誰もが目を奪われてく
最近、連続で目を奪われる事件が多発している。
いや、比喩ではない、比喩ではなくマジで、目を抉られた変死体が続出している。
目を盗まれている──目を奪われている。
誰の目が奪われるかわからない犯罪で、誰もが目を奪われていく犯罪だ。
劇場型犯罪だ。
そんな犯罪に──またもや巻き込まれることになろうとは、この時点では知る由もなかったが。
だから私は、というわけでもないが、最近知り合ったマリナを伴って、二人で外へ出かけているところだった。
そんな陰惨な事件に関わると、この時点では知らなかったゆえの呑気な振る舞いは、ともすると責められて然るべきなのかもしれないが、しかし知らないのでは出来ることもない。
どうかご寛恕をいただければ幸いだ。
赤く血で染まり、咽せ返るような死屍累々のすえた悪臭を、千に万にと束ねたかのような、惨劇なんて及びもつかない比類なき最悪が──
気付こうとしない私の怠慢で、引き起こされたものだったとしても。
※
ここはサルサラ時計塔広場、天を衝くかの如くそびえ立つ、見るもの唸らす威容を湛える──訳ではないにしろ、ご当地の有名スポット──というには甚だ知名度もないが、とにかく時計塔のある広場だった。
見渡す限り障害物はない。
有機物をそれに含めたとしても、いるのはカップル一組だけだった。
カップルのことを有機物呼ばわりした事は謝らない。
ドパァーン──……、と。
遠くの方で花火の音が鳴る。
今日は作物の豊作を祝うお祭りで、景気の良いことに花火さえ上がる、それは盛り上がるイベントなのだった──この広場には四人しかいないので(わたしとマリナと、カップルの四人)、盛り上がるもクソも、人がいなのだが。
まあ、私とマリナは祭りの休憩に立ち寄っているわけで、だから盛り上がられても困るわけだけど。
時計塔を見ると、六時半だった。
マリナの横顔に橙が被さって、いかにも感傷的な具合になっている。
「……………………」
湖の密室の一件以来、私とマリナは友人になった。
額にある三本線──神殺しの罪科──のせいもあり、いままで友人などできた試しはない……なかったので、こんなことは初めての出来事だ。
私の初めての──友人。
実感こそないが、言祝ぐべきことだ。
私は素直に喜ぶことにした。
というか、めちゃくちゃうれしかった。
夫、エルメは良くしてくれている。
くれているけれど、特段仲がいいというわけでもない。
正直言って困惑している……他人との共同生活に、私は未だ慣れていない。
そんな中できた友人というものは、より一層強固な拠り所になった。
「ねえ、グラン」
私を呼ぶ声に、首を巡らせる。
グラン、と。
マリナは私を『神髄』ではなくて、久しく呼ばれていない名前の方で呼ぶ。
選んで呼んでいるわけではない。
単に知らなくて、『神髄』の忌み名を使わないだけだ。
彼女はつまり、私の『神殺し』を知らない。
咎人であることを、罪人であることを──知らないのだ。
「なに?」私は言った。
「そろそろ暗くなってきたしさー、帰る?」
私は遠くの方を見て、「んー、どうしようね」
「恋バナでもしようか」
「既婚者に言うか?」
夫以外を言い出したらどーすんだ。
「そこはまあ、友人が道ならぬ道に身を落とさないように、夫以外だったらそいつと先んじて付き合っておくけれど」
「別に私がさらにそいつを寝取るかも知れないでしょ」
「じゃあわたしはグラン寝取るかんね」
私はいかにも呆れたと言うように、
「何角関係よ……」
「角なんて見えないよ」
「丸になるくらい!? 角が多いほど丸に近いけど、丸になるくらい角が多いのね!? 何股なのよそれは」
「何股とかじゃない。海を股にかける」
「国境を越えて!?」
丸く収まらないことは確かだった。
「不倫云々は冗談として、マリナは好きな人いるの?」
「グ・ラ・ン♡」
「愛してるぜハニー。……じゃなくって」
……まあいいや。
それ自体は大して気にならないタチだ。
極めて適当に、「じゃあ、アレよ、一発芸してよ」と、私。
「すご、百年の恋も冷める」
「冷め切って冷凍保存にまで持ち込むわ。百年後ふたたび解凍してあげる」
「逆手にとって百年の恋にしないでよ」
法の抜け穴みたいな愛だなあ、とマリナは苦笑して、
「まあでも、そうだなあ、ウケそうなのはあるか」
私は期待込めて、「あるの?」
「読唇術……、って知ってる?」
うっすらとだけは、と私は返答した。
「わたし自身そうというわけではないけれど、音の聞こえない障害者が、相手の唇の動かし方を見て、相手の言葉を理解する技術、あるいは技能なんだけれど」
「え、めっっっちゃすごいじゃない。なによそれ、要は声が聞こえなくても言ってることがわかるってことじゃない」
「遠くにいる人の会話内容も、唇の動きから読み取れたりするよ」
「じ、じゃあじゃあ! あそこにいカップルはなんて言ってるの?」
ここからでは会話の聞き取れない、私たちの他に唯一来ている二人を指差して、好奇心の赴くままに私はそう聞いた。
「……えぇーっ、とね」
「流石にわかんない?」
「『私たち別れましょう』、『そうだな』って」
「………………………………」
聞かなきゃ良かったな。
「へえ、でもすごいね。なんでできちゃうの?」
「何で……って、そうだな」マリナは長考し、「わたしの家は──なんというか、隠密に長けてるの」と、言った。「変わってるんだよね」
「へえ、だから読唇術?」と、私。
「そう──遠くに居ても、何を言っているか、一方的に理解できる。これが便利でね。だからウチの家は、みんな読唇術を習得しているの」
なんかすごいな……その技能が求められる状況は、それこそ隠密したいときしかないんだろうけれど。
「何をやってる家か、聞いてもいいの、それ?」
マリナの口元が五回変化して、「 」
「隠密すぎて声出てないじゃんか」
まあ追求はやめてくれっていうことだろうか。
「まあ、わかったわ。今日は帰りましょ」
「そうだね。じゃ!」
マリナは手を振って、首をこちらに向けつつ立ち去った。
私もそれに応えて右手を振り返し、ややあって姿が見えなくなってから、はたと時計塔の針を見上げた。
時刻は七時手前を指している──
※
「おかえり、『神髄』。外出は楽しめたか?」
書類と睨めっこしているエルメ様は私に背中を向けたままそう言った。
「ええ、とっても。……ところで何をやっているのです? 例によって持ち込まれた相談にでも取り組んでいるのですか」
「当たり。最近話題になっているだろう? 連続で目を奪われる殺人が。警察が例によって動いてくれないので、とこっちに解決の依頼が投げられた」
「依頼者は誰ですか」
「連続殺人の遺族かつ連続殺人のターゲットになる人だ」
「どういうことですか」
「どうやらこの殺人、対象が特定の家に限られているようで、今まで殺された被害者はみんな、ブランシェット家の出だったんだ。だから」
「ブランシェット家の者が警戒し、エルメ様に事件の解決を依頼した……と」
「正に」
相変わらず無理難題を投げかけられている。
畑違いにもいいとこだろうのに。
「ブランシェット家は暗殺一家でね……恨みを買うことも多分にあるだろう。殺人の動機には困らないけれど、逆にそれが特定を遠ざけているのが現状だな」
暗殺を生業にしている一家が、連続殺人のターゲットなのか。
なんだか皮肉だな、と私は薄く笑い、不謹慎を自重して次にこう言った。
「被害者は何人出ているんですか?」
「四人だな。一人目はダール・ブランシェット。ブランシェット家の家長で、父親だ。二人目はアリア・ブランシェット。ダール・ブランシェットの妻で、六児の母」
「あと二人は」
「スミス・ブランシェット。ブランシェット家の長兄にあたり、兄弟の中では一番の年上だ。四人目はナーガ。ナーガ・ブランシェット。ブランシェット家の長女であり、スミス・ブランシェットの妹」
「ブランシェット家は核家族?」
「そのようだぞ」
「アリアは六児の母だった……ということは、二人子供が死んでいるわけで、残すところあと四人ってわけですか」
「殺人の魔の手が祖父母に行かないとは断言できないが、いまのところ筆頭殺人候補は彼らだな」
「名前はわかりますか」
エルメ様は手元の書類を概観した。
「ええ……っと、そうだな。あった。ここにあった」
「名前は」
「長兄と長女が死んで、残すところ四人は男女で2:2だ。年齢順で言うと、次男、次女、三男、三女だな。次男の名前は、ルーイ・ブランシェット。次女はリラ・ブランシェット。三男はバン・ブランシェット。三女は名前は──」
エルメ様はそれまでと変わらない口調で、
「マリナ。マリナ・ブランシェット。以上が筆頭殺人候補だな」
と、言った。
……マリナ・ブランシェット?
マリナと、同じ名前、マリナと……。
同一人物か?
「いや、偶然だ。まさかそんなはず」
「? どうしたんだ」
「ああ──いえ、友人に同じ名前のがいたんで、ビックリしただけで」
「ああ、そりゃあ偶然だろう。たまたま友人が、たまたま暗殺一家でヒトゴロシで食べていて、たまたま今話題の連続殺人の標的なんてこと……」
「ヒトゴロシ?」
私はその部分だけ復唱した。
私が「何をやってる家か、聞いてもいいの、それ?」と彼女に訊ねたら、口パクで「 」と返されてしまったが、少なくともアレは五文字分だった。
彼女は口パクで、
『ヒトゴロシ』
と、そう言ったのではないのか。
マリナは、私の初めてできた友人は、
マリナ・ブランシェット──なのではなかろうか。




