佐々木とこまち、そしてタマ
佐々木とこまちの目が合った。
こまちは自分の運命が変わる予感がした。佐々木は何を思っているか、その瞳からは感じられない。そんな二人の一瞬のやり取りをよそに、タマは勢いよくこまちの足下に駆け寄って猫撫で声で甘える。
「ただいま、タマ」
こまちはタマの喉をくすぐってあげる。
タマは気持ち良さそうに目を瞑っている。こまちはゆっくり顔を上げて少年の事を観察した。歳は同じぐらいか、何よりこまちの心を動揺させたのは、両親以外で自分たちのような出で立ちの人に出会うのが初めてということだった。真っ白な髪の毛に透き通るような白い肌とその艶。整った顔立ち。この子も髪の毛伸ばしたら女の子に見えるだろうな、そんな事を考えた。
「あの、その猫とは知り合いなんですか?」
少年が聞いた。
知り合い?変な聞き方。そう思った。
返事をしないこまちに不安を覚えたような表情をしている。
「知り合いと言えば、そうだね、私の友だち」
「友だち…」
少年は少し考えているよう素振りを見せた。
「あの、僕は佐々木と言います。それで、実はそのタマさんに助けてほしいって頼んでいるんですけど、タマさん全然聞いてくれなくて…あの、あなたからも…そう言えばあなたのお名前はなんとお呼びすればよいのでしょうか?」
「あたしはこまち。秋山こまち」
勢いよくまくしたてる佐々木という少年と、年齢に合わないような話し方に戸惑いつつ、こまちは自己紹介をした。
「その、こまちさんからも頼んでくれませんか?どうやらタマさんはこまちさんには気を許しているように見えるんです」
「え…?」
下校の道が騒がしくなってきた。
「ねぇ、ここだと目立つから少し進もう」
こまちは居心地悪そうに答えた。こんなところ見られたらまた教室に居づらくなる。
二人は並んで歩き始めた。タマは満足そうにこまちの腕の中に収まっている。
「タマと話したの?」
なんでもない風を装って佐々木に尋ねた。
「はい。タマさんは僕に人間にしてくれって頼みました。でも、僕はそんな事したことがありません。だから困っていたら置いて行かれて…あの、僕頼れる人がいないから…」
「家族はいないの?」
「今はいません。ついさっきから僕は旅に出たので」
こまちはいよいよわけが分からなくなってきた。家族がいない?ついさっきから旅に出ている?おまけにタマと話をした?タマを人間にする?頭が追いつかず混乱してきた。
それと同時になぜか佐々木には惹きつけられる何かを感じた。長い間真っ暗な中を進んでいたところ、視界の先に生まれて初めて光が射し込むのをみたようだった。
「タマ、本当なの?」
タマは眠っているのか気持ちよさそうに目を瞑っている。
仕方ない。
「ねぇ、佐々木くん、これから家においでよ。タマにも聞きたいことがあるし。お母さんとお父さんにもお話してみるから」
「本当ですか?」
「うん、私も佐々木くんと話したいことがあるの」
こまちはドキドキしていた。
―私の知らないことを知っている―
そんな予感がした。
しばらく歩くとこまちの家に着く。
「ただいま」
部屋はしんとしている。
「…?」
あれ?いつもはお母さんがいる時間だし、今日はお父さんもお休みのはずだ。
「お母さん?お父さん?」
不思議に思って玄関を上がりリビングまで向かう。タマのヒゲがぴくっと動いてゆっくり目を開けた。タマの目が厳しい。
「おい、こまち、ダメだ逃げろ」
タマが声をかけたが先か、こまちがリビングに入るが先か、遅かった。
「おかえり、こまちちゃん」
見たことのない男がリビングのソファーに腰掛けてこちらを見ている。状況が飲み込めずこまちは立ち尽くした。男の近くには身体を縛られ、目隠しと口を塞がれた状態で床に座る人がいた。それが、こまちの両親だと気づくのに時間がかかった。
「待ちかねたよ、こまちちゃん。さあ、お話を始めようか」




