猫と飛蝗の冒険ー青葉城跡④ー
萠と別れた後、タマと高橋の二人は青葉城跡に向かった。
「アテはあるのか?」
「一応」
「大丈夫なのか?」
「代々受け継がれていく中で、どうしても場所を移されたり紛失したりがないわけじゃないからな。政のとこのは場所が場所だし、戦火や災厄の影響を受けにくい場所だったんだろうな」
二人は史跡をとにかく巡り、それらしい箇所を見て回ったが何も見つからなかった。
「タマ、その、なんというか、”妖気”みたいのは感じたりしないのか」
「ああいうのは念入りに封印してあって、妖気が外に漏れないようにするのが基本なんだ。しかも八岐の大蛇級の化物となると、話が変わってくる。奴の場合、百年に一回封印を施される。でないと、溢れ出る妖気に封印が耐えられないんだ。だから、今俺が妖気を探知したところで分かるわけがない」
その時ふとタマが険しい表情になる。周囲を見渡し目を瞑る。
「どうした?」
「高橋、萠だ。あいつを追いかけるぞ」
「なんだって?」
「なんか嫌な予感がする」
言うが早いか二人は駆け出した。
「予感でしかないから聞いてくれ。俺達が探している物とは別にもう一体がいる」
「そんなまさか…!」
「そのまさかなんだが、さっきから嫌な予感が止まらない。高橋、お前があの千年って奴をぶっ飛ばしてから、何か得体のしれない不安を感じてる。気のせいかと思ったんだが、萠と別れてからよりはっきり感じる。だいたいこういうのは信じるようにしてる。俺みたいな奴のこういう言葉で説明できないことって大体当たるんだ」
「虫の知らせ…」
「とにかく確かめに行く」
3分程全力で走るとタマが言った。
「妖気を感じる。しかもだんだん強くなってる。間違いない、これは八岐の大蛇の妖気だ。高橋、たぶん、ここで大勢が死ぬ」
高橋は言葉を失った。
「止められないのか?」
「俺達が命を賭けて、それでやっと救える命は僅かだ。どう足掻いても零れ落ちる命が多すぎる」
二人は全力で走った。
「近い。あの車だ」
車は穏やかに道を進んでいたが、ふいにハザードランプを灯して路肩に停車した。二人が駆け寄ると運転席のドアが開き、運転手が息絶え絶えに転がり落ちてきた。
「タマ!高橋!」
後部座席から萠が降りてくる。
「運転手が急に気分が悪いと言い出して・・・」
すると歩道を歩いていた人々の何人かが倒れたり嘔吐をしだし、あっという間にその付近が騒然となった。
「妖気に当てられたんだ…。萠、刀持ってるか?」
タマが険しい表情で問い詰める。
「ここに」
萠が差し出した刀を目にしたとき、タマの表情が変わった。
「なんて・・・萠、こいつちょっと借りるぞ!」
タマの様子がただ事ではない事と、周囲の状況からこの刀のせいだと瞬時に理解した萠は一言タマに告げた。
「頼む!」
「高橋、ここを頼む」
「ああ。タマ、気をつけろ!」
次の瞬間タマはもうその場にいなかった。
1000年ぶりの全力だった。タマはとにかく走った。そのスピードは音速を超え、もはや人々には見えない。数秒後には海が見えてきた。鞘だ、鞘を探さないと。タマは必死で千年の姿を探した。高橋に蹴り飛ばされた方角はこっちだった。街の途中にはいなかった。人が一人飛んできたら大騒ぎになっているはず。それまで誰も騒いでいないということは人気のないこっちであっているはずだ。
すると砂浜に倒れている千年を見つけた。タマは駆け寄った。両腕は折れて骨が突き出していた。息はあるようだ。
「おい、しっかりしろ!千年!」
千年は目覚めない。まずい、さっきより刀の妖気が尋常じゃないエネルギーを放っている。このままだと鞘に収めるのも難しいかもしれない。とにかく鞘だ、鞘はどこだ・・・!
「探しているのはこれかい?」
タマはピタッと動きを止めた。声のする方に顔を向けると烏の面を着けたスーツ姿の人物が立っていた。
「お前、千年の仲間か?」
「仲間?はは!まあ、見た目で判断すればそうだろうな。だけど、俺はこいつが嫌いだからな。こいつが手傷を負うところを初めて見たよ。はは!気分が良いな、ゾクゾクするよ…!!」
「お前が誰だろうと知らんが、その鞘を渡せ!」
「嫌だね」
二人の間に緊張が走る。
「分かった。お前は話が通じない」
タマは俯き息を吐いた。
「少しだけ猶予をやる。お前がそいつを本当に渡さないと判断したらお前を殺す」
「やってみろ」
タマは深呼吸をした。瞬間、静寂の世界が訪れた。すべての万物の動きが静止している。空を飛ぶ鳥も、波も、車も、人の動きも何もかもが活動を停止した世界。そこは穏やかで、温かく、存在全てを許された世界。
スーツの男は咄嗟の出来事に戸惑い、同時に心が幸福に満たされる感覚に陥った。
目の前には長髪の男が立っている。こちらを見つめるその瞳は透き通ったような色をしており、全てを包み込む温かさがあった。
「あ…」
男は動けなかった。脳裏に幸せな記憶が蘇る。それはこの世に生命を受けた瞬間から順に辿っていく。幸せだった。もう、ずっとこのまま心地よい感覚に浸っていたかった。
気づくと目の前にいたはずの長髪の男の姿がなかった。
「お前は助かった」
次の瞬間元の世界に引き戻された。波の音が鼓膜にうるさい。
男は周りをキョロキョロと見回した。
「お前を殺さなくて済んだ」
長髪の男が目の前にいてこちらを見ている。持っていた鞘は奪われて手の中には何もなかった。千年の刀はすでに鞘に収まっていた。
「貴様…!」
視界が歪んだ。一瞬目眩かと思った。
「お前は・・・!」
烏の面の男は縦に真っ二つになり、力を失った身体はその場に崩れ落ちた。その先に何かの姿が見えた。
「桃・・・」
その姿にタマは呆然とした。体中から冷や汗が吹き出した。流れ出た汗がタマの顎を伝い、持っていた刀に垂れた。タマは、はっとして手に持った刀を恐る恐る鞘から抜いた。
刃が無かった。
失敗・・・した・・・?
「久しぶり、タマ助」
腕の感覚がなくなったかと思うとすでに肘から先が無く、ぼたぼたと真っ赤な血が砂浜を濡らしていた。




