猫と飛蝗の冒険―青葉城跡―②
気がつくと結界の中だった。しまった、気を失った…!急いで身体を起こし刀に手を伸ばそうとするが近くにない。まずい、このままだと死ぬ…。焦りを感じながらも周囲を窺う。
「目、覚めたか」
声のする方にはあいつがいた。
「貴様…妖怪ごときがなぜそれに触れる?!」
鞘が…
鞘が無残な姿になって目の前にぶら下がっている。
激しく動揺しながらも相手に悟られぬように必死に堪えた。その様子をじっと見ていた相手はゆっくりと立ち上がりこちらに歩いてくる。
ここまでか。
そう覚悟するも、最後の足掻き、闘う気概は失っていなかった。呼吸を整え、相手の攻撃に全身を集中させた。
「ほらよ」
気づくと目の前に自分の刀が差し出されている。意外にも敵は刀をあっさりこちらに差し出した。
「…。」
相手の出方を待った。しかし、暫く警戒しても相手は刀を差し出したまま動かない。こいつは妖怪だ。信用できない。刀を取ろうとした際に腕を切り落とされるなんてよくある。
その様子を見ていた敵は、自分の目の前に刀を置き背を向けて離れていく。
「くっ…」
目の前にあるのに触れない。こんなに無残な姿になった愛しき君を触れない。涙が零れた。
「お前、新入りか?」
不意に聞かれて顔を上げる。相手と目が合った。
澄んだ綺麗な瞳をしていた。
「動揺し過ぎだ。俺に挑んでくるには、未熟もいいとこだ」
自分が恥ずかしかった。
「あの飛ぶ斬撃は見事だったが、精神力がガタガタだ。勿体ねえな、お前。名は?」
「…っ!」
何なんだこいつは?情けのつもりなのか?これだけコケにされて…!
「俺はタマ。そいでこいつは高橋。んで、お前は?」
否定も肯定もしない瞳に見透かされ、もうどうしようもなかった。
「萠…さ、佐藤萠」
「萠、お前に質問だけど、八咫烏の目的はなんだ?」
「答えない」
しばらく沈黙が続いた。
「俺たちはさ、化物の復活を阻止したいんだよ」
「お前みたいな化物が何を言う?!」
あの澄んだ瞳で見つめられ居心地が悪くなる。
「俺たちはただ守りたいんだよ、俺たちの居場所。だから、邪魔するなら今ここでお前を殺さなきゃいけなくなる。お前の仲間も全員。俺はそんなことしたくない。ただし、さっきも言ったが俺には守りたいものがあるから、やるとなったらやらなきゃならん」
澄んだ瞳が陰りを見せる。萠の周りの空気がびりびりと震えだした。
「な、何を言うか!お前たちこそ化物だろうが!私たちにはこの国を守り抜く使命がある!」
萠が毅然とした視線をタマに向ける。
「萠はさ、八岐の大蛇がどんなやつか知ってるのか?」
「そんなこと・・・」
「あいつの一息でこの仙台の街が消える。火の海。男も女も子どもも、じいさん、ぱあさんも真っ黒焦げ。あいつが一歩歩けば地鳴りで周辺の街まで倒壊するだろうな。1000年近く眠っていたあいつが、1000年前と同じ妖力なわけがない。日本がなくなるまでに1時間ってとこだ。一瞬で死ねたやつはマシな方だろうな。中途半端に生き残っちまったやつの方がもしかしたら地獄を見るかもしれない。お前の守りたい奴らも、この国もたった一日で無くなる。お前が望むのはそういう世界なんだな?」
萠は何も答えられなかった。そんなこと考えもしなかった。自分たちの生活は一生保証されると信じて今の組織にいたつもりだった。もはや盲信だったのだろうか?自分の信じてきた道は本当に正しかったのだろうか?
「萠さ、おにぎり食う?」
急に場違いな申し出に一瞬固まる。
「いやさ、お前が飯の途中で仕掛けてくるからさ・・・なあ、高橋」
「だがしかし、今かという話だぞタマ・・・萠も困ってる」
初めて口を開いた高橋という男は精悍な顔つきをしており、首に真っ赤なスカーフを巻いている。いつかみたヒーローのような出で立ちをしている。
「ほらよ、俺の大切な奴らが作ってくれたんだ。うまいから食え。中身の具は何が出るかお楽しみだぜ」
屈託なく笑う。
こちらにお構いなしに二人はにぎり飯を頬張る。やいやい言いながらじゃれてる二人はまるで子どものようで、拍子抜けした。自分は一体何のために今まで仕えてきた?今こいつが言った事が本当ならば、あの方たちは何を考えているんだ?自分が空っぽの傀儡だと思えてきて急に恐くなった。
「うまい…」
にぎり飯を少し齧り萠がぽつりと言葉を漏らした。
「俺が守りたいものだ」
タマがこちらを見てにっと笑う。
とにかく頬張った。安心する味だった。もう久しくこんな味のするご飯を食べていなかった。萠は心が満たされていくのを感じた。
「高橋、いるな」
「ああ、来る」
タマと高橋は真顔で残りのにぎり飯を頬張った。
急に張り詰めた空気になり萠も緊張した。
「高橋、今度はお前が頼む。萠は俺が守る」
「ああ」
次の瞬間、結界の天井部分に何かが顔を見せる。ぷつんと先に現れたのは刀の先だった。その後はゼリーの断面を切るように結界が中央から切られた。
結界が弾けると周囲を大勢のスーツ姿の集団に囲まれていた。
「萠、助けに来たよ」
今しがた結界を切って入ってきた人物が萠に向かって声をかける。とても柔らかい落ち着いた話し方だった。タマは萠を背に隠した。
「やれやれ、萠をたぶらかさないでほしいな。妖怪はすぐにそうやって人間をたぶらかしてしまうんだから」
その男は困ったというふうに首を少し傾げ、そっと溜息に似た吐息を漏らした。
とても強い事がわかった。気が身体の中を滞りなく循環している。タマの結界を切れるのはそうそういない。死ぬ程の鍛錬を重ねてやっとその先で手に入る洗練された強さがその男の中にはあった。
「千年さん、私たちは本当にアレを復活させていいんでしょうか?きっと大勢の人が死んでしまう。私たちはこの国を守るために仕えているんですよね?なのに、アレが復活したらこの国も滅んでしまう」
千年と呼ばれたその男は一瞬驚いたという風な表情を見せた後、少し唇を噛む仕草をした。
「萠、私を信じられないんだね。あの方さえも」
千年という男は悲しそうな表情を見せた。
「ち…違うんです!千年さんやあの方を信じれないというわけではなく、私たちのやろうとしていることが本当に間違っていないのか少し不安になったんです」
千年は何も言わずにこちらを見つめている。
「私は、この世界を守りたくて今こうして仕えています。なのに、やろうとしていることはその反対。もうどうしていいのか分かりません」
千年が口を開く。
「いいんだよ。分かっているさ迷うのも無理はない。君は妖怪にたぶらかされているんだ。すぐに助けてあげるからね」
千年は刀を抜いた。高橋が前に出る。
「君は、誰だい?」
高橋は千年と呼ばれる男の目を真正面から見つめ返す。
「正義の味方」
千年は少し驚いたような表情を見せ、ふっと笑う。
「いいね」
千年は構えた。チリチリと空気が音を立て一点に収束し、凪の瞬間が訪れた。全てが止まった。
「変身」




