猫と飛蝗の冒険―八幡様―
タマが目を覚ましてから一週間が経った。タマと高橋は旅の支度を済ませ、身体を充分に整える事に専念した。タマの言うところによれば、北は北海道、南は沖縄まで周ることになるらしかった。
「バイクは置いてけよ、高橋」
「どうやって回るつもりだ?」
「走るに決まってるだろ」
「…………決まってるのか…」
二人の会話を聞いていたこまちは笑ってしまった。
「なかよしさん」
タマと高橋は顔を見合わせた。
「二人とも荷物はいらないの?」
こまちは当然の疑問を口にした。
「人間同士の旅とは違うからな。俺たちは走って移動するから、荷物は最小限に抑えたい。食い物も寝床もどうとでもなる。服は適当に調達するよ」
「歯ブラシは?」
「磨いたことないな」
「同じく」
「虫歯になっちゃうよ」
こまちの真剣な眼差しに二人は吹き出した。
「そうだな、そいつはまずい。タマ、ちょっと買ってこよう」
「任せた」
荷物も少ないので旅の支度はすぐに終わった。タマ、高橋、こまち、苗子、祐未のみんなでお昼ご飯を食べた。最後の晩餐みたいな雰囲気で、こまちは少し落ち着かなかった。そんなこまちの表情を読み取ってか、タマが言った。
「ばあさん、帰ってきたらおいなりさんと唐揚げが食いてえ。豆腐とわかめの味噌汁も頼むわ」
「それはいいですね、苗子さん、よろしくお願いします」
高橋がタマに続いて言った。
「こまちも待っててくれよな」
タマがこまちの目を見て言った。こまちは胸の辺りがじんわりと温かくなるのを感じて元気に「うん」と返事を返した。
「握り飯だ。まじないを込めてあるから、後で食べな」
そう言って苗子は風呂敷一杯のおにぎりを二人に渡した。
「あたしも手伝ったんだ」
こまちが少し得意げに言った。
タマはおにぎりを受け取ると微笑んだ。
「行くか」
高橋も黙って頷いた。
目的の場所は苗子の家があった場所からたいして離れていない。タマと高橋なら文字通りひとっ飛びで着いた。
「こんな近くにあったのか」
高橋は驚きを隠せずに神社の鳥居へと続く石段を見上げた。二人は石段を登り鳥居をくぐった。左手に本殿があり、正面に祠のような物がある。酷くさびれた神社だった。もう何年も手入れがされずに放置され、誰も参拝に来ていないようだった。二人は正面の祠のような物に近づく。
「やっぱりな。誰かが開けたな。しかもごく最近。」
「ここに封印されていたのか」
「しかもこれは…」
タマはそう言うと落ちている物を拾い上げた。それは石で彫られた龍の首のようだった。口の辺りには血がついている。
「タマ、この血は…」
「あぁ、まだ新しい。こいつを開けたのがキキだってんなら、政がキキを助けた時にキキが酷い怪我をしていた理由も頷ける。封印の解かれたオロチ…いや、春彦にやられたな」
高橋がタマの持っている龍の首を確かめようと手を出した。
「やめとけ」
タマが直ぐに制した。
「とんでもなく禍々しい妖力だ。腕が消し飛ぶぞ」
高橋は手を引っ込め、黙ってタマの顔を見た。そのようなとてつもなく危険なものを自身の掌に乗せているタマの力の底が知れなく、少し武者震いがした。
「キキに力を取り返して貰えたからな。妖玉が戻ってなきゃ俺だって即死だ」
タマが掌を空中で広げると、何やら箱のようなものが現れた。タマは蓋を開けて持っていたものをその中に大事そうにしまった。
「これからこいつを回収する。春彦は恐らくあの世とこの世の境目にいる。もしかしたら、佐々木もそこかもしれない」
「佐々木くんもか?」
「ああ。俺達が闘った奴が春彦なら、あいつは佐々木の中に入った。あいつはたたで滅多打ちにされるような奴じゃない。佐々木の核を一緒に連れて行っているはずだ」
「それは何か意味があることなのか?」
タマは顎に手を当てて俯いた。
「恐らく、残りの7体の復活に佐々木の力を使う気だ」
「何だって?」
「奴の目的が何なのかよくわからないが、現状から推測されることは以上だな」
高橋は淡々と話しをするタマを見つめて戸惑った表情をした。
「どうしてそんなに落ち着いているんだ?恐くないのか?」
タマは視線を地面から高橋に移すとしばらく高橋の目を見た。
「恐い…は、ちょっと違う。どっちかというと俺は怒っているな。うん。怒ってる。自分の中に静かなる怒りの炎が灯っているのが分かるよ」
「怒り?」
「高橋、俺は八岐の大蛇なんて化け物が何でこの世に存在しているのかよく分からん。以前あいつが目の前に現れた時、俺もみんなもたくさんの物を失った。それはもう、これ以上の災害は存在してたまるかって世の中を呪ったよ…。だから、俺はもう何も失ってたまるかって思う。たくさん闘った。たくさん殺した。自分の失うものがなくなるように。疲れるよな。だから、こんな事しなきゃならん世の中を恨んでる。神も、妖怪も、役人も、烏どももみんな訳知り顔で偉そうだ。だから、俺は縛られずに生きる。自由に、俺の好きな連中とただ笑って飯を食う。風呂に入って、あったかい布団で寝る。邪魔されるならそれは怒るだろ」
高橋はタマの内側に少しだけ触れたような気がして、黙って話を聞いた。自分は…。
「お前さ、正義の味方なんだろ?力、貸してくれ」
高橋は自分の心の深い深い魂の部分を触れられたような感覚になった。
「もちろんだ」
タマはにっと歯を見せて笑顔を作った。高橋もつられて笑った。
「よし、次行くぞ」
「次はどこだ?」
タマは空を見上げた。
「仙台」




