1987年②
1987年5月16日〇〇新聞朝刊
児童連続誘拐監禁の容疑者と思われる男を逮捕
福島県いわき市高坂町にて小学一年生から六年生の児童の行方が連日分からなくなっていた事件で、福島県いわき中央警察署は14日正午、同高坂町1丁目〇〇番地✕号の早坂邸にて不審な動きをしていた身元不明の男を現行犯逮捕した。近隣住民の通報により、警察職員が駆けつけた際男は血まみれで、この家の所有者である早坂勤氏に馬乗りになって何かを叫んでいた。警察職員が取り押さえるも抵抗したため公務執行妨害にて逮捕した。早坂氏は腹部などに重傷を負い意識不明の重体で病院に緊急搬送されており、現在も意識が戻っていない。男は調べに対して「あいつは狂っている。調べればわかる」などと傷害についての容疑は否定している。男はこの事件の数十分前に近所に住む小学生の女児と話をしているところを目撃されており、4月に入ってから起きている児童の行方不明事件の重要参考人として事情聴取を受けている。(関連記事28面)
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取り調べは思ったより早く終わった。タマは全て自分がやったと供述し、素直に罪を受け入れた。世間では連日ニュースや新聞、週刊誌を賑わせた。そこではあることないこと語られた。ただ、タマが一体どこの誰なのか誰にも分からず、頭の悪いとしか言いようの無い議論が交わされ皆それを馬鹿みたいに鵜呑みにした。
数年後、この時報道に関わった全ての人間が一人残らず惨殺される事件が起こったが、あまりの凄惨さと不可解な点が多すぎるということで表には報道されず、ひっそりと闇に葬られた。
時を戻すと、タマは取り調べが終わり刑務所に移された。そこでは毎日が単調で、同じ事の繰り返しだったが、そんな事どうでも良かった。タマは毎日を淡々と過ごし、模範囚だった。気づくと半年程経過していた。そんなある日の夜、その日は何だかそわそわとした気持ちで寝つけず、布団の中で何度も寝返りを打った。そんな時、ふと何か気配を感じた。周りが静かすぎる。全ての音が消えたように、ひっそりとしている。今までそんなことはなかったのでタマは咄嗟に反応し布団から飛び起きた。すると枕元のあたりに誰かがいた。見たことのない少年だった。その少年は片膝を地面について、地面の一点だけをじっと見つめて瞬き一つしなかった。タマは、尋常ではない感じを覚え、じっと様子を伺った。何分くらいそうしていたかはわからない。すると、少年の口から赤い下がチロチロのぞくのが分かった。
「何のようだ」
タマが答えてもその何かは身動き一つせずにじっと同じ姿勢で、同じ場所をじっと見つめている。タマはじっと相手の動きを観察しようと努めていた。すると少年の身体が奇妙にクネクネと動き出し、あり得ないような形で渦を巻き始めた。それは蛇が蜷局を巻くような姿勢だった。
「しゅる…しゅる…ひぽ…ぽ…」
わけの分からないことを口走り始めた少年は瞬きをした。
するとにゅっと腕が伸び、タマの胸ぐらを掴んだ。タマは振りほどこうとしたが、もはや人間の腕力ではないほどの凄まじい力で、万力で押さえつけられているようだった。
タマは一瞬の出来事に冷や汗が噴き出した。
「玉…玉…玉…ほしいぃぃぃい…!けぇぇぇ…!あっ…」
タマはぎょっとして全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
次の瞬間、胸の中に何か入り込んだ感覚がしたと思うと、急に意識が一瞬飛んだ。
次に意識が戻った時にはタマは床に転がっていた。ぼんやりした意識の中で、少年がシュルシュルと部屋の鉄格子の隙間を抜けて行くのが見えた。薄れゆく意識の中でタマは自分が猫の身体に戻っているのを感じた。自分の中の何か大切な部分を盗られたような感覚だった。
「あぁ…きっともうだめだ…」




