佐々木
酷く渇いている。ここが一体どこなのか。ぼんやりしている。みんなと一緒にいたはずなのにひとりぼっちだ。みんなどこに行ってしまったのだろう。ここはすごく暑い。佐々木は何かを求めて歩き出した。
―みんなに会いたい―
とにかく何か手がかりがないか探した。不思議な場所だった。どれだけ歩いても疲れない。身体の渇きは感じたが、喉は渇いていない。辺りを見回してもこれと言った特徴のない場所だ。どこまでもぼんやりとして、どこまでも空間が広がっている。とにかく歩いてみることにした。どこまでも続いていて、進んでいる気がしない。それでも佐々木は歩かなければ行けない気がして先に進む。しばらくすると遠くに黒い点が見えた。どんどん歩くとその黒い点は近くに見えてくる。どうやら確実に進んでいはいるようだ、だんだんその点にも輪郭が見えてきて、何かが蹲っているようだった。子どもだ。どうやら泣いているらしい。しくしくと震える背中に声をかけた。その子どもは、すすり泣きながらゆっくり振り返り佐々木を見上げた。綺麗な顔立ちをしているが、男物の服を纏っていることから男の子だろうと思った。
「どうしたの?」
佐々木は尋ねた。
「みんなとはぐれちゃった…」
泣きながらその子は答えた。
「僕は佐々木。君の名前は?」
男の子は涙を着物の袖で拭った。
「春彦」
“ハルヒコ”と名乗った少年は歳の頃八つくらい。
「実は僕も大切な人たちとはぐれてしまって、今探しているのだけれど、よかったら一緒に行かない?一人だと心細いし、二人のほうが絶対にいいよ」
佐々木の言葉に春彦の表情がぱっと明るくなった。
「うん!ありがとう、佐々木」
2人は手を繋いで歩き出した。
「ここはどこなんだろう。春彦はずっとここにいるの?」
「うん。けど、最初は違った。もっと広くて美しい場所だったよ。だけど、みんなと離ればなれになってしまった日からずっとここから出られないんだ」
不安そうな表情になった春彦を見て佐々木は慌てて話題を変えた。
「大丈夫!もう一人じゃないから。僕がいる。一緒にみんなを見つけようね!」
佐々木の言葉に安心したのか、春彦も笑顔になる。繋いだ手をきゅっと握り返してきた。
「そうだ!僕の探している人たちの事を話してあげる」
佐々木は春彦に自分の仲間たちの事を話し始めた。タマのこと、こまちとの出会い、正義の味方の高橋、こまちのおばあちゃんの苗子の事。
「佐々木のいた場所にも空があったんだね」
「うん。どうやら僕達のいた場所は一緒みたいだ」
「でも、僕と佐々木の来ている着物はだいぶ違うけど、どうしてだろう?そんなへんてこな着物初めて見たよ」
そう言われて佐々木は改めてお互いの身につけているものを見比べてみた。春彦の身につけている服は少し違った。はるか昔の記憶でその着物を見たことがあるような気がした。それがいつだったかは思い出せない。佐々木は人間の世界に来て、その家の箪笥にしまわれていた服をそのまま着てきただけなのでよくわからなかった。晴彦の着ている服もそういうものだと思っていたため特別に違和感を覚えなかったのだ。
「晴彦はどこから来たの?」
「平安京」
「平安京・・・それって遠いの?」
「わからないけど、でも、ここには偉い人が住んでいてみんなを護ってくれているって言われてるよ」
「へえ、そうなんだ」
平安京がどこなのか佐々木にはさっぱりわからなかったけれど、よく考えたら自分が人間の世界に降り立った場所の名前すら知らないのだった。たった一日でいろんなことが起きた。それ故に、佐々木は外の世界を知るには時間が足りなすぎた。しばらく歩くと何か遠くに見えた。はじめは動かなかったが二人が近づくと何やらその黒い影はもぞもぞ動き出した。それが何か生き物のようだと分かる距離まで来るとそれはこちらに気づいた。得体のしれないその何かがこちらを向いたとき、佐々木は何か嫌な予感を感じてびくっとした。それは四足歩行で人間ほどの手足の長さだが、前足を曲げて地面スレスレで這いつくばっている。顔は真っ黒で表情はわからないが、目がギラッとしている。歯は獰猛な獣のようで口からはよだれを垂らしている。すると物凄い速さでこちらに駆けてくる。佐々木は驚きとあまりの不気味さに身体が動かず頭が真っ白になった。得体のしれない何かが佐々木に飛びかかった瞬間、春彦がその生き物の首の辺りを上から手刀で叩き落とした。「ぎゃっ!!」という叫びと共にそいつは地面に身体を叩きつけられるも、すぐに身体を起こし今度は春彦に勢いよく飛びかかった。春彦は瞬時に膝を落としその生き物の胴体を自分の肩に担ぐように瞬時に両腕で抱え込みその勢いで地面に投げた。生き物はさらにうめき声を上げ悶えていたが春彦がとどめに喉元に拳を叩き込んだ。そいつはびくびくと痙攣し次第に動かなくなってしまった。佐々木は呆気に取られてその様子に見とれていたが、はっとして口を開いた。
「そいつは一体何?」
「これは亡者だよ。人間の希望を食い荒らす獣なんだ」
佐々木は春彦の眼から光が消えているのを見逃さなかった。
「死んじゃったの?」
「うん、こいつに出会ったら情は無用だよ。でないと自分がやられてしまう。僕は無用な殺生はしないけれど、こいつだけは別。こいつは本当に恐ろしいやつだから。」
何か理由があるのだと、春彦の表情からそれが見て取れる。
「助けてくれてありがとう」
「ううん、佐々木が無事で良かった」
そういってこちらに笑顔を向けた春彦はさっきまでの優しい表情を取り戻していた。
「先を急ごう」
「うん」
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無数の機器が並ぶその部屋の中央に大きなカプセル型の容器が立っている。中は液体で満たされ、何やら無数のチューブに繋がれた子どもが眠っている。皮膚はカラカラに乾燥し、頬は肉が削げ落ちげっそりとしている。一見すると年老いた人間のようだが、そのつやつやとした白い髪の毛だけが際立って美しかった。
「脳波に反応あり」
モニターをチェックしていた一人がそう言うと、黒服の男が背後からモニターを確認した。佐々木を連れて行った男である。
「いい兆候だ。逐一変化を報告するように」
「承知いたしました」
男はそう指示すると部屋を出ていった。
「佐々木くん、君の力が必要なのだよ。早く眼を覚ましてもらわないとこの国が滅んでしまう。頼むよ」
黒服の男は窓の外を見ながら呟いた。
「神々の戦争が始まる」




