最凶
玄関を開けて立っていたのは、制服を着た子どもだった。
「あれはまつりのとこの…」
「おいおい、まつりのばあさんも近くに住んでんのかよ」
タマは呆れた顔をした。
「ちょいと祐未、あんたこんな時間に1人で何してるのかね。今日はまつりの遣いって訳でもなさそうだね」
話しながら苗子は相手の様子を観察した。服は泥だらけ、傷は負っていないように見えるが制服に飛び散っている血は誰のだい。
「タマ、相手から目を離すんじゃないよ」
「心配しなくても気配がヤバ過ぎて目を離したら死ぬかもな、はは」
タマが冷や汗を浮かべながら渇いた声で笑った。
―まずいね、これは。中に知らせたいが、動いたら始まる。高橋に何とか知らせたいが。
すると、祐未が何やらぼそぼそ言っている。
「わ、わわわたし、け、け、警察に、た、た、かなきゃ…ぶぶぶぶるる…へぽ、きゃ、し、死んじゃ…ぅ、あの子、おばあちゃん、を、待ってるるる…ぐぅぅう…あっ…ぶほほおおおぉぉ…ケタケタケタケタ…ひひぃひおひっこしいぃぃ…あぷ、あぷ、あぷ、」
明らかに正気ではない祐未を見ると苗子は確信した。
「オロチに取られたね…化け猫、思ったより厄介だよ…」
「だろうなぁ…」
と、次の瞬間苗子とタマは一瞬の光を見逃さなかった。それは死の光。その光が見えた瞬間苗子とタマは身をかわした。気づくと苗子とタマの立っていた場所がえぐれている。立て続けに三度、その光が見えたかと思うと猛攻が始まった。
「やれやれ、あんたと全力でやるのは60年ぶりだってのに容赦ないね…!こっちはもう年寄りだってのに…」
独り言を言いながらかわしていくので精一杯だった。
すると家の中で凄まじい音がしたと思うと2階のベランダからぴゅうっと激しい音がして夜空に光が上がった。
苗子は振り返る余裕がなかったが、気配で高橋が狼煙を上げたのがわかった。
「いいぜ高橋…!」
タマが叫んだ。
狼煙が上がると山の向こうから狼の遠吠えが聞こえた。
「蛇退治だぜ」
タマが軽口を叩いている間、苗子はとにかく攻撃が当たらないように身をかわしながら周囲の状況を観察した。正面にはオロチに乗っ取られているらしい祐未、家の中では危機を察知した高橋が狼煙をあげて助けを求めている。タマはまだ軽口をたたく余裕がある。
オロチに乗っ取られたらしい祐未は離れた位置から両手をヘビの頭のような形にしてパクパクさせている。なんてデタラメな力だとつくづく思った。
祐未がオロチの手中にある以上防戦に徹するしかなかった。
するとオロチは両腕を大きく前に伸ばし、ちょうど大きな蛇の頭のような型を作った。大きく両腕を上下にパカッと開く。
「高橋!!」
苗子は叫んだ。
それと同時にオロチが両腕をパチンと閉じた。
地響きを立てて苗子の家を喰ってしまった。
何ともいえない大きな音とともに苗子の家がぺしゃんこになった上に、もとあった地面も掘り返され見るも無惨な姿に変わった。
「こまち…!」
タマが叫んだ。
「大丈夫、高橋が守ってる」
苗子はオロチの後方の風呂用の長屋の屋根を見やって言う。
屋根の上には「変身」した高橋が赤いスカーフを風になびかせて二人を抱えていた。
こまちは高橋の変身した姿を初めて見た。まるでバッタが人間に近づくために進化したような姿をしている。その姿は何とも筆舌に尽くしがたいものがあったが、こまちは美しいと感じた。
「苗子さん、一先ず二人を連れてまつりさんの所に行きます!」
「その必要はないよ、まつりがお出ましだ」
すると月明かりが何かに遮られたのか辺りが少し暗くなった。
次の瞬間物凄い衝撃と音がして空から何かが降りてきた。
佐々木とこまちは一瞬何が起きたのか理解できなかった。目の前にとんでもなく巨大なものがいる。
見上げても微かに顔らしきものが見えるほどだった。
次にその何かが空に向かって哭いた。
鼓膜が震えて気を失いそうになる程の声だった。
「お怒りだね」
「だろうよ」
苗子とタマはその神々しい程の姿をした生物を見上げて言った。
「反撃開始だね」




