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佐々木の冒険  作者: 芋猫
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闘争

―こまちが産まれた頃、穂作と稲には少し不安があった。


人間の世界で産まれると、その子どもには受難の定めがある。


それは稲穂族に限らずありとあらゆる神々、精霊に共通した言い伝えなので仕方がないと受け入れていた。それでも、こまちのすくすく育つ姿、嬉しそうに会いに来てくれる親友の顔を見ていると、なんだかそんなものすら怖くないように思えてきた。実際こまちが笑うと場が和み、温かくなった。まるで、目に見えない何かに祝福を受けているように感じた。


物事が変わり始めたのは二人が伊藤とケンカ別れした頃からだ。


二人には元気がなくなり、こまちもあまり笑わなくなった。二人とも、自分の大切な心の一部を失ったような気持ちになった。

するとあの言い伝えがまた不安としてじわじわと迫ってくるように感じられた。


こまちは成長する内にますます美しくなり、賢い子に育った。ただ、友だちが出来なかった。よく猫と話すようになった。


穂作も稲も心配した。この子にはずっと心を許せる友人などできないのではないかと。ある秋の頃、穂作はあることに気づいた。


蜻蛉がやたらと飛ぶようになった。


もちろん、それは自然なことである。ただ、量が多すぎる。今まで生活していてこんなことはなかった。稲もそれは感じていたらしく、二人は不安そうに視線を交わした。

その時二人は久しぶりにこまちが笑顔になっているのを目にした。二人は驚いて、しばらく動けなかった。蜻蛉が何匹かこまちの頭や肩に乗って羽根を休めていた。こまちはとても嬉しそうに庭に座って蜻蛉たちをそのままにしてあげた。しばらくすると、こまちの頭や肩にとまって羽根を休めていた蜻蛉たちが何かに驚くようにいっせいに飛び立った。こまちは一瞬ビクッとした。


その時大きなオニヤンマが一匹静かにこまちの右の肩に止まった。はじめはその大きさと羽根の音にびっくりしていたこまちだが、なぜかすぐに落ち着き穏やかな笑顔を見せた。まるで、昔からの友人と再会したような、温かい空気が流れた。


穂作と稲は青くなった。


そのオニヤンマには見覚えがあったからだ


そう、二人の親友で、十年程前に二人と別れた今は伊藤と名乗るあのオニヤンマだと。


そのオニヤンマもすぐにその場を離れ大空に去っていった。まるで何かの印を残していくような様子で不気味だった。妙に落ち着かない気持ちだった。

その年の秋と冬には何も起こらなかった。春が訪れ、新緑の季節になった―


気づくとこまちは十歳になっていた。



そして、穂作と稲はかつての親友に両手足を縛られ身動きが取れない。


「まぁ、だいたいそんなところだよ。こまちちゃん、わかったかい?君がずっとこの世界に対して違和感と生き辛さを抱えていたその理由は、君は人ではないからだ」


「人じゃない…」


もうこまちに何かを考える余裕はなかった。


「こまちさん」


その場にいた全員が振り返った。リビングの入り口に佐々木が立っていた。伊藤の表情がみるみる内に変わった。それは驚きと疑問と少なからず恐れのような物が混じっていた。


「君は…」


伊藤は少し取り乱していた。


「僕は佐々木。お米の精霊です」

「だろうね。いやいや、恐れ入った」


伊藤は両手を胸の高さまであげて、やれやれといった仕草で頭を横に振った。


「私がここに長居する理由がなくなったよ。さっさと終わらせよう。迎えも来たようだしね。それにさっきから少し外が騒がしい。嫌な予感がする」


佐々木は耳を澄ませた。なにやらゴロゴロとエンジンのような音がする。


「私の迎えがやられていなければいいがね」


伊藤はスーツの裾をめくると、足にくくりつけてあった物を外した。全体的に黒く光っている、それは刃物の輝きだ。パチンパチンと伸ばすと鎌のようになった。よく手入れされた鎌だった。不気味な輝きだった。


「佐々木くん、こまちちゃんをよろしく頼んだよ。もう行ったほうがいい。」


すると、スーツを着た女が部屋に入ってきて稲を掴んで連れて行った。


「お母さん!」


恐怖で身動きの取れないこまちは抵抗するように母の名前を叫んだ。

こまちの母親は、不安にさせまいと笑顔でこまちの方を見た。


「こまち、安心して、お母さんは大丈夫。今は時間がないからお父さんとお母さんを信じて。それから、佐々木さん、こまちを頼んだわよ」


力強い眼差しだった。

それはまだ何かを諦めていない目だった。


稲は連れて行かれた。


「自然を頼りなさい!人ではなく。あなたたちは守られているわ!」


最後に稲は、叫んだ。


「やれやれ、少し喋り過ぎだな。相変わらずお人好しだね、稲は」

「それは君も一緒だよ。君はいつも優しさを忘れない」


伊藤は親友を見下ろした。


伊藤は穂作の髪を掴んで、その鎌の刃を首にピタリと当てた。


「あばよ、我が友」


こまちは叫んだが、その叫びは聞こえなかった。目の前が真っ暗だった。


なんてひどい日だ。





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