第三話 再び監禁
「あんた……本当に犬なの?」
ようやく絞り出した声
白い魔物は疲れた顔で答えてくれる。
「お前、犬見た事ないのか? 俺は犬だゾ。」
「私を食べるの?」
「俺はなんでも食うけど、人間なんか食べないゾ。普段はジーちゃん達がくれたエサとかその辺の鳥とかウサギとかを食ってるんだゾ」
「ジーちゃんって人間? あんたを飼ってくれているの?」
「もちろん人間だゾ。それと俺はあんたじゃなくてワンタだゾ。残念ながら飼い犬じゃなくて村の野良犬だゾ」
どうやらジーちゃんがつけてくれた名前がワンタらしい。
まさか犬と会話する事があるとは思わなかったが、変な人間よりまともに会話が通じる。
会話は通じるが、ワンタの口は全く動かない。どうやって話しているのかわからない。
そして今は大人しいけど、暴れ出さないか心配だ。大きさがどう見ても子犬ではない。
子犬どころか大型犬ですら相手にならない大きさだ。
もしも魔物じゃなく、ただの大きな犬だったとしても、噛まれれば一溜りも無い。
ワンタの身体からドクドク出ていた出血が止まり、大蛇に噛み裂かれた怪我が見る間に治っていく。
回復能力が普通じゃない。
「お前が何かしたのか? お前に触れた瞬間に黒い魔物がいきなり消えたんだゾ」
「私は何もしてない。そんな力があるわけもない」
「そうなのか。でもとりあえず助かったゾ。ジーちゃん達が心配しているから俺は村に帰るんだゾ」
「ワンタは帰る場所があるんだ……」
「お前も帰るんだゾ。じゃあな!!」
いきなり巨体が木の上に飛び上がり、細い木の枝を足場に飛ぶように走って行く。
普通なら間違いなく枝が折れるはずなのに。やはり魔物なんだろう。
私が殺されなかったのは奇跡なのか。もしくは魔物の中でも特殊な魔物なんだろうか?
そして私は。お前も帰れと言われたが。帰る場所などあるはずがない。
あの家に戻ったところで、逃げ出そうとした事でその場で殺されるのかも知れない。
「逃げよう」
そう心に決め、村から出る方向に道を進むが、しばらくして本当の犬が数匹走ってきて唸り声を上げる。
野犬ではなく首輪をしている。
おそらくあの村で飼われていた犬だろう。
噛みついてはこなかったが、こちらが動かないように唸り声をあげている。
逃げたら噛みつかれるんだろう。
しばらくすると馬の走る蹄の音が聞こえてきた。
「おっ!! 発見したみたいだな。」
男の姿を見ると犬が唸るのを止めた。
この馬に乗っている男の飼い犬らしい。男は猟銃を持っている。
「怖かったか? 魔物はいないみたいだな。とりあえず大人しく戻ってくれるかな? 逃げても無駄だよ。こいつらが噛みつかないようにする方が逆に大変なんだからな?」
黙ってじっとしていると。男が怒鳴る。
「おい、大人しく乗れ!! 口笛一つで犬が動くからな!!」
黙ってうなずく。おそらく口笛一つで私は噛み殺される。
男に担がれ、馬に乗せられ村に戻される。
村のいくつかの家が無残にも壊されてボロボロになっている。
私が閉じ込められていた家は被害がなかった様だ。
家のドアが開き、中に入れられると、昼食を出してくれた男達が椅子に座っていた。
隣にデカい男が立っている。
二人とも、顔がボコボコになっている。
「お嬢ちゃん悪かったな。こいつらはちゃんと教育しておいた。お前らわかっているんだろうな!! この子は大事な大事な商品だからな!! お客様のご機嫌損ねるような事があったらお前らの命は無いものと思え!!」
この男に暴力を振るわれたのか。ただただ怖い。
「すまなかったな。怪我は無いか?」
黙ってうなずく。
「よかったな!! お嬢ちゃんが怪我でもしていよう物なら、お前らも大怪我しなきゃいけないとこだったぜ?」
私をおとりにして自分たちが助かろうとしたから暴力を振るわれたのかも。
でもここにいたところで魔物に家ごと壊されて私も殺される。殺されなくても貴族様に引き取られるだけ。私にとっては魔物に食べられても、ここにいても同じ事でしかない。
立っているデカい男と馬に乗っていた男が会話している。
「ガキはどこにいた?」
「街へ続く道にうずくまっていたのを犬が発見した。怪我とかはしてねーみたいだから魔物とは遭遇しなかったんだと思う。」
「お嬢ちゃん、魔物を見たのか?」
黙ってうなずく。
「白と黒の魔物だったな。どこに行ったのかわかるか?」
黙って首を振る。
「どこに行ったかわかんねーのか。銃で何発も撃ったけど、効いてるように見えなかったからな。元々血まみれだったが、被弾してもダメージがあるのかないのかよくわからん。やたら頑丈だったし死んでるとも思えねー」
「魔物がまたこの村に来るかも知れない。家が数軒紙くずみたいにぶっ壊されたからな。家に籠っても絶対に助からない。もしも魔物が次に現れたら村人全員、集会場に集合だ。あそこなら魔物でもそう簡単に壊せねーだろう」
顔がボコボコの男が口を開いた。
「魔物が現れた場合この子はどうするんですか?」
「俺たちの命が大事に決まっているだろうが。この子の代わりは用意できるが俺たちの代わりは用意出来ねーんだぞ。集会場と言ってもそれほど広いわけでもねーし食料だって多少は置いているけど。無限にあるわけじゃない。」
「まぁ魔物が現れたら俺達は逃げるってだけの話だ。ガキは、魔物に殺されたくなけりゃお客様が早く迎えに来てくれるように祈るんだな。」
何を言われても答えようがない。貴族様が迎えに来てくれてもその先にいい事は何もない。
「全然喋らないガキだな。口が聞けねーのか? もう大人しく部屋に入ってろ。晩飯は抜きだ。水しかねーが我慢しろ」
喉がカラカラだった。水を飲ませてもらった。
もうどうしようもない。逃げるチャンスを失ってしまった。
もしも調教された犬や、馬に乗った男が来なかったとしても私が逃げられたとは思えない。
魔物と遭遇した時の事を説明はしなかった。
黒い大蛇が消えたとか。よく見たら大きな子犬だったとか、喋る犬で名前をワンタと名乗ったとか言っても信じてくれるとは思えないし、信じてくれた所で私が助かるとは思えない。
もうどうでもいい。このまま貴族様の所へ行くのだろう。
そして。そこで待ち受けているのは。死ぬことなんだろう。
晩飯抜きだと言われたので。大人しく鍵付きの部屋に戻った。後ろでガチャリと鍵の閉まる音がした。




