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佐々木の冒険  作者: 芋猫
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美しき世界

「お前いけ好かねえな」


タマは目の前の生き物に対して喧嘩腰で突っかかった。いつもの散歩道。数カ月前から何やら空地に家が建ち始めた。その空き地は日当たりもよく、空地のくせにやたらときれいにされており、タマにとってはとても居心地のいい場所だった。タマはよくこの空地で昼寝をしていた。午後になると小学校から帰る子どもたちが空地の前を通り過ぎる。その時いつもタマのことを可愛がってくれる女の子がいた。黄色い帽子を被って、背中にでかい荷物を背負って、いつも重たそうにふらふら歩いていた。いつも一人だった。友だちいねえのかよと思いながらも、タマはよく撫でてくれるその女の子が嫌いではなかった。名前はキキと言った。キキはタマの身体を撫でながらよく自分の事や学校での話をしてくれた。毎日毎日会いに来るキキにタマは次第に心を許していった。その年の夏の終わり頃、いつもの空地が少し騒がしくなってきた。何やら人間が多く出入りしたり、車や重機が出入りしている。どうやら新しく家が建つようだ。タマは自分の平穏が脅かされるようで動揺した。そして何より、キキと会えなくなるのではないかと不安になった。

キキがタマに会いに来るようになって2回目の春先、いよいよ新しく家が建った。この家の主は日中はほとんど家にはいない。仕事に出かけているのだろう。門の内側には広い庭があり、そこに一匹の犬がいる。犬と言っても子馬ぐらいの大きさで毛が長くサラサラとしている。顔も面長で美しい顔立ちをしていた。人懐こく賢いため、近所の子どもたちからも人気者だった。類に漏れず、キキもその家の犬に夢中になった。タマは、その様子をみて何だか胸がチクリとした。


「お前いけ好かねえな」


4月の中頃、ついに堪りかねたタマはその家の庭に入り、その犬に喧嘩を売りに行った。

犬は少し寂しそうな顔をして丸くなった。思ったより控えめな態度にタマは少し面食らった。その犬は上目遣いでタマをじっと見た。悲しそうな目だった。


「な、なんだよ」


「いえ、ただ、少し寂しかっただけ」


雌犬だった。

タマはますます居心地が悪くなり、ちっと舌打ちをして立ち去ろうとした。


「タマさん」


急に呼び止められてタマは驚いて振り返った。


「タマさん。あなたの名前はあの子が教えてくれたのです。あの子はあなたの事が大好き」


タマはぐぅと喉を鳴らした。


「な、なんだよ、そんなの知ってる」


「もうすぐ不吉な事が起きます」


「え?」


唐突に発せられた言葉には、どこか他人事のような響きが含まれていた。何かの文章を読み上げるみたいにその犬は言った。


「もうすぐ不吉な事が起きます。タマさん、あの子を守って。あの子だけじゃなく、これからたくさん子どもたちがいなくなる。早く止めないと取り返しのつかないことになる。あいつは子どもたちを連れ去って食べちゃうんだから」


急に空気が変わったような感覚がして、寒気が走った。さっきとはまるで違う別な生き物と話をしているみたいで、その黒い瞳からは氷のような冷たさを感じた。


「な、何わけわかんねえこと言ってるんだよ」


タマは動揺していた。


「タマさん、お願いだからあいつを殺して。さもないと大変なことになる。あいつは今までにたくさんの子どもたちを食べてきた。あいつは化け物よ。私じゃ止められない。でも、1000年近く生きているあなたなら、きっと勝てる。あいつの息の根を止めて」


タマは凍りついた。


一体全体何者だこいつ。外国生まれのお嬢風情が、なぜ自分の事を知っているのか、恐くなった。


「何わけのわからねえこと言っていやがる!お前、何なんだよ!」


「ジョン」


「ああ?」


「あなたの親友だったジョン、私はその娘」


タマは頭をハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。


「ジョン…お前、なんで」


「あいつを殺して」


タマはふにゃふにゃとその場に崩れ落ちた。


ジョン…お前、何だってこんな面倒事連れてきた。

――――――――――――――――――――――――――

「おい、タマ、俺が死んだら後頼んだぜ」

「何言ってやがるこいつは。殺しても死なねえくせに」

「当たり前だ。俺様は不死身だからな。だけどよ、万が一って事があるだろ?ま、死なないけどな」


――――――――――――――――――――――――――


嘘つきが、あの後すぐに死んじまったくせに。


タマはハッとした。


「まさか、お前の主の早坂って…」


タマは冷や汗が噴き出るのを感じた。


早坂、もっと早く気づくべきだった。何を呑気にやってたんだ。もう家が建っちまったじゃねえか…!!馬鹿野郎、キキたちが危ねえ…!


「おい、ジョンの娘!」


ジョンの娘は眠っていた。


「ちっ…!」


タマは駆け出した。


その日の午後、最初の子どもがいなくなった。

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