったのはここから遠いですし、アリバイが成立するかもしれません」
「本当か」
「確かめなければ分からないですが」
死体は家の近くで見つかった。
家からはブランシェット邸はそれなりに遠い。
九時半にブランシェット邸にいたのなら、三十分以内にそこまでたどり着くことが、アリバイのあるなしを定める争点だ。
「まあ、それは帰りにでも確かめておきますよ」
「では、仮にマリナと俺にアリバイがあるとして(食事を共にしていたから)、犯人候補は、やはり、リラなのか」
現在、ブランシェットで生き残っているのはマリナ、ルーイ、リラの三人だ。
よって、マリアとルーイとが除外されたとき、残る一人が犯人候補になる。
「そうなりますね、リラさんのアリバイを証明するものはありますか」
これでアリバイがあったらブランシェット家以外の者による犯行も視野になる。
「……正直いって、思い出せないな。今の時点では、ないとしか言えない」
つまり、ブランシェット邸から事件現場まで、三十分以上かかれば二人のアリバイは証明され、犯人はリラ・ブランシェットだということになる。
これは有益な情報を得た。
さあ確かめにいざ行かんとして、マリナの背中に帰宅を促すも、
「先に帰って。コイツの姿が見えなくなるまでは、安全が保障できたとは言い難い」
と、マリナは言った。
なるほど二人同時に帰宅すれば、脅迫を可能にしているマリナの武力も失うということで、『ハメ殺し』の陣形が崩れた状態で、背中をルーイに見せることになる。
それはこの上なく危険な選択だ。
しかし、
「そっちは!? そっちはどうするの!?」
「油断しなければ大丈夫。武器で優位を取っているのはだあれ?」
そういう彼女の顔は見えないが、不敵に微笑むのが見えたようだった。
不思議に私は安心してしまい、ルーイから見えなくなるまでその場をあとにした。
※
帰宅がてら、私はマリナとルーイのアリバイを確かめるために、ブランシェット邸から事件現場までを全力ダッシュした。
途中へばったりする場面も見られたが、結果は二十五分と好タイム。
……ギリギリ、二人のアリバイは証明されなかった。
が、だからと言って犯人ということでもない。
というか全力でダッシュするという前提でしか崩せないアリバイは、かなり体力を削った状態で人一人、それも暗殺のプロを殺すという仮定になるために、結構な割合で白の色が濃い。
不可能ではないが、犯人とは言い難い……そんなところだった。
それはそれとして、ルーイの容疑は翌日晴らされた。
死体になって見つかるという形で。




