そうはさせるか
その巨大な姿の何かは透き通る程の真っ白な毛で覆われている。その姿は月明かりに照らされ何とも神々しい光を放っている。凄まじい咆哮の後、静かにこちらを見下ろしたそれは獣の顔をしていた。
「狼…?」
こまちは驚きと、あまりの美しさに我を忘れていた。
静かにオロチを見下ろした狼の視線は感情が読み取れなかった。
次の瞬間、空気が凪いだかと思うと目の前にいたオロチがいなくなっている。一瞬見間違いかとこまちは辺りを見回すと、狼の口がもぐもぐ何かを咀嚼している。
「え、え…!食べちゃったの…?!」
こまちが動揺するのを優しくなだめるように、高橋が言った。
「こまちさん、大丈夫。喰われたのはオロチだよ。あれを見てごらん」
高橋が苗子の方を見て指差すと、そこには苗子に抱きかかえられ気を失っているらしい祐未の姿があった。
「おばあちゃん…よかった…」
こまちはホッとしたように苗子に声をかけた。
「大丈夫。この通り、祐未は無事だよ」
するとその狼が口の中のオロチを吐き出した。びしゃっと音を立てて地面に転がったのは人ではなく無数の蛇だった。
「化け猫、まだ気を抜くんじゃないよ」
するとこまちが叫んだ。
「おばあちゃん!佐々木くんの様子がおかしい…!」
高橋が佐々木の様子を確かめると、カッと大きく目を見開いて口をパクパクさせている。顔も青白く、冷や汗でびっしょりだ。洋服の胸のあたりを両手で力いっぱい握っている。
「まさか…!」
高橋は信じられないという表情で腕の中の佐々木を見下ろした。
「こまちさん逃げて!」
高橋が叫ぶが早いか、こまちの目の前で何かが弾けた。こまちは目の前で不意に何かが弾けるのを感じて咄嗟に目を瞑ったが、顔中に何か温かいものがかかったかと思うと、何だか嗅いだことのない生臭さと鉄のような匂いに気が遠くなりそうだった。
次の瞬間、誰かに抱えられ、元いた場所から運んでもらっている感覚がした。
「こまち、しっかりおし!」
こまちを抱きかかえて運んでくれているのは苗子だった。何か喋ろうにも、顔にかかったものが気持ち悪く口を開けなかった。
「高橋…!あんた…」
高橋の右腕は肘の辺りから先がなくなり、パタパタと血液が滴っている。高橋は苦痛に顔を歪めている。
「オロチ、あんたまさか精霊の中に入り込んだのかい…無茶苦茶だ…あんたそれがどういうことか分かってないね!」
佐々木の身体に入り込んだオロチはゆっくりと身体を起こした。
「はわはわはわはわ…わ…」
祐未の時と同じく意味の分からない言葉を口から発している。するとオロチは右手を開き蛇の頭のようにさせ高橋の方に向ける。
「高橋!」
「そうはさせるかよ」
バチュ…!
耳障りな音がしたかと思うと、高橋の目の前にタマがいた。
オロチに身体を食い千切られて。




