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佐々木の冒険  作者: 芋猫
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佐々木

その日、佐々木は炊飯器を飛び出し、外の世界に降り立った。

10年間待ち侘びた瞬間である。長いようで短いような月日の経過に、感慨深い思いでその部屋を見渡す。


壁にかかったカレンダーに目をやる。

1997年5月のページだ。時刻は14時少し過ぎ。佐々木は洋服箪笥を漁り、下着を身に着け適当に服を選ぶ。思った通りぴったりだった。


誰かに見つかる前に早くこの場を立ち去らなければ。じんわり首筋に汗が浮いてくるのを感じる。この季節特有の、閉め切った部屋の温度、窓から射し込む太陽の光に急かされるように静かに家を出た。


―佐々木はササニシキの精だ。お米の精はある条件が揃えば人間界に降り立つことを許される。その条件は、同じ家で10年間毎日欠かさず食べられること。ただし、人間側にも事情がある。旅行や病気、その他諸々の細かい事情は考慮されるのでそこは神様の判断による。

要は、毎日感謝して食べられているかが問題らしい。神様の考えることはよくわからない。―


ともあれ、そういう経緯で佐々木は晴れて外の世界に降り立ったわけである。

家の中はまだしも、外となるとさすがに緊張した。初めて目にするものも多い。

家々の間を抜けて音がする方に向かう。目の前を大きな機械が通り過ぎる。トラクターみたいに進んでいる。中に人間が乗っているから、きっと人間はああして移動するんだろう。とにかく、当たると不味いことになるのはわかった。佐々木はお米の精なので田んぼで目にするものから人間の営みや生活をずっと見てきた。精米されて人間の手に渡り、人間の家で生活を送ってきたので、ある程度人間の生活は把握してきたつもりである。


ちなみに佐々木の見た目は10歳くらい。髪の毛は白く、肌も透き通ったように白い。お米の精はみな似たような特徴で、みな美しい顔立ちをしている。

道行く人はそんなに多くない。家から出て5分くらいだが、まだ誰ともすれ違っていない。

いずれ嫌でも人目につくだろうとどきどきしてきた。


途中で猫とすれ違った。


猫はすれ違う前からこちらを見てきて、すれ違いざまに何か喋った。


「あんた、人間じゃないだろう」


こちらを見ずに喋りかけてきたようで、どこかこちらを試すような雰囲気だった。


佐々木は振り返って猫を見つめた。

猫もこちらを振り返っている。


「僕は佐々木。お米の精だよ。君は誰?」

「タマ。」

「タマ。」

じっと見つめ合う。

「ねえ、タマさん。ちょっと助けてもらえませんか?」


佐々木は勇気を出して申し出た。


タマはじっとこちらを値踏みするように見つめている。


「おお、いいぜぇ。」


なんだかかなり悪い顔をしているのは気のせいだろうか。


「その代わり、俺を人間にしてくれよ」


人間に?


「ええと、僕がタマさんを人間に?」


聞いたことがない。どうしたらいいのか分からず固まっていると、タマは佐々木の足下にすり寄ってきた。


「頼むよぉ、佐々木ぃ、お前さんは精霊だろぉ、俺を人間にするのなんて簡単だろう?」


猫撫で声とはこれのことかと言わんばかりにデレデレ足下にすり寄ってくる。半ズボンの足首は靴下も履いていないためタマの毛がくすぐったく少し気持ちがいい。


「タマさんごめん、僕は確かに精霊だけど、タマさんを人間にする方法が分からないよ」


「クソっ…ハズレか、ポンコツか、ポンコツ精霊か」


タマは佐々木に悪態をつき足下から離れていく。佐々木は少し迷ったが今はこのタマという猫一匹が頼りだ。何しろこの世界で初めて話をした生き物である。この先助けが必要なのは明白なのだ。逃してはいけない。


「タマさん!待ってください!」

「うるせえな、ポンコツ。ついてくんなポンコツ」

「確かに僕はポンコツかもしれませんけど、でも、困っていて、あなたの助けが必要なんです!お願いします!」


わらにもすがる思いで佐々木はタマの後を追う。タマはお構いなしにさっさと歩いていく。


「ついてくんなポンコツ!俺は用事があるんだ」

「じゃあ、その用事が終わるまで待ってます!だから置いてかないで!」


チッ、と迷惑そうな目で佐々木を一瞥したタマは少し小走りになる。佐々木も慌てて追いかける。


「あっ」


ふと前方を見やった佐々木は思わず息を呑んだ。


「タマ!」


視線の先には人間がいて、元気な声でタマを呼んでいた。

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