第八話 旅の始まり
「おはようだゾ」
「犬なのに挨拶するんだ。おはよう。ここはどこ?」
「森の中だゾ。そこに大きな川があるから俺は身体を洗うんだゾ」
大蛇との闘いで傷ついた身体、銃でも撃たれていたが、もう傷一つ残っていないように見える。
ただ、白い毛が血まみれなので洗いたいのかも知れない。
川に着くとガブガブと水を飲み出した。ガブガブガブガブ……
物凄い量を飲んでいる。身体が大きいけど。そんなに飲むのだろうか?
水を飲み終えると、ザブンと川に飛び込む。大きな川だし流れも速いけどワンタなら大丈夫だろう。
私も顔を洗い、うがいをする。
ワンタを見るとジャブジャブ泳いだり潜ったりしている。
しばらく泳いでいると、大きな魚を咥えて戻ってきた。
ワンタの身体から血の汚れが落ちて綺麗になっている。
「飯が取れたけど。でもジーちゃん達は肉や魚は人間は焼いてからじゃないと食えないって言ってたゾ。どうする?」
「うん。私も生の肉とか魚は食べられないよ。焼く方法も無いし。持ってきたビスケット食べるね」
ビスケットをつまみながら、ワンタを見ると、魚を食べている。
そして、さっきまでそよそよと吹いていた風の勢いが増している?
食べながら気になっている事をいくつか聞いてみることにする。
「ねぇ。ずっと気になっていたんだけど。ワンタの周りってずっと風吹いてない?」
「ジーちゃんに言っちゃダメだって言われているんだけど、アヤは特別だから教えるゾ。俺は、風を操る事が出来るんだゾ。今は濡れた身体を乾かすから風を吹かせているんだゾ」
「魔力とかで風が使えるの?」
「ジーちゃんは風魔法だって言っていたけど、俺も自分が何故出来るのかはわかんないゾ。いつの間にか目が見えるようになっていて、いつの間にか耳が聞こえるようになっていて、いつの間にか風を操る事が出来るようになっていたんだゾ」
魔力を持っているって事はやっぱり魔物なんだ。
でも世の中にはいい魔物とかいるのかしら?
結構普通に会話も通じるし。噛みついたりもしないし。
「ワンタは風の魔法が使えるんだ。大蛇と戦っている時もの凄い風が巻き上がっていたのが見えていたし。今と言うか、出会ってからずっと風が止まった事が無い気がする」
「周りに風を吹かせていれば、どこに何があるとか、何かが近づいてきた事がわかるんだゾ。虫とかが来ても全部飛ばすから蚊に血を吸われることも無いし、ここで寝ていても、魔物や人間や動物が近づいてきても、動く者が風に触れたらすぐに目が覚めるんだゾ」
ただ単に風が吹くだけじゃないらしい。確かにこんなところで寝ていて魔物にいきなり襲われたら一溜りも無いかも。ワンタに勝てる魔物がいるかわかんないけど、私はすぐに死んじゃいそうだし助かる。
人間でも、王族の方とか、特別な兵士とか、聖職者とかの一部の人は魔力を持ち、魔法らしき物が使える者がいると聞いた事はある。
でも今まで出会った人で魔法が使える人は一人もいない。
反対にドワーフやエルフと言われる種族は豊富な魔力でいろいろな事が出来るらしいけど。私はドワーフもエルフも出会った事は無い。
「言葉はなんで話せるの?」
「ジーちゃんが教えてくれたんだゾ。お前は魔力で話すってジーちゃんが言ってたゾ。人間みたいに声で話している訳じゃないけど、人間みたいに小声で囁く事も大声も出来るんだゾ。でもジーちゃんに人前で話すなと言われているからあんまり喋らないんだゾ」
ジーちゃんって、やっぱり普通の人間っぽい。
ワンタが風を操ると魔物って思われたりして、人間から攻撃されたり捕まえられるのを防ごうとしているのかも知れない。
「おじいさんとどこで会ったの?」
「俺は生まれた時から野良犬で、森の中でエサを取って食って生きてたんだゾ。ある時、水辺にいた亀を捕まえて、そのまま飲み込んだらお腹が痛くなって、ジーちゃん達がいる村の前で倒れてしまったんだゾ。痛くて死にそうだったけど、ジーちゃんの村の人達が水とかエサとか持ってきてくれて、なんとか死なずに済んだんだゾ」
「ずっとその村で住んでるの?」
「そうだゾ。お腹が痛いのが治ってからもみんなと一緒に村に住んでるんだゾ。村には他にも飼い犬がいるから、俺も飼ってほしかったけど、俺は誰にも飼ってもらえないんだゾ」
悲しそうな顔をしている。犬のくせに表情豊かだ。
飼っては貰えないから今も野良犬のままなんだ。
亀を食べてお腹が痛くなった? 毒がある亀とかだったのかな?
飼うのは、一緒に散歩できるサイズじゃないし、食費もとんでもないだろうし。
もしかしたら貴族や王族の方ならなんとか飼ってくれたりするかも知れないけど。
普通の家じゃ無理かな。しかもおじいさんだし。
「あの大蛇は何? なんで戦っていたの?」
「うーんと。呪われた森ってわかるか?」
「聞いた事しかない。近づけないし。人間も動物も住めないから入っちゃいけないって言われている森でしょ?」
「そうだゾ。いつものようにジーちゃんの村の近辺の森を散歩しながらエサを探していたら、大きな蛇がいたから、食おうと思ったらめちゃくちゃデカくて強い茶色い大蛇で、ジーちゃんの村に入ってきたりしたら大変だし、殺して食おうと思って戦ってたんだゾ。たぶん普通の動物じゃなく、魔力を持つ魔物だったゾ。身体も大きくて、全身を覆ってた鱗みたいなのも硬くて力も強くて。手こずりながら走り回って戦ったんだゾ。」
「ワンタは蛇なんか食べるの?」
「もちろん!! 俺は大蛇を食おうと思ってたし、大蛇は逆に俺を食おうと思ってたはず。そのうち普通の森から、呪われた森の中に入ってしまったんだゾ。魔物に背を向けるわけにも行かず、そのままどんどん森の奥に入ってしまったんだゾ」
「入っても何ともないの?」
「普通なら入らないけど、夢中だったから。森の中は嫌な臭いがして身体が重くなったけど、戦い続けているうちに呪われた森の奥の方まで行ってしまったんだゾ。俺もいっぱい噛まれてボロボロにされたけど、何とか大蛇を噛みちぎって、そのまま俺のエサになってもらったんだゾ。呪われた森の中で茶色い大蛇を食ってると、大蛇から何か黒い影みたいな物が抜け出したのが見えた気がして、なんだろう? と思って追いかけると、木に俺が見たことの無い果物が生っていて、果物に影が覆いかぶさったんだゾ。だから、影と一緒にその果物を俺が飲み込んだんだゾ。」
「死んだ魔物から抜け出た影と一緒に、呪われた森の中のよくわからない果物を食べたの?」
「そうだゾ。果物も美味そうだったし、黒い影が果物に近づいたから、果物と一緒に影も食ってやったんだゾ。その後、いきなり俺の身体から影が出てきて黒い大蛇の形に変わって俺を攻撃してきたんだゾ!!」
「黒い大蛇? 食べた茶色の大蛇が関係あるのかな?」
「もうそこからはよくわかんないゾ。一つ言えるのは、最初の大蛇に噛まれた傷が、果物を食べた後はどんどん治っていったゾ。そして、その後に俺の身体から出てきた黒い魔物の大蛇に噛まれた傷も、噛まれた瞬間からどんどん治っていって、逆に黒い魔物を俺が噛みちぎっても治ってしまうんだゾ」
食べたら傷が治る実みたいなのがあるのかな。
この犬自体もどう見ても普通の犬じゃないけど。呪われた森の中は不思議な物があるのかも知れない。普通の人間が入ったら死ぬって言われているし、実際入った者は出てこないのでどうなっているのかよくわかっていない。
ちなみに呪われた森は世界中にあると言われている。この国の中にもたくさんある。
何故そんな森が出来たのかは私たちにはわからないし、人間は中に入れないので原因を探ることも出来ない。
「そしてあんたの中から出てきた黒い魔物と戦っている最中に、あの怖い村に来たって事?」
「そうだゾ。呪われた森を突き抜けて、反対側に抜けたんだと思うんだゾ。今からジーちゃんの村に向かいたいんだけど、呪われた森にはアヤは絶対入れないと思うから、大回りして行くしかないんだゾ」
呪われた森は、人間は近づいては行けない。入ると死ぬって言われている。
ワンタは犬か魔物かわかんないけど頑丈なのだろう。
私は特に身体も弱いので、ワンタが一緒でもどうなるかわからない。
魔物や動物からはワンタが守ってくれるかも知れないけど、入った瞬間毒とかで死ぬって事もありえる。
「とりあえず、ビスケットも食べたし、おじいさんの村に向かう?」
「わかったゾ。俺は犬だから方角はわかるゾ、呪われた森は迂回して大回りで行くんだゾ。数日かかると思うゾ。途中に村があると思うからそこで食べ物とか買うんだゾ」
「何日もかかるの? 私、旅とかした事無いんだ。二人なら大丈夫かな」
「一人と一匹だゾ。俺がいるから何があっても絶対大丈夫だゾ」
一人と一匹の旅が始まる。