変身
「変身…!!」
青年は「変身」した。それは、あまりにも美しく、同時に洗練された暴力を孕んでいた。相反するもの同士の完璧な調和が、得体の知れない雰囲気を醸し出していた。
キキは朦朧とする意識の中でその姿を認めた。なんだか、安心した。
「タ…マ……」
力なく発せられた少女の声に「タマ」と呼ばれたその者はほんの一瞬身体をぴくっとさせた。
「キキ、ごめん…」
その声ははっきり聴こえたが、なんだかとても寂しそうに聴こえた。
「メル、ありがとう、後頼んだ」
「やれやれ」
そう言うと早坂は立ち上がった。
「絵本で見る鬼とは随分違うな」
タマは苦々しそうに言った。
「鬼退治だ」
タマは思い切り地面を蹴り鬼目掛けて跳躍した。
右腕を思い切り振り下ろすと鬼はそれを受け止めた。物凄い衝撃とともに鬼は地面にめり込んでいく。続けざまに空中で旋回し鬼の顔面に蹴りを入れていく。その速さはもはや人間の認識出来る速さではなかった。そして一撃一撃が物凄い重量を持っているようだった。それは2人の周辺の空間が原型を留めていない事から、タマの放つ力が尋常ならざる物である事が理解できた。
鬼ははじめこそタマの攻撃を受け止めていたが、次第に防御する身体が持たずまともに攻撃を受ける形になった。もはや鬼は意識がないようで、両足が地面に埋まっているためサンドバッグのように打たれるがままの状態だった。
鈍い音が響き、タマの右腕が鬼の腹を貫通した。
鬼は力なくその場に崩れ落ち、その身体は倒れた。
タマは倒れた早坂を見下ろした。
「クソっ…クソっ…何で今更…こんな奴の事思い出さなきゃいけない」
シュルシュルと変身が解けていき、やり切れない表情の青年がいた。
「メル…!キキは…」
タマはメルの方を振り返った。しかしそこにメルはもういなかった。そこには苦しそうに横たわるキキの姿があった。駆け寄ると早坂に切り落とされた腕や足が元に戻っていた。キキの身体は口の辺りから下が血でべっとりと真っ赤に染まっていた。
「メル…お前…」
タマの脳裏にはジョンの顔が浮かんだ。気づくと涙が零れていた。
「すまない…すまない…ジョン…」
とにかくここを離れたほうが良いと判断したタマは、キキを抱えてその部屋を出た。
外はとっぷりと日が暮れていた。外に出ると何者かがいた。
タマは足を止めてその者と視線を交わした。
スーツに身を包み、感情の読み取れない表情をしている。傍らにはキキと同じぐらいの歳の少女がいた。顔がキキと瓜二つだった。
「娘を迎えに来た。獣族の人よ。」
奇妙な喋り方をするなと思った。
「娘…?」
そもそもなぜ自分の正体をしっているのか疑問に思った。
「なぜ、という表情だ。安心したまえ。私たちも似たような者さ。」
「何だって?」
男はそれ以上何も言わなかった。男の後ろに停まっている車から従者のような女が現れキキをタマから受け取る。動きに無駄がなくとてもかっちりとした動き方をする。人間だろうが強いのが分かった。従者の女はタマに視線を向けると、早口で何か言った。
「これから理不尽な事があなたに起こると思いますが、全てはキキ様のためです。しばしご辛抱ください。それにあなたならうまくやれるでしょう」
「ヒジリ」
男は静かだが確かに戒めるような響きがする声で従者の名前を呼んだ。
ヒジリと呼ばれたその女はペコリと頭を下げると車にキキともう一人の少女を連れて行った。
男はタマと向き合った。
「君には悪いと思っている。だがキキのためにこれは仕方のないことだ。分かってくれ。君はこれから逮捕される。そしてあることないこと報道され、君は世間の敵になる。」
「世間の敵」が何か分からないがどうでもいいと思った。もうどうでもいい。恐らくもうキキとは会えないのだろう。そんな予感がした。
「キキをありがとう。本当に感謝している」
男は何か言い足りなそうな表情をしたが、ヒジリと言う従者に呼ばれた。
「ご当主様、直に時間です」
男は左手を挙げて返答した。最後にタマと視線を交わして去っていった。
彼らが行ってしまうと、申し合わせたようなタイミングでパトカーが入ってきた。あっという間にタマは包囲され、手錠をかけられ連れて行かれた。




