黄金虫
「金澤…」
高橋はサングラスの男を見つめた。歳は高橋と同じくらいか、背は高橋より少し低い。こちらも浅黒く筋肉質な身体つきをしている。サングラスをしていて瞳の奥までは読み取れない。
「仕事とはいえ物騒なことしてるな」
「まあなー。でも、俺は運ぶだけだ。物騒なのはあいつだろ?」
金澤と呼ばれた男は家の中を親指を上げて指した。その時、部屋いっぱいのお米の海を掻き分け中から伊藤が出てきた。伊藤は無表情で手に持った物を大事そうに目の高さまで上げた。稲だ。伊藤は金澤に目で合図をすると金澤は銀色の四角いケース持ってきて伊藤の前に置いた。パチンパチンとロックを開け、蓋を開ける。中には泥と水が張られている。伊藤は田植えの時のように手にした稲をその中に植えた。慎重に蓋を閉め、また、パチンパチンとロックをかける。カバンを肩からかけて金澤に目配せしてその場を立ち去った。
金澤は手を降って相槌を返す。
「物騒なのはあいつだよ」金澤は誰にともなく呟いた。
金澤の側には何か藁で編まれたような不思議な袋があった。どういう仕掛けか、部屋いっぱいのお米がどんどんその中に吸い込まれていく。一杯になると金澤が口を縛り、まさに米俵が出来上がった。金澤の側には既に三俵の米俵がある。それでもまだ米の勢いは止まらない。
「さすが穂作だよ。こんだけの量の米になるとはね。稲穂族も悪い奴らだよ。何も知らない一族はこうして終わるんだ」
高橋は黙っている。
「本当のことだろ。それに、あいつらには黙ってたっていつかバレる。こまちの隣にいる奴、ちょっとやばそうだ」
「気づいたか。やはりな。あれは恐らく精霊だ」
「だよなー。あんまり関わりたくないね」
金澤は下を向いてため息をついた。
二人のやり取りを見ていた佐々木とこまちだが、何を話しているかはわからなかった。佐々木は先程から胸の辺りがざわざわして落ち着かない。なんだか得体のしれない何かが身体の中を駆け巡っているようで少し気分が悪くなった。
すると、高橋が戻ってきた。
「二人とも、行こう」
「高橋さん、僕たちはあなたを信用して大丈夫ですか?」
佐々木はじっと高橋の目を見つめた。高橋は、何か得体のしれない何かに心を見透かされるような気持ちになり目をそらしそうになった。
「君たちを保護する」
「何から?」
「あいつらから」
「あいつらって、いったいぜんたい何者なのですか?」
「今は詳しく話している時間がない。だから今はとにかく信用してもらうしかない」
佐々木は高橋の目をじっと見つめる。
「こまち」
佐々木は茫然としているこまちに声をかけた。
「タマ…」
こまちはそうつぶやくとはっとした様子で辺りを見回した。
「タマ!どうしよう、私、気持ちが落ち着かなくてタマのことすっかり忘れていた…!どうしよう、あの中に…」
「こまち!」
佐々木が指を指した。
タマだ。こちらに歩いてきた。
「いやー危ねえ危ねえ。俺が飼い猫だったら本能が鈍ってて判断に遅れるところだったぜ」
タマはそう言ってこまちの腕の中に飛び乗った。
「良かった…!あれ?」
こまちは驚いた様子で佐々木の顔を見た。
「あぁ、こまち、僕もタマの言葉はわかるから安心して」
「俺もわかる。」
高橋が呟いた。
「高橋さんは何者ですか?」
「俺はバッタだ。あそこの金澤は黄金虫。それであの伊藤ってやつは蜻蛉だよ。ただ厄介な事に蜻蛉の中で、というか、昆虫族の中では強い」
「みんな人間じゃねえじゃねえか」
タマは笑った。
つられてこまちも笑った。
「わかりました、高橋さん、よろしくお願いします」
高橋は黙って頷いた。高橋のバイクにはサイドカーが付いていた。二人はヘルメットを被りサイドカーに乗り込んだ。タマはこまちに抱っこされている。
「出発しよう」
高橋がエンジンをかけた。
「高橋!」
黄金虫の金澤が呼んだ。
「スズメバチが動いたぞ!裏道は使うな!なるべく目立つ道路通れ!」
「助かる!ありがとう!」
高橋は金澤に手を振った。
「死ぬな!」
三人と一匹は旅立った。