誰もが目を奪われてく②
エルメ様から話を聞いたあと、私は夜の散歩に出かけていた。
天を仰ぐ。
満点の星空が広がるのを認められた。
星あかり──。
あのマリナの、特殊な武器も星の形だった。
燦然と輝く星々と対比して、
松明を反射して鈍色の光が煌めくあの、先端が尖り、五つの頂点と、五つの谷底を備えて広がる武器。
あれが脳裏できら、と鈍く光ったあと、
弾けて飛び散って、
ある形に帰結した。
それは、不安の形だった。
マリナは私にとって初めての友人だ。
その友人が、暗殺一家の一人かもしれない。
彼女は、ヒトゴロシかもしれない……。
マリナ・ブランシェット。
ブランシェット家の三女で、その家の末娘。
マリナと言う名前。
共通点は、ヒトゴロシとも読める、たった五文字分の口パク。
それと言っていた。
私の家は隠密に長けている、と暗殺一家でなければまず納得が行かないあのセリフ。
彼女は人殺しではないのか。
エルメ様は言った。
この依頼は私にと言うよりは寧ろ、君に向けて寄せられたものなんだ──と。
ブランシェット家は国が擁する暗殺集団で。
だからそのブランシェット家を害する存在は、イコール国賊(国の敵)ということになるのだが、暗殺集団をのさばらせているくせに、まさか殺人犯をだけ裁けるわけがない。
そこを的確に糾弾されたなら、国家も立つ瀬がないというものだ。
だから警察は事件解決に乗り出せない。
よって非公式な場所から解決を試みた。
私の活躍が、既に噂になっているらしく、だから国から私に向けられて、辺境伯を通して依頼が寄越された。
名目上はブランシェット家が依頼しているが、実際は国からの依頼ということだ(あくまでも警察が動かなくて、ブランシェット家が困ったから、と理由をつけているが、国の立場上、どうしても動かせないというのが本当だ)。
辺境伯を通してはいるものの、大々的な命令ではなくて、あくまでも非公式な『依頼』なのである……国家公式で動いてしまったら、面子が立たないからということか。
私が調べればすぐにことは割れる。
それは事件の解決ではなくて、マリナが暗殺者か、そうでないかの二者択一が、だけど。
国からの依頼は命令と同義だろう。
つまり断ればどうなるかわからない……いくら真実を知りたくなくたって、私には『この事件を調べない』という択がないのだった。
友人が人殺しか、そうでないかを知るのは避けられない。
それはとても、
とても耐えられない程度、
嫌だな──と、拳を握りしめた。
ただ別に、ヒトゴロシであると分かったとしても、それでマリナが捕まるわけでもない。
警察のより上部に国があるわけで、その国がその罪を咎めるわけがない。
だからそれは、『マリナの』というよりは、私の方の問題なのだった。
真実私が嫌っていることは、マリナが人殺しだという事よりも、
マリナが人殺しであることを知って、せっかくできた初めての友人を、友人と思えなくなるかもということだ。
友人がいなのは、慣れているけれど、
友人を失うのは、慣れていないのだ。
私はマリナのことを友人と思えなくなるのは──嫌だった。
「……」
私は黙った。
いや、ずっと喋っていなかっただろと、突っ込んでしまわれたらそれまでなのだけど、それでも私は、言葉を失った。
途轍もないものが見えてしまったのだ。
こっそりと屋敷を出、道の角を無作為に曲がること八回目。
その角の先に、それは見つかった。
それは右目が抉られている死体だった。
目を奪われている──死体だった!
※
「例の──殺人か!」
私は四方を睨みつけるようにして見渡した。
殺人者の影は認められない……すでに何処かへ逃げ去ったということか。
「チッ! 遅かった!」
思わず私は歯噛みした。
捜査などするべくもなく犯人が捕まれば、ブランシェット家について調べなくて済む……問題を棚上げできたはずなのに。
懐中時計を確認する。
時刻は夜の十時を示していた。
「……さすがに、非道いわね」
さしあたっては死体の確認を、と目を落とすと、死体の目玉が抉られた痕跡が、生々しいほどハッキリと残っていた。
おそらくは瞼に指を入れられて、根本から抉るよう引きちぎられたのだ……、無理にやったせいもあるだろう、薄い瞼は小さく裂けていた。
「小さい……よく見ないと見逃すわね。しかもこの瞼、単に裂けているのではなくて、三角に裂けているわ。何か違和感。目玉を抉ったから裂けた、と言う感じではないようね……」
一体何の傷跡なのだろう。
分からないまま視線を目に映す。
目玉は右目だけくり抜かれていた。
あとは、外傷は見当たらない。
片目が抉り取られている以外、これと言って目立った傷はない。
遺体は男性で、だからいいというわけでもないけれど、私は下着やらを含め衣服を剥ぎ取った。
むろん、外傷の確認のためである。
確認したところ、やはり外傷は片目だけだった。
つまり、死因は片目の傷である。
他に傷がないのだから当然そうだろう。
一応、毒殺も考慮に入れてみる。
毒殺ならば、外傷はない……毒殺して、その上で眼球を抉ったとしよう。
そうすると、目玉が死因ではなかったことになる。
全く同時、殺害が目的ではなかったことになる。
殺したのに、そのあとで目を抉っているのだから確実だ。
だから、殺すのが目的というよりは寧ろ、目玉をゆっくり抉り取るために、毒を含ませて殺したことになる。
どうしても目玉を抉りたいけれど、生きていると抵抗が予測されるから、あらかじめ殺しておきたいというような、目玉に執着する事情がないと成立しないような理屈になってくる──執着の理由がわからない限り、当面は採用にあたわない説だ。
毒殺でないのなら、やはり眼球が抉られているのが死因である(そうでなくても眼球に対する攻撃があって、それで落命したのは確実だ)。
外傷がそこにしかないということは、とりあえずはそこが死因なのだから。
でも、どうして犯人は眼球を抉ったのだ?
結局はそこを答えられないと、真相に肉薄するのは無理そうだ。
※
死体があることを警察に伝え(調査に乗り出すことはないのだろうけど、流石に放置することはないはずだ)、明くる日私は手紙を受け取った。
手紙は国からだ。
ブランシェット家からとあるのは体裁で、無機質な事件解決の一助とするための、とある重要な情報提供だ。
内容は以下のとおり……『五件あった殺人のうち二回、被害者が殺害されてしまったのは、我々が暗殺の命令を出した日付けだった。ブランシェット家の者には、暗殺を任ぜられた場合家の者を除き誰にも行く先を漏らすなと言ってある。それにも拘らず、アリア・ブランシェット、バン・ブランシェットは何者かによって、可惜目玉をくり抜かれて死んでいた。一人だけならたまたまかもしれない。しかし、今回の被害者もそうだというのなら、唯一行く先を知っているはずの、ブランシェット家の人間が犯人である可能性が極めて高い。ブランシェット家の人間は利用価値がある。残っている者だけでも保護しておくために、いち早く犯人を検挙して欲しい。また、ブランシェット家の者が犯人である場合、我々がその者を『処分』することに相決まったので、それまで身柄は辺境伯殿に拘束してもらう旨、そちらから伝えて頂ければ幸いだ』
「……つまり、マリナが犯人の可能性もある」
繰り返し言うように、マリナはブランシェット家の人間かもしれない。
ブランシェット家の人間が犯人ということは、マリナも犯人候補であるということで、特別扱いはできない。
つまり私は直接・間接問わずマリナを『処分』するかもしれない立場にあるわけだ……、友人とは敵対関係にあるとさえ言える、けっこう進退窮まった状況だ。
『処分』という言葉がどういう意味であるかは分からない。
ただし手紙の文脈から察するに命の保障はないと見て良さそうだ。
私がマリナを犯人に指摘すれば、すなわちマリナを殺すことになる。
殺すでは済まないことだってあるだろう……酷い拷問の末殺される線もある。
はたと、私は空を仰ぎ見た。
星空が広がっていると思いきや、星空は厚い雲の上にあった。
鉛色の空が重く垂れ込む。




