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神髄



 どこに出しても恥ずかしくない、当代きっての我らが恥晒し。

 そう言われながら育てられてきた、自他共に認めない誉れ高き者。

 その名も、グラン・ランブルク

 産まれたその日から、「お前を愛することはない」のフレーズを子守唄として聞かされきた女。

 枕が変わっては眠れないように、もはや言われない方が不安になってくる。

 とにかくそういう実家なのだった。


 どうしてそんな扱いを? という声が聞こえてくる。

 簡単だ。

 私が忌まわしい者だったからだ。


 私は産まれたときから額に傷があった。

 その傷の形が、三本線なのだ。  

 獣に爪で引き裂かれたかの如く、三本の傷痕が縦断してしまっている。

 ランブルク家では、否、この世界観は、その傷を生得持つ者をなべて忌まわしい者と扱った。

 どういう理屈? って感じなのだけど、曰く三つ走るこの顔の傷痕は、神代の時代、神算鬼謀しんさんきぼう奸計かんけいを巡らせて、『神殺し』を果たした罪人が、罰として受けた処刑と符合する……らしい。


 三つの爪を持つ獣の『餌』にする。


 それがその『神殺し』の罰であるという。

 不名誉ある『神殺し』の傷痕を、前世から受け継いだ者が、この私。

 二度目の名乗りだが、グラン・ランブルク──かつて知略で神を殺した者。

 そう、座りの悪いことに、ならぬ座りのいいことに、触れ込み通り『神殺し』な頭脳を、私は望む望まざるに拘かかわらず持っている。

 持ってしまっている。

 ある時は論理で、ある時は駆け引きで、ある時は私一流のレトリックで。

 この生きづらい世の中を生き抜いてしまってきた。

 ありとあらゆる迫害をいなしてきた。

 だから世の人は、なけなしの侮蔑とありったけの畏怖を込め、私のことを『神殺しの脳髄』と……。

 

 ──略して『神髄しんずい』と、呼んでいるのだ。






 

 そんな私にも、縁談ができた。

 辺境伯のエルメ・ヘルメロス。

 実家よりも遥かに高貴な家の出だ。


 国境地帯にあたる領地を与えられ、その防衛を任せられた者を、辺境伯──マルクグラーフと言い、彼はその爵位を国から受けている。

 それは剽悍ひょうかんな戦い振りであると聞く彼は、噂には恐ろしい人であるらしい。


 具体的なことは正直わからない。

 だが、過去に何人か娶った妻たちを、何故か全員放逐したという。

 元妻たちの口は一様にこう語る。


 あの白濁した、鋭い瞳がどうにも恐ろしい──と。


 来たる結婚生活を早くも憂いつつ、お母様やお父様に家を出る最後のご挨拶をばと思ったら、両親は、私を見るなりハッキリと顔をしかめ、


「二度と顔を見せるな、『神殺し』の罪人が」


 と、一蹴した。

 同様に私を見て顔をしかめた妹が「穢らわしい」と小さくこぼしていた。

 扉を閉め、その場から立ち去ろうとしたとき、


「ああ、やっと解放されるのね」


 と、声が聞こえてきた。

 同意見だった。

 いやはや、奇遇千万である。


 最低限の荷物を手に持って、馬車すらも出してもらえず家を出た。


 まあ、すでに察されている方もいるだろう……、この結婚は体のいい『厄介払い』だ。

 いくら黒い噂があるたァいえ、身分だけ見れば貴いお方である。

 忌み子と交換して得られるものとして、殆ど最上の結果が手に入る。

 私がどうなろうがまるで構わない。

 負が正に置換されるだけのことなのだ。


 しているうちに目的地に到着した。


 私は家の門を叩き、家の人が──メイドさんが──迎えてくれた。

 もっとも、額の三本線を認めると、す、と目を細め、汚いものでも見るみたいな顔をした。

 端的に言えば、顔をしかめたのだ。

 私はそれを見咎めはしたが、最終的には完全にスルーした。

 慣れている。

 案内してくれならそれでもういいのである。


 そして邂逅する。

 白濁した鋭い瞳の、総白髪の見目麗しい精悍な青年に。

 

「──お前が『神髄』か」


 いかにも好男子、といった風貌の、透き通る白さをたたえた肌、そして端正な顔立ちに、私は恥ずかしながらしばらく失語した。

 そしてその青年はごく真顔の表情で、取り立てておかしなことは言っていないという風に、表情筋の一才が死滅したが如き、まったくの無表情でつぎにこう言った。


「お前を愛することはない」


 それは本当に素っ気なく発された一言で、実家でよく聞いた文言と同一だ。


 私はそのセリフを受け、口角をほとんど上げないまま微笑して、


「嘘──でございますね」


 と言った。


 好青年は胡乱な顔をした。「嘘だと?」


 私はさらにふ、と微笑して、ええ嘘ですと畳みかけた。


「私を見る者は、皆一様に浮かべる表情というのがございます」

「ほう、それはどんな表情だ?」

「嫌悪の念を隠そうともしない、ハッキリとした拒絶の表情、でございます」

「要領を得ないな。具体的には?」

「はい。私の顔を見た者は──」


 私は効果的に間を演出して、


「必ず顔をしかめるのでございます」


 と言った。


「……」

「ところが貴方様は、そうではなかった。表情筋が死滅したが如き全くの無表情で、私に「お前を愛することはない」と仰られた。そう、真顔で……()()()()()()()()()()()


 これは本当にイレギュラーなことなのだ。

 私の額の三本の傷を見て、顔を顰めなかった者などいないのだ。

 最後の挨拶に、両親の元へ行ったときもそうだった。

 二人は私を見た途端に顔を顰めた。

 これは妹もである。

 慣れた者でさえ、普通に嫌悪感を露わにしてくるのだ。

 もちろん案内してくれたメイドさんもそうだった。

 あからさまに。

 額の傷を認めた瞬間に、ハッキリと顔を顰めてみせたのだ。


 ところが──彼は真顔だった。


 こんなことは本来上あり得ないことである。

 それこそ──


「それこそ、額の傷が見えていない限り、起こり得ないことなのでございます」

「……」

「目が、見えないのでございますね?」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を彼は細めると、帰納法か、と独り言を言うみたいに呟いた。

 

 数多の具体的な事実や事例から、共通点や傾向を見い出して、そこから一般論や法則を導き出す推論法……。

 私はその思考法を利用して、彼の言葉の嘘を看破したわけだ。


 今まで会ってきた者はすべて私の額の傷を認めると顔を顰めた。

 ならば私の顔の傷を見た者は全員顔を顰めるのに違いない。

 ここまでが帰納法。

 で──そこから発展して、だから逆説で、見えたなら顰めるはずの顔を顰めなかったなら、()()()()()()()()()()と言うことになるのである。

 エルメ様は重畳ちょうじょうそうに微笑んだ。

 

「なるほど、見事だな『神髄』」

「いえ、それほどでも。ところで、貴方は誰ですか」

「? 辺境伯、エルメ・ヘルメロスだが……」

「いいえ、貴方はエルメ様などではございません。辺境伯でもない……。身代わりなのでしょう? ()()()()()()()()()()()()

「何を」

 私は言下に遮った。「貴方は、エルメ・ヘルメロスの、身代わりです」

「だから、何を根拠に、身代わりと──」

「辺境伯とは、国境地帯にあたる領地を与えられ、その防衛を任せられる者……剽悍な戦い振りとまで評されているのです。そんな人間が、目が見えないなんて道理はない。()()()()()()()()()()()()()()()


 目の見えない偽物は緘黙かんもくした。

 だが、しばらくして口ごもりながらも反駁はんばくした。


「仮に、仮にそれが真実だとしても、身代わりを寄越すのは何故なんだ」

「貴方は──いえここでいう貴方は本物の方ですが──頭の良い女性と婚約したい、とこう考えた。だから生涯の伴侶を見定めるために、とある試金石テストを課することにした」

「ほお」

「伴侶を見定める試金石テストの内容は、貴方が目が見えないことを見抜くか、貴方が身代わりであることを見抜くこと。……そのいずれかか、あるいはその両方」


 おそらく過去に娶られた妻たちは、一定の猶予期間を与えられ、そのうちに試金石テストを突破できなかったのだ。

 だから放逐された理由を言うならば、不合格だったから、というのがその答えであるらしい。


「お前を愛することはない──というのは、どうせお前はこの試金石テストを突破できないから、本物に愛されることはない、ということですね」

「……」

「ですが、それは嘘──いえ、()()()()()()()。私が試金石テストを突破しましたから」

「見事」


 とそう言ったのは身代わりではない。

 ──本物だ。


 彼は拍手を伴って現れた。

 姿は偽物となるほど似通っており、身代わりの精度の高さが伺える。

 ただし瞳には光が宿っていた。

 果たして本物は視力があるらしい。


「猶予期間もなしに、全てを看破するとはまさしく瞠目だ」

「……何をしてるんですか」


 彼は──本物は頬を摘んでいた。


「いや、その、顔を顰めるのは失礼かと思ってね」


 変顔かと思った。

 ぐにいぃ、と頬を摘んでいるために、ほとんど表情は読み取れない……、しかして彼は低頭して詫びた。

 

「貴女を試した非礼を謝そう。悪かった、歓迎するぞ、『神髄』」

「……良いのですか? 私は忌み子ですよ』


 私は、額の傷を指でさすった。


「顔を顰めた方がよかったかな?」


 思わず吹き出して、いえ、と提案を辞した。


 そしてどこかで。

 何かが割れたかのような音がした。




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