夫婦でダンジョン。
この世界に、ダンジョンと呼ばれる異空間が出現し始めて、約50年が経った。人々は枯れない資源を求めてダンジョンに潜り、今やダンジョンは私達の生活と切り離せない存在となっている。
人が初めてダンジョンに入る時、ダンジョンからその人専用の武器と防具が贈られる。それらを装備することでダンジョン内に限り身体能力が跳ね上がるほか、身体年齢が最盛期の頃に戻る。
またレベルという概念があり、レベルアップすることで筋力や敏捷などのステータスが上がってゆく。なお上がる項目は選べないが、大体は専用武具によって決まる。ステータスはダンジョン内でのみ見れる『ステータスウインドウ』で確認できる。
私こと『蓮見 京香』の専用武具は、小太刀二刀流とアサシン風の黒衣だ。筋力よりも敏捷と器用さが上がりやすい。ちなみにレベルは35。普通に生活している人は大体レベル10前後なので、これはダンジョン攻略を生業にしている『探索者』より少し低いくらいのレベルだ。私は探索者ではないが、運動不足解消のために度々ダンジョンを利用しているので、レベルが上がっている。
…さて、こんなことをつらつらと考えている現在、私はだいぶ混乱していたのかもしれない。なんせ、掃除のために入った地下のパニックルームの壁に、いつのまにかダンジョンの入り口が出来ていたのだから。
ツルッとした謎の素材で出来た両開きの扉。少しだけ開けて中を覗いてみると、どのダンジョンにも共通している、安全地帯な石造りの部屋が見えた。…うん、紛うことなきダンジョンだな。
とりあえず扉を閉めて、パニックルームの掃除を終わらせてしまう。それから私は、この事を報告すべく夫の元へと向かった。
夫である『蓮見 司』は現在26歳で、私の2つ上だ。職業は作家。ちなみに私も作家をしている。
3年前に結婚して以来、大きな喧嘩などをすることなく仲睦まじく過ごしている。というか、趣味や嗜好が似通っているのでそもそもあまり諍いが起こらない。私も彼も、美味しい食事やお酒が大好きで、多少嫌なことがあっても美味しいものを飲み食いするだけで気分が回復する…という、単純構造をしている。日課は夫婦二人での晩酌です。
さて、夫…司さんは自分の仕事部屋で執筆をしていたけれど、私が「地下にダンジョンが出来ていた」と報告すると、きょとんとした顔をした。…彼は贔屓目抜きで顔が良いので、そんな表情でもカッコ良く見えるのがズルイな、と思う。
「…地下にダンジョン?地下ってパニックルームだよね?」
「うん。ちょっと覗いてみたけど、ちゃんとダンジョンだった」
「あー…これ、間引きしないとだよなあ。自宅でスタンピードとか、笑えないし」
「だよね。とりあえず今から、様子見で潜ってこようと思っているのだけど」
「僕も行くよ。京香さんは強いけど、何があるか分からないから」
「ありがとう」
そういうことになった。
地下に降りて、ダンジョンの中へと足を踏み入れる。ひと部屋目の安全地帯で、それぞれの専用武具を纏う。
「"換装"。…うん、相変わらず司さんの装備はカッコイイね?黒の軍服風衣装に太刀」
「そういう京香さんもカッコイイよね。凄腕のアサシンみたいで」
「そう?ありがとう。…さて、我が家のダンジョンはどんな所なのかな」
「あんまり魔物が強くないと良いねえ。間引きが大変になるし」
「そうねえ」
のんびり喋りながら、ダンジョンの1階層へと進むべく、奥の扉に手を掛けた。そっと開けると、その先には……石造りの通路が伸びていた。
「通路エリアだね。魔物は…スライムか。実に模範的なダンジョンだ」
司さんの言う通り、通路の先では半透明な水まんじゅう、もとい『スライム』がのんびりと這っていた。
スライムは、自治体が管理しているダンジョンの上層にも出現する、最弱な魔物だ。なので気負いなく近づいて小太刀を一閃し、スライムをドロップアイテムに変えた。
ドロップアイテムは、カードに封入されている。カードにはドロップアイテムのシルエットと名称、封入されている個数が描かれているのだけど……
「『天然水』…?」
「天然水?…ポーションじゃなくて?」
「うん、違うね」
カードに描かれていたのは、『天然水』×5、という文字と瓶のシルエットだった。通常、スライムからは小さな怪我などを癒す『ポーション』がドロップする。
…とりあえず、他にも違う魔物がいるかもしれないし、この階層を回ってみよう、ということになった。
そして、約1時間後。通路をくまなく歩き回り、魔物ーー結局スライムしかいなかったーーを殲滅した結果、手に入れたドロップアイテムは……『天然水』と『炭酸水』、この2種類だった。
「ええ…水ばっかりこんなにあっても困るのだけど…?」
「そうだね…。まあともかく、次の階層に行ってみようか」
2階層へと降りると、景色は変わらず通路だった。そして魔物もスライムオンリー。
だけど、ドロップアイテムは違っていた。
「『キャベツ』、『玉ねぎ』、『ほうれん草』…え、野菜?」
「こっちは『タラの芽』、『ふきのとう』、『大根』だね。山菜と野菜かな?」
「あ、『トマト』落ちた。次は…『ズッキーニ』?そんなのもあるんだ」
「『シイタケ』、『マイタケ』…キノコも落ちるのか」
スライムから、野菜や山菜などが節操なくドロップしている。…明らかに様子がおかしいぞ、このダンジョン。野菜等が手に入るのは家計的には助かるけれども。
そして3階層。出てきた魔物はまたスライムだった。しかし、ドロップしたのは…『オレンジ』、『苺』、『蜜柑』、『林檎』。つまり、果物だ。
「『柘榴』に、『マンゴスチン』。これは嬉しいかも」
「『スイカ』と『メロン』に、『マンゴー』か。封入されている個数も多めだね。見てこれ、マンゴーが8個入ってるよ」
「わ、すごい。食べるの楽しみだね。…ところでスイカって、果物カテゴリーなの?」
「このダンジョンでは、果物扱いされているみたいだね」
そんなことを話しながら、4階層へ。やっぱり景色も魔物も変わらず、だがドロップアイテムはやっぱり違った。
「『野菜ジュース(緑)』…ここに来てまさかの加工品」
「『桃ジュース』と『葡萄ジュース』もあるよ」
野菜、果物のジュースが続々ドロップする。これ、描かれている数字が4〜6なんだけど…一つあたり何リットルくらいなんだろうか?
ともあれ、次の5階層は通常ならフロアボスのエリアだ。ここまでスライムしか倒していないけど、ボスは何だろうな?ドキドキしながら5階層へと降りると、広い石造りのホールに出た。そして、その中央にいたのは……大きな、水まんじゅう。
「ビッグスライムか…弱いけど、地味に倒すの時間掛かるんだよね、こいつ」
「攻撃は体当たりしかしてこないからね…地道に削るのが面倒だよねえ」
ボヤきつつ、ビッグスライムを文字通り外側から削ってゆく。大きい分、中心の核に刃が届かないので、こうして切り刻んでいくしかないのだ。…あ、倒した。ドロップアイテムのカードの束ーーボスドロップは一度に数種類、まとめて落ちるーーを、近くにいた司さんが拾い上げる。
「……ん!?」
そして上がる驚きの声。何が落ちたの?と彼の隣に行って覗き込む。
「『林檎酒』…えっ、お酒!?」
それ以外にも、『桃酒』や『あんず酒』、『さくらんぼ酒』などもドロップしている。お酒は嬉しい……ってちょっと待った。さすがボスドロップというか、封入数が多すぎる。1種類につき25〜30って…絶対にいち家庭では消費しきれないでしょう。
同じことを思ったのか、司さんが苦笑する。
「これは、自分達用以外は市の買取所に持ち込むしかないね」
「そうだね…」
市の買取所とは、自治体が運営しているダンジョン素材の買取所のことだ。ダンジョンのドロップアイテムは、カードを開封しても、アイテムを包んでいる謎の透明素材(通称『ラップ』)を剥がない限り劣化しない、という大層便利な性質がある。なので、開封後でもラップがしてあれば買取りをしてもらえるのだ。まあ市の買取所に売ると安値でしか売れないのだけど、企業に持ち込むのは面倒だし、フリマサイト経由で個人販売するのも面倒なので、売るなら市の買取所一択だった。
それよりも、ダンジョンはまだまだ続いているようだが…今日のところは、6階層に降りたところで切り上げることにした。各階層の扉の傍には『転移魔法陣』があり、それを使えば行ったことのある任意の階層に飛べるので、次回来る時は6階層から回る予定だ。
『転移魔法陣』でダンジョンから出たあと、時計を見るとお昼を過ぎていた。どうりでお腹が空いている訳だ。
「せっかくだから、手に入れた野菜と果物を使ってみようか?果物はデザートとして…私はタラの芽の天ぷらが食べたいです」
「マイタケや大葉も天ぷらにしよう。じゃあお昼は、天ざる蕎麦とかどうかな?」
「賛成!私が天ぷらを揚げるので、司さんは蕎麦と果物をお願いします」
「はい、任されました」
キッチンにて、必要な野菜達を開封して、使う分だけラップを剥がしてゆく。おお、立派なマイタケだ。タラの芽や大葉も新鮮そうで美味しそう。隣では、司さんが蕎麦の準備をしつつ、マンゴーを開封していた。こっちも立派な大きさだ。
そうして、私達は手早く天ざる蕎麦を作り上げ、ダイニングテーブルに向かい合って着いた。
「「いただきます」」
まずは蕎麦を手繰る。丁度いい茹で加減、さすが司さんだ。次にタラの芽の天ぷらを、お塩で食べてみる。…え、齧った瞬間から美味しいのだけど?ダンジョン産のタラの芽はもちろん、マイタケや大葉も美味しすぎて、つい無心で貪り食べてしまった。もちろん合間に蕎麦も完食した。
デザートの、綺麗に切られたマンゴーも、とても甘くて美味しかった。むしろ今まで食べたどのマンゴーよりも美味しかった気がする。
「「ごちそうさまでした…」」
昼食後、二人して食べ過ぎてしまって、行儀悪くリビングのソファーに転がった。ダンジョン産の野菜も果物も、信じられないくらい美味しかったよ…。
さて、食休みのあとは、それぞれの仕事部屋に篭って夕方までお仕事…つまり執筆活動をした。ついでに我が家のダンジョンの情報も、夫婦で使っている情報共有アプリにまとめておく。どの階層でどの魔物から何がドロップするのかを重点的にまとめた。
そして夕方。ダンジョン産の野菜をメインに使った料理を数点作って、それらをつまみにダンジョン産の果実酒を開けた。
ちなみに開けたのは林檎酒で、4合瓶に入っていた。一升瓶じゃなくてよかった。でも30本あったので、今日飲む分以外は後日売るために片付けておいた。あと、割材として炭酸水も開けたのだけど、こちらは2合瓶に入っていたので、使いやすさに地味に感動した。
「「乾杯!」」
林檎酒のソーダ割りを片手に食事を楽しむ……つもりが、ついつい早いペースでグラスを空けてしまった。
「林檎酒、美味しい…」
「本当だね、こんなに美味しいなんて…」
あっという間に4合瓶が空になり、欲望に負けて次はあんず酒を開封した。…うう、こっちも美味しい。
結局、このあとに苺酒も開けてしまって、陽気な酔っ払いと化した私達は後片付けもそこそこにベッドに転がったのだった。
*
翌朝。シャワーを浴びて酒気を飛ばしてからキッチンダイニングの後片付けをした私は、遅めの朝食として鮭茶漬けを作ることにした。小ぶりな辛塩鮭を焼いてご飯に載せ、海苔と葱を散らす。わさびを添えて熱いお茶をかけて、完成だ。
私が食べ終えた頃に司さんが起きてきたので、彼の分も鮭茶漬けを作る。
「ありがとう、いただきます」
「はーい、召し上がれ」
朝食後は、腹ごなしに運動しよう、という話になって、ダンジョンの6階層に行くことになった。私も司さんも、このダンジョンのドロップアイテムには期待しかなかった。
そして、6階層。5階層までとはうって変わって、見渡す限りに平原が広がっている。そして出てきた魔物は、額に小さな角がある、『一角兎』だった。
兎のくせに凶暴で、人を見つけると走り寄って体当たりしようとしてくる。でもまあ大きさはそこまででもないので、跳んで来たところをスパッと斬って終わりだ。
ドロップアイテムのカードを拾う。
「『白米(コシヒカリ)』。え、お米?」
「『白米(つや姫)』、ね。封入数は5とかだけど、ひとつ何グラムなんだろうね、これ」
そんな疑問を抱きつつも、主食はいくらあっても良いので、私達は一角兎達を殲滅していった。ちなみに後で分かったことだけど、白米はひとつあたり1kgだった。微妙に多い…?
7階層も平原エリアで、そこかしこで一角兎が跳ねていた。他の種類の魔物はいないらしい。
ドロップアイテムは、『海塩』、『岩塩』、『上白糖』、『グラニュー糖』、等など。…塩と砂糖か。無いと困るけど、そんなに数はいらないよね。
続いて8階層、平原エリア。魔物はやっぱり一角兎だ。
ドロップアイテムは、『菜種油』、『ごま油』、『薄力粉』、『片栗粉』、等など。油と粉。良い油は買うと地味に高いので、ありがたい。
9階層も平原エリアで、魔物も一角兎。
ここのドロップアイテムは、やたらと種類が多かった。『黒胡椒』、『七味唐辛子』、『豆板醤』、『乾燥バジル』、『クミン』、『マヨネーズ』、『お好み焼きソース』、等など…塩や砂糖以外の調味料、かな?まとめ方が大雑把すぎる気がしないでもないけど、嬉しいので良しとする。
そして10階層、フロアボスがいるエリア。開けた平原にいたのは、大きな角アリ兎…『アルミラージ』だった。
こちらを見るなり突撃してきたアルミラージを、司さんがすれ違いざまに斬り捨てる。呆気ないな…。
さて、ドロップアイテムは……おお!?
「『日本酒(純米、福島3)』!」
「えっ、日本酒?」
私の叫びに、司さんも慌ててカードを見に来る。ボスドロップなので、種類も封入数も多い。つまり、日本酒飲み放題…!
あと、後々わかったことだけど、県名の後ろの数字は『酒造』を表す番号だった。つまり『日本酒(純米、福島3)』なら、"福島の3番の酒造で作られた純米酒"という意味である。
閑話休題。日本酒ゲットに大喜びした私達は、いったんダンジョンを出て昼食を摂ったあと、再びダンジョンへと戻ってきていた。仕事の方はお互い余裕があるので、ダンジョン攻略に力を入れよう、ということになったのだ。
11階層に降りると、鬱蒼とした森の中に出た。遠目に見える魔物は、『森鹿』という大きめな鹿である。
このダンジョンのドロップアイテムは魔物からは全く予想出来ないので、何が落ちるかドキドキしながら森鹿を狩る。
するとドロップしたのは、『鶏肉』、『兎肉』。…シルエットから、1匹分丸っとドロップしている気配が。
まあいい、次だ。12階層も森エリアで、やはり魔物は森鹿だった。
ドロップアイテムは、『豚肉』、『猪肉』。うわあ…これ、1頭分は多すぎでは?
そしてこう来たら、次はもっと凄いことになりそう…と戦々恐々としつつ、13階層へ降りる。森エリア、飛び出してきた森鹿を屠る。
ドロップアイテムは、『牛肉』、『馬肉』。や、やっぱり…!大きすぎだって!しかも封入数が3とか描かれてるし、牛や馬3頭分のお肉…!?
す、少し落ち着こう。深呼吸、深呼吸。見ると、隣で司さんも深呼吸を繰り返していた。私達、似た者夫婦だね。
落ち着いたところで、14階層へ。森鹿を屠り、カードを拾う。
ドロップアイテムは…『鹿肉』、『ショルダーベーコン(豚)』、『ハモン・イベリコ(原木)』、『サラダチキン(ハーブ)』、等など。…鹿肉は相変わらず1頭分みたいだけど、あとは加工肉だね?
「というか、生ハム原木があるよ、司さん」
「そうだね…しかも数が4とか。夢の生ハム食べ放題ができるよ、京香さん」
「ちなみに今までの流れだと、15階層のフロアボスは大きな鹿で、ドロップアイテムはお酒だと思うのだけど」
「何のお酒が落ちるのかな?ワインとか?」
「生ハム食べ放題をするなら、赤ワインが欲しいですよね」
そんな会話を交わしつつ、15階層へ降りた。予想通り、森の中にいたのはひと際大きな鹿、『大枝角鹿』で。それを仕留めたあとにドロップしたのはーーー
「司さんの予言が当たった…!」
「『ワイン(赤、シラー、フランス)』。産地と葡萄の品種別なんだね」
「種類が多すぎて、飲み比べは到底無理そう…まあ、美味しく飲めればそれで良いけれど」
「それはそうだね」
この日のダンジョン攻略は、ここでストップした。まだ時間は早いけれど、疑惑のお肉達を開封したかったので早く上がることにしたのだ。
そして、キッチンにて。一番小さいだろう『鶏肉』を開封してみた。現れたのは、綺麗に解体されて部位ごとにラップに包まれた、お肉や内臓だった。なお、内臓は可食部分のみあって、お肉は骨付きだった。
「良かった…解体はされてた」
「そこは本当に良かった。豚や牛の解体なんて、流石に出来ないからね…」
お肉を前に、二人して安堵のため息をついてしまった。でも、各種お肉や加工肉がコンスタントに手に入るのは嬉しい。量は売るほどあるし、たぶん余ったものは売りに行くけど。
「今夜の晩酌は、生ハムとヤキトリでワインを飲もう。昨日は野菜三昧だったし、今日はお肉三昧しても良いと思うの」
「異議なし」
私の提案に即答した司さんは、さっそく『ハモン・イベリコ(原木)』のカードを開封していた。お腹空いたものね…私もヤキトリの準備をしよう。
*
ダンジョン16階層は、海辺のエリアだった。真っ直ぐに続く白い砂浜を歩いていると、海から大きな蟹…『ビッグクラブ』が数匹這い出てくる。それを司さんと手分けして仕留めてから、カードを拾った。
ドロップアイテムは、『鮎』、『ヤマメ』、『イワナ』等などの、淡水魚だった。海なのに…いや、このダンジョンに限っては今さらか。
でも、17階層のビッグクラブからは海水魚がドロップした。『アジ』、『アトランティック・サーモン』、『クロマグロ』……待った、クロマグロ!?
「クロマグロって、1匹300〜500kgはあるんじゃなかった…?それが、3つ?」
「…これは、市の買取所で開封しようか」
「そうだね…」
とても家では開けられない。クロマグロ(本マグロ)は嬉しいけれど…。
気を取り直して、18階層へ。ここでは、ビッグクラブから貝類や甲殻類がドロップした。そしてそこに、燦然と輝く『エゾバフンウニ』。
「アワビや海老・蟹も嬉しいけれど、ウニまで落ちるなんて…!」
「数も20と多いし、思う存分ウニを堪能できそうだね」
その後、この階層の魔物を狩り尽くしたのは言うまでもない。
そして19階層。『マダコ』、『ミズダコ』、『スルメイカ』、『アオリイカ』、『サバ水煮缶』、『酒盗瓶詰め』、『シーチキン瓶詰め(マグロ)』…はい、蛸・烏賊に、水産加工品ですね。もはやビッグクラブさんは見敵必殺されている模様。美味しいものがドロップするからね、仕方ないね。
20階層のフロアボスは、『ヒュージクラブ』という、ビッグクラブよりもさらに大きな蟹だった。でも動きは鈍いので、私達の敵ではない。さらば蟹さん、また会う日まで。
「ドロップアイテムはー…『焼酎乙類(芋、鹿児島)』。焼酎かあ、芋焼酎のお湯割りが飲みたいなあ」
「良いね、お湯割り。もう少し寒くなったらやろうか」
今は8月下旬。まだまだ暑い盛りなので、お湯割りを楽しむなら秋が深まった頃だろう。
ところで、ダンジョンはまだ続いているようなんだけど、これ何階層まであるんだろうな…。
ともあれ、今日の午後は市の買取所にドロップアイテムを持ち込む予定なので、本日のダンジョン攻略は終了だ。
昼食に具沢山の冷やし中華を作って食べてから、買取所に持ち込む予定の果実酒やワインを車に積んでゆく。あとは、普段持ち歩いているものとは別のカードケースに、ドロップアイテムのカードの内『豚肉』や『牛肉』などの大物のカードを移しておく。もちろん『クロマグロ』も入れた。
そのカードケースを持って車の助手席に乗り込むと、運転席に座っていた司さんが車を発車させた。
「クロマグロ、シルエットから見るに未解体、丸のままだよね。買取所の解体施設で解体したあと、いくらか柵で分けてもらえないかなあ」
「それも交渉してみようか。解体の手間賃分、安くなっても良いから分けてくれ、って」
「元手はタダだし、マグロでは儲けなくても良いものね」
「そうそう」
市の買取所は、我が家から車で5分ほどの距離の場所にある。結構近いんだよね。買取所の隣にあるのが自治体で運営しているマーケットで、買取所の反対隣にあるのが自治体で管理しているダンジョンだ。たまにこのダンジョンに潜ってはドロップアイテムを買取所に卸したりしていたので、私も司さんも買取所の人達とは顔なじみだった。
買取所に着くと、まずは窓口で手続きをした。この窓口は市役所の支所のようなものなので、我が家のダンジョンの登録をしてもらった。私有地に出来たダンジョンなので、所有者である私達以外の立ち入りは基本的に不可となる。
それから、買取所の体育館みたいな広々としたスペースに足を踏み入れる。なお司さんは車に積んで持ってきた台車を押しており、台車には売る予定の果実酒やワインが山ほど積んであった。
入ってすぐに、買取所の職員の人が私達に気づいて駆け寄ってきて、台車を運ぶのを代わってくれた。
「こんにちは、蓮見先生、菱川先生!これ凄い量ですね?」
ちなみに"菱川"は私の旧姓で、作家としてのペンネームである。
挨拶を返し、実は自宅にダンジョンが出来て…と説明すると、職員の男性ーーー御子柴さんはかなり驚いていた。空いているスペースに着くと、待ち構えていた他の職員さん達と共にさっそく検品し始める。
「果実酒に、ワインですか。お酒のダンジョンなんですか?」
「いや、それ以外にも色々出ていてね。今日はその一部を持ってきたんだけど…ちょっと、いやかなり大物なんだ」
そう言った司さんにカードケースを渡すと、彼はそこから1枚のカードを取り出して御子柴さんに見せた。
「えーと、『クロマグロ』×3……えっ」
「こんなのもあるよ。ああ、おそらくこちらは解体済みで部位ごとにラップが掛かっているはずだ」
「『牛肉』×3、『馬肉』×2……い、1頭丸々…?」
御子柴さんを始めとした職員の皆さまが騒めく。ですよね、予想はしていた。そこに、御子柴さん達の上司である壮年の男性ーーー柳橋さんが呼ばれてやって来た。それぞれ挨拶を交わしてから、交渉に入る。
「買取額は安くなっても構わないので、肉や魚の一部を切り分けて貰えると助かるのですが、いかがでしょうか?」
「もちろん可能ですよ。各部位から良い所を切り分けてお渡しします。その分、仰っていたとおり買取額は安めにさせていただきますが…具体的な値段については開封してから、こちらの表を目安に決めさせてください」
「わかりました。無理を言ってすみません」
「いえいえ、こちらとしても良い品を扱わせていただけるので、むしろお礼を言いたいくらいですよ」
交渉が終わってからは、さっそくドロップアイテムを開封することになった。『豚肉』、『牛肉』等のお肉を順番に開封して確認してから、最後に『クロマグロ』を開封する。……うわあ、大きい。しかも3体もいるから圧巻だ。なんとかスケールをマグロの下に挟み込んで体重を計ると、3体とも約500kgあった。最大級じゃないか…。
結局、本日の買取額は約800万円近くになった。牛や馬も高かったけれど、なによりクロマグロがね…1体につき約150万円で売れたのでね…もっと安くても良かったんだけど、これでもクロマグロとしてはだいぶお安いらしい。
うーん、印税よりも1回の儲けが多いなあ。まあ執筆は趣味でもあるので、やめないけれどね。
*
ダンジョン攻略4日目。21階層へとやって来た私達は、そこに広がっていた光景に呆然としてしまった。
「さ、砂漠…?」
「うわあ……」
見渡す限りの砂、砂、砂である。出現する魔物は『カクタス』という、二足歩行するサボテンだ。全長約150cmくらいの大きさで、攻撃手段は体当たり一択。そんなに強くはないけれど、魔物よりも環境にやられそうだった。あっつい。
この階層は、ドロップアイテムをある程度確かめたら進もう、ということになったので、手早く近くにいたカクタスを屠った。
ドロップアイテムは、『牛乳』、『ヨーグルト』、『バター』、『生クリーム』……乳製品?と思ったら『無精卵』もドロップした。乳製品も卵も助かるし、嬉しいのだけど……
「これ、砂漠である意味なくない…?」
「まあ、高原とかでも良かった気はするね…」
ともあれ、嘆いていても仕方ないので、次の階層に行くことにする。22階層も砂漠エリアで、うろついているカクタスを仕留めて回る。
ドロップアイテムは、『ゴルゴンゾーラ』、『エメンタール』、『モッツァレラ』、『蜂蜜(栗)』、『蜂蜜(アカシア)』、等など。チーズと蜂蜜、露骨につまみみたいな組み合わせがきたな。大好きだけれども。
次いで23階層、砂漠エリアとカクタスが続く。
ドロップアイテムは、『ミルクチョコレート』、『ダークチョコレート』、『ホワイトチョコレート』の3種類。シルエットから見るに板チョコか。洋酒にチョコは合うよね。
24階層も砂漠エリアとカクタス。ドロップアイテムはー…『ブルーマウンテン』、『コロンビア』、『モカ』…あっ、これコーヒー豆か!それと、『ダージリン』、『アッサム』、『ウバ』…はい、紅茶ですね。
ここへ来てコーヒーと紅茶か…どっちも好きだけど、コーヒー豆は挽いたことないな。コーヒーミルを買ってこないと。
次の25階層はフロアボスだ。砂漠の真ん中にただずんでいたのは、全長約3mほどの太ましいサボテン、『ビッグカクタス』だ。意外と素早いけれど、余裕を持って対処できるので、これもあっさり仕留める。
ドロップアイテムのカードの束を拾い上げ、いそいそと中身を確認した。
「『ピルスナー』、『ペールエール』…ビールだね」
「こうして見ると、ビールも色々あるんだね」
「普段ビールはあんまり飲まないけど、ダンジョン産のビールは気になるかも」
「それは確かに」
シルエット的に缶ビールっぽい。封入数はボスドロップだから多めなはず…って、45?多いな。
お昼休憩を挟んで、午後もダンジョンだ。26階層は、荒涼とした山岳地帯だった。アップダウンが激しくて、なかなかに良い運動になる。なお気候は涼しい。
出てくる魔物は『大角山羊』、角がやたらと大きな山羊だ。
そしてドロップしたのは、『バカルディ ゴールド』、『マイヤーズラム プラチナホワイト』、『セーラージェリー スパイスドラム』等など…ラム酒?
「日本酒、ワイン、焼酎はぼかしてたのに、これは品名がバッチリ出てるね」
「何でだろうね?分かりやすいのは良いことだけども」
「それはそうね」
疑問を抱きつつも、27階層へ。前と同じく山岳エリアで、魔物も同じ。
ドロップアイテムは、『ヘネシーXO』、『レミーマルタンVSOP』、『3-タンネン・ドイツキルシュ』等など…ブランデーですね。好きです。
ラム、ブランデーときたら、次はジンとかウイスキーとかかな?なんて司さんと話しながら降りた、28階層。ドロップアイテムは『タンカレー ロンドン』、『季の美』、『トーキョーハチオウジン CLASSIC』等など…ジンでした。そして今挙げた3つは、我が家のお酒コーナーに既に並んでいたはずだ。
そして29階層、襲ってくる大角山羊を倒し、カードを拾う。ドロップしたのは、『スミノフ ブルー』、『フィンランディア』、『ギルビー』等など…ウォッカだね。実はそのままではあまり飲まないけれど、今度飲み比べてみても面白いかもしれない。
これは30階層のフロアボスは期待しかない、と思いつつ降りると、円形に広く開けた大地に立っていたのはーーー
「え、キマイラ?…確かに山羊成分はあるけども」
「大きさは牛くらいかな?キマイラにしては小さい方だね」
予想外の魔物に困惑しつつも、特にピンチになることもなくキマイラを倒す。するとドロップアイテムのカードが現れたのだけど…なんだか、束が5つあるような?
「いや多いね?これは多すぎ」
「…もしかして、今のはダンジョンのボスだったとか?」
「次の階層は……無いみたいだから、うん。ダンジョンのボスだったみたいね、キマイラ」
「全30階層か。浅めだけど、中身は濃かったね」
「濃かったね。っと、ドロップアイテムを確認しないと」
ドロップアイテムは、『バランタイン21年』、『ラフロイグ クォーターカスク』、『ジョニーウォーカー ブラックラベル』等など…期待通り、ウイスキーだった。でも待って、封入数が80とかなのだけど?さすがラスボスドロップ。
「これも、開ける時は市の買取所でかな…」
「そうだね…」
なにはともあれ、私達はこのダンジョンを踏破した。以降は、欲しいドロップアイテムが落ちる階層を、間引きを兼ねて時々回ればいい。あと、運動不足解消のためにもダンジョンには潜ると思う。
ダンジョンは、スタンピードさえ起こさなければ無くなることはない。スタンピードを起こして、魔物を全て吐き出したダンジョンは何故か消えてしまうのに…中の魔物を殲滅して回っても、ダンジョンは消えない。その辺は何も解明されていないらしい。
我が家のダンジョンは市に登録したので、私達が二人とも亡くなったりして、この家を相続する人がいなくなった時には、このダンジョンは自治体が管理することになる。そこは安心だ。
さて、ダンジョンから出た私達は、夕飯の時間までドロップアイテムのカードの確認と整理をすることにした。その中から、封入数が1とか2のものを選んで開封してみたり。…一番開けたいウイスキーが開けれない罠。くっ、バランタイン21年、今夜飲みたかった…!!
「司さん。明日の午後、市の買取所に行かない?」
「僕も同じこと言おうと思ってたよ、京香さん。ぜひウイスキーを開けたい」
「同じく。他のお酒も、数が多いやつはカードのまま持って行こう」
「賛成」
なお本日の夕飯というか酒肴は、鮮魚を使った料理がメインだ。サーモンとホタテのお刺身、アジのなめろう、タコワサ、ゲソの唐揚げ。あとは冷やしトマトと、野菜スティックを味噌マヨで。お酒は日本酒(純米大吟醸、新潟1)を開けて、冷蔵庫で冷やしておいた。
「「いただきます」」
唱和してから、お互いのグラスに日本酒を注ぎ合い、乾杯する。まずはお酒をひと口。
「…あ、これ美味しい。香りが良いね」
「その割に後味はすっきりだし、食中酒として丁度いいね」
その後も感想を言い合いながら、私達は食事を楽しんだ。食後は順番にお風呂を使って、細々とした雑事を片付けたあと、リビングの隅にあるお酒コーナーから洋酒のボトルを選び出した。今夜はブランデーを飲みます。
二人とも飲み方はロックで、ソファーでダラダラしながらゆっくりお酒を楽しんだのだった。
それからは、私達は執筆活動をする傍らで時おり自宅のダンジョンに潜り、手に入れた食材やお酒を売ったりしつつ、のんびりと過ごしていた。ダンジョンのおかげで、資産にはかなり余裕ができているのも、のんびり出来る理由のひとつだ。
なにより、美味しいものが手軽に手に入るのが嬉しかった。我が家の食料庫やお酒コーナーが空になることは、そうそう無いだろう。
「お家ダンジョン、最高だね」
そう言って笑ってみせた私に、司さんも笑って同意してくれた。
fin.