妖玉
朦朧とした意識の中でタマは自分の名前が呼ばれるのを感じた。
何だか脇腹がやたらと熱い。焼かれてるみたいで、意識が戻るにつれて痛みも倍になって感じた。
目を開けると高橋が必死な顔でタマの顔を覗き込み、何か言っている。
「高橋…!」
遠くでばあさんの声がする。あれ…俺今何してんだ…?キキは?あの辺なやつは?あれ?
うっすらと目を開けると佐々木が目に入った。しかし、それは佐々木ではない何かになってしまった。そいつの右手にはタマの身体の一部が握られている。
全てがスローモーションみたいだ。ゆっくりゆっくり動いていて、ああ…死ぬってこんな感じなのかと思った。
佐々木じゃない何かはもう一度タマを食べようと手を動かしていた。
「やめろぉぉぉお!」
右腕を失くした高橋が反対の腕でそいつに殴りかかろうとしている。
ああ…だめだ…高橋…そんなんじゃ当たらねえ…
そいつの攻撃がタマの胸を捉えそうになった瞬間、そいつがいなくなった。いや、何かが飛んできてそいつごと飛んでいったという方が正しい。
その場にいた皆が呆気にとられていると、オロチに乗っ取られた佐々木の身体は瓦礫の中から立ち上がり、何が起きたのか分からないという表情で頭をぷるぷると振っている。
「タマに触るな、化物」
声の主はタマを抱いて立っていた。側にいた高橋も、一瞬の出来事でついていけていなかった。
「君は誰だ…?」
高橋が呆然とした表情で尋ねた。
その何かは高橋と同じように『変身』した何かだった。
その姿はとても美しく、蜂の様な身体だが、左の腕と脚だけが獣の様で、一体それが何なのか誰にも分からなかった。
「一体なんだいあれは…」
苗子が呆気にとられたように呟いた。
「タマはあたしが守る」
その何かはタマと高橋を抱えて屋根から飛び降り、苗子に預けた。
「9秒」
「何だって?」
「9秒で終わる」
苗子はあまりの事に言葉を失った。苗子たち総出で相手にならなかった相手にこの得体の知らない何かは9秒で終わると言う。天災級の化物相手に、今まで何人ものツワモノたちが奴を倒せなかった。肝心な所で逃げおおせるオロチを倒せるのか。
「覚悟しろよてめぇ」
その何かは腕時計のストップウォッチのスイッチを押した。
とんでもない衝撃が空気を伝わり、全員気絶しかけた。
「ソニックブーム…!?」
高橋が信じられないという表情で何者かの後を目で追った。
気づくとオロチの足は地面から浮き、四方から何かに殴打されているように全身が不自然に動いている。殴られては別の場所から殴られその空間の一点から身動き出来ないという状態で、傍から見るとその場で奇妙な動きで踊っているようだった。あまりの速さで高橋や苗子も何が起きているか分からない様子だった。一瞬オロチの動きが止まり、前方に倒れ込む直前、そのものの姿が見えオロチの首を掴んだ。
「ジャスト、9秒!」
そう言うとオロチの胸に左腕を突っ込み何かを引き抜いた。
それは禍々しい気配を放つ真っ赤な玉だった。
オロチは干からびて、勝負は本当に9秒でついた。




