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32. 追憶


 年配男性、栗山と名乗る刑事の車で送って貰うコトになりお言葉に甘えた。

 年配の高橋夫婦の奥さんは私の手を握り何度も謝られ見送ってくれた。栗山刑事に連れられ部屋を出る、扉を開けるともう一つ別の部屋に入るとギョットした。

 別の部屋には先程顔を合わせた太った男性米田と若い男性春日部以外にも人がいてコッチを、見ている。私に気づいた一人の男性が近寄って来たが栗山刑事が私との間に入り壁となった。


 「工藤さん!」


 近づいて来た男性を牽制(けんせい)するかの様に、その男性の名前を強く言った。


 「違うんだ勘違いしないでくれ、止める気は無い、ただ彼女に挨拶をさせて欲しいんだ」


 近づいて来た男性は優しい口調で栗山刑事にそう言うと私に向き直る。


 「私は工藤という、息子が君の義理父の道場に通っていたんだが覚えているかい?」


 すると工藤さんの後ろから他の年配の男女が声を掛けた。私の娘はーーー、自分達の子はーーーと話し掛けて来た。中には私に怪我をさせたコトに謝って来る人もいたが当の本人はチッと舌打ちしてソッポ向いていた。

 

 工藤・・・・・・その名前には覚えが有る。

 忘れたくても忘れられない友人の名前であった。

 久し振りに聞いた名前に私は目が潤んだ。知っていた人の名前が出た生か目から一雫涙が溢れてしまった。


 「一真・・・・・・さんの、お父さん・・・・・・ですね」


 「一真(かずま)を息子のコト覚えていてくれたんだね」


 両手顔を抑え何度も頷いた。抑えなければ溢れた涙が止められないと思ったからだ。 

 工藤一真、彼だけではない。


 奈央さん、深雪さん、大介(だいすけ)さん、(たつみ)さん・・・・・・

 亡くなった友人の名前を口にして彼らのコトを思い出した。友人というより先輩後輩という間柄だったが、彼らは私を妹の様に可愛がってくれていた。

 彼らと共に過ごした時間は短いモノだったが私の中には彼らとの思い出が残っている。


 「息子がよく君のコトを話していたよ、いつかでいい、あの日何が有ったのか教えて欲しい」


 工藤と名乗った年配の男性は、引き留めて悪かったねと言って道を開けた。栗山刑事の車で自宅を目指した。運転中車内では暫く無言で窓から見える景色を眺めていると栗山刑事が声を掛けた。


 「今日は本当にすまなかったね、怪我までさせて」


 私は無言のままだったが栗山刑事が続けた。


 「でもね、彼らの気持ちも分かって欲しいんだ。自分の親兄弟、友人が亡くなって未だに悲しいんでいるんだよ」


 「私は悲しんでいないって言いたいんですか?」


 「いや、そうじゃないんだ、只・・・・・・」


 私だって悲しいさ、一度に親と友人を亡くしたんだ。私はポツリポツリと話した。


 「私にとってあの人は親でした」

 

 私の言葉に耳を傾ける栗山刑事は黙って聞いていた。


 「血は繋がっていないけど親でした」


 「実の親よりも・・・・・・」


 私の実の親は一言で言えば"クズ"だった。

 母はネグレクトで気まぐれで気分屋、色んな男性を家に連れ込んでは日付けが変わるまで遊んでいたりする人だったが母が連れて来た男の中には酷い奴もいた。

 幼い私に手を上げる人もいて悪い時はサンドバッグにされ、母はゲラゲラ笑って見ていた。外に閉め出された時もあったが、まだマシだった。 

 連日騒いでいたのを怪しんだ近所の人の通報で母と男が逮捕された。施設行きになった私は施設の生活が馴染めず脱走を繰り返し、里親が見つかっても手に負えないと言われ戻された。


 「私にとっては、あの人は親でした」


 亡くなった義理の父や友人が色々と教えてくれた。常識(モラル)礼儀(マナー)も、灰色だった世界に色がついた。


 「人らしい生活も振る舞いも出来る様になったのは彼らのお陰なんです、感謝しても足りない位に」


 「そうか」と栗山刑事は小さく呟いた。


 自宅が見える頃には辺りは暗くなっていた。

 しかし、ここで焦った。

 頭の包帯をどう誤魔化すか、理由を考えていなかった。このまま自宅に帰ると義理兄に怪しまれ、怪我の経緯をしつこく聞いて来そうだ。


 「栗山さんお願いがあるんですけど」


 私は栗山刑事に話しを合わせる様にお願いした。

 何故? と聞かれたが、私は栗山刑事にお願いしますとだけ言って頭を下げて押し通した。


 「余計なコトは言わないで下さいね!」


 念の為、栗山刑事に釘を指した。

 まぁ義理兄(あに)の顔を見れば、察するだろうけどね。

 自宅の鍵を開けると義理兄が出迎えた。


 「ただいま~・・・・・」


 「遅かったじゃないーーーか・・・・・・」


 お約束の様に上半身裸の義理兄が出て来た。この前注意したので下はちゃんと履いていたが上は裸のままだった。

 ちょっと進歩したようだけど・・・・・・


 「その頭の包帯、どうした?!」


 「お、親御さん・・・・・・ですか?」


 栗山刑事が明らかに引いていた。


 「義理兄(あに)ですが、妹のこの怪我はどういうコトですか?!!」


 栗山刑事を睨む義理兄、これじゃあ蛇に睨まれた蛙状態だよ義理兄さん!


 「義理兄さん、実はね!」


 義理兄を見た栗山刑事が気圧され固まった。話せる状態ではないので私が説明した。


 「この怪我は、私が不注意で段差から落ちてついたモノなの」


 下手に言い訳するとボロが出ると思いストレートに自分の不注意によってついた怪我という事にしたのだ。


 「それで怪我をした時、巡回中だった刑事さんに病院まで連れていって貰って、帰りも送って貰ったの」


 怪しんだ義理兄に笑顔で通した。


 「・・・・・・そうですか、送って頂き有り難うございます」


 若干の間が出来た処が気になるが私は笑顔で通した。


 「有り難うございました刑事さん」と言って栗山刑事を(逃がした)帰した。長居させたら栗山さんが可哀想だと思ったからだ。

 自宅の扉が閉まるとグイッと義理兄に引っ張られた。


 「怪我したって大丈夫なのか! 他に怪我してないのか?!」


 イタイ、イタイッ! 引っ張るな、触るな!!


 「だ、大丈夫、だから、怪我もスリ傷で、大した怪我じゃないから!」


 イタイ、イタイッ! 力が強いって、雑に扱うな!!

 頭以外に負傷した処が無いか調べられたが何とか抵抗した。


 「不注意で怪我するなんて、何したら怪我なんか負うんだ?」


 案の定怪しまれた。

 私も義理兄も同じ親から武道を習っているので怪しんだんだろう。

 

 「無事に帰って来たから良いものの・・・・・・」


 ハァ~とタメ息を吐いた。


 「お前に何かあったら、クソオヤジが枕元に化けて出てくるんだぞ」


 勘弁してくれと言いながら、またタメ息を吐いた。


 「・・・・・・ごめんなさい」


 「まぁちゃんと帰って来たからな、気おつけろよ」


 「何?」


 「何って、無事に帰って来たから」


 義理兄は私をハグしようと試みたが私は先を読んで抵抗した。義兄妹とはいえ、半裸男のハグなんかいるか!!

 筋肉ムキムキのその身体でハグなんかされたら背骨の骨がへし折られるわ!!

 身長も体格も倍以上ある相手にレスリングの組合(くみあ)う形で頑張って抵抗した。

 この義理兄(ひと)に羞恥心とか無いのか!!


 「やっぱり服もちゃんと着て!!」


 私の悲痛な叫びが木霊(こだま)するのだった。

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