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23 決戦の火蓋(鷹匠銀翼)

 23 決戦の火蓋(鷹匠銀翼)



 この日のガイア平原は濃密な霧が充満し、容易に両軍は兵を動かせなかった。

 両軍はガイア平原に布陣。鷹匠銀翼たかじょうぎんよく軍は一万。

 一方の王侯軍は八千であり、両者の兵力はほぼ拮抗していた。

 しかし、銀翼軍には孤立無援の王侯軍と違い、後詰が期待できていた。

 ガイア平原の最後尾、帝国門がある。

 そこに六万の兵力を近衛兵団長、鳳凰院紅葉ほうおういんこうようが、帝国門一体に完全防備で控えていた。

 帝都の守護神と呼ばれる程の大将軍である。

 万が一、銀翼軍一万が抜かれても、後ろに控えるのは六万の軍勢を有した鳳凰院軍。

 鳳凰院軍は皇帝陛下であられる桜華を守る為に選ばれし者だけで構成されたエリート達だ。


 ――この戦、最早詰んでおる。たかが八千の軍で何が出来るというのか。


 本陣の天幕でオールバックの青年、鷹匠銀翼は王侯への無謀さを吐き出していた。

 相手は軍神と謳われる王侯であるが、既に銀翼の方が上であるとガイア帝国軍内では周知の事実であった。

 本人もその自覚があり、王侯軍討伐に真っ先に名乗り上げて大元帥武村への忠誠を示した。

 やがて霧が晴れ、決戦の火蓋が切って落とされた。

 王侯軍は本体二千で攻め込んできたが、彼の兵力は八千。

 これは罠であり、伏兵の存在をいち早く銀翼は看破した。

 ならば、と銀翼は敢えて全軍一万で突撃を敢行した。銀翼軍は恐れを知らぬ軍隊である。

 例え死地であろうと、迷いも無く突撃する。兵達にある絶大な自信……それは新島部隊の存在である。

 銀翼には新島部隊という新島彰敏から手ほどきを受けて練兵された強軍を持つ。

 一人一人が新島の卓越した技量を併せ持ち、その実力は全員が将軍級の武力を有している。

 案の定、王侯軍は四方に伏兵を伏せていた。王侯四天王……王侯の頼れる名将達である。

 その王侯四天王全員が目の色を変えて鷹匠銀翼軍に攻め立てる。


「おう! 我こそは艦名かんめい! 王侯四天王筆頭である! 尋常に勝負」


 巨大な棍棒を持った偉丈夫が自ら先頭に立って指示する銀翼に棍棒を振り回した。

 銀翼は意に返さず、艦名が振り下ろす棍棒を避けて、剣で彼の心臓を一突きにした。

 その後ろから、またしても王侯四天王、将軍にしては線の細い部下が剣を振るい、銀翼を討ち取らんとする。

 銀翼の記憶では後宮に仕える宦官であったが、今の皇帝が女性の為、宦官はお払い箱となり、将軍に転向したと聞き及んでいた。

 銀翼は元宦官と剣戟の応酬を繰り広げた。元宦官であったとは思えない程、奇麗な太刀筋だ。

 それでも人外の武を有する銀翼の敵ではなかった。胴を真っ二つに切断され、事切れた。

 戦況は銀翼軍優位で進めていた。新島彰敏から練兵を受けた新島部隊の力は凄まじく敵は成す術がない。

 敵将王侯は何を思ったのか、方針を変え、鉄壁の守りに入った。全軍を密集させ、戦術を防御体制に切り替えている。

 巨大な盾を持った兵士が鉄壁の守備を見せる。何故、王侯が守りに入ったのか銀翼は予想だにしない。


 ――何を企んでいるのか知らないが、新島彰敏から授かった強軍に敗北はない。


 銀翼は不敗神話を築き上げた新島部隊に絶大なる信頼を置いていた。

 それ以降も王侯は自軍の兵の体を密集させ、巨大な盾兵を前にして蟻の隙間も出来ぬ程の完全なる守りを見せていた。

 基本は攻めが主体の王侯軍だが、守りに入った時の王侯軍は何処までも守る。


「王侯将軍は一度守りに入ると固い。これでは攻め手が無い」


 戦は長期戦に縺れ込み、銀翼が誇る新島部隊にとある変化が訪れた。

 新島部隊の兵士から流れる異常な汗である。新島部隊に過日の勢いが陰りを見せ、次々と討ち取られていく。

 一体何が起きたというのか。最強無敵である筈の新島部隊の兵が倒れていった。


「臆するな! お前達は最強戦士である新島彰敏の強さを受け継いでいるのだぞ! 怯まずに攻めよ!」


 そんな兵士を叱咤し鼓舞する銀翼の前に敵の大将、若々しくも老練さが滲み出た王侯が先頭に躍り出た。

 ここにきて敵の大将の登場である。隣にサラブレッドの馬が引いている天蓋車が出現した。

 王侯軍の屈強な親衛隊で完全護衛されていることから、敵にとってとても大事な人物なのが容易に想像できる。

 恐らく中にいるのは王侯に神輿として担がれた我が妹、麗花であることは疑いの余地はなかった。


「王侯将軍……いや、逆賊王侯! 投降するならば部下と妹の命は助けてやるぞ!」


 かつての上官に対しても銀翼は臆することなく威圧する。

 王侯将軍の側近だったこともある銀翼だが、今では自分の方が上だという認識があった。

 対して王侯は突然、笑い出した。何が可笑しいというのだろう。


「ふははッ! この程度の軍才で良く大将軍に成れたな。

 お主の自慢の新島部隊は体力を使い果たして虫の息だ。お主の新島部隊には致命的な欠陥がある!

 新島彰敏の卓越した技量を併せ持っていても肝心の身体能力に身体がついて行けない。お主の敗因はそこだ」


 王侯の指摘に銀翼は青い顔をする。図星だった。今までこれだけ長期戦に縺れ込んだことは無い。

 速攻で新島部隊が制圧するのが、銀翼軍の戦闘スタイルだからだ。


「己! 我を愚弄するか!? ならば、新島部隊の中でも最精鋭部隊『新島十剣』を披露してやる」


 新島十剣とは新島から直に教えを請うた新島部隊の中でも選りすぐりの達人達である。

 銀翼が腕を天に掲げて、合図すると、後ろから新島十剣たちが整列して出現した。

 銀色の甲冑とマントを身に纏った壮麗な戦士たちである。

 華美な様相を呈した新島十剣たちが一斉に剣を振りかざして、王侯一人に襲い掛かった。

 これだけの達人たちが一斉に襲えば王侯とて、死は免れないだろうと淡い期待を抱いた。


 ――十剣たちを囮にして、ここは退くべきだ。十剣たちで時間を稼いで自分だけ逃げおおせてやる。


 王侯の力を見誤った事を認めた銀翼は十剣たちで時間を稼いで自分だけ逃げる算段を立てた。

 一見、卑怯な行為に見えるが、大将を討ち取られれば戦は負けであり、的確で冷静な判断であった。


「さようなら、王侯……お前は強かったよ。

 だけど、十剣たちが全員で襲えば勝手にくたばるだろ? だけど卑怯だと言うなよ。

 総大将のお命は絶対である! 我はガイア帝国最高武官であるぞ! じゃあな」


 その前にやることがあった。天蓋車に乗る麗花を保護しなければならない。

 十剣たちで十二分に時間稼ぎができると目算できた銀翼は天蓋車の中から、麗花を抱いて馬に乗せて、その場から退散した。


「お兄様……私は」


「麗花……戻るぞ」


 有無を言わせず、銀翼は麗花を保護した。

 鷹匠の血脈を継いでいることから分かる通り、実力は確かなのである。

 尋常ではない程に迅速な行動だった。敵は新島十剣に向いていることも大きい。


 ――逃げ切れる! 如何に王侯でも新島十剣が相手では一溜りも無い。


 銀翼は逃げ切れると確信し、麗花と共に馬で帝国門まで逃げ去った。


「我は軍神! 王侯!」


 突如として王侯が咆哮を上げた。天地が鳴動する程に両軍の兵士が震える程の彼の怒りが体現されていた。

 銀翼が後ろを振り返ると、王侯が新島十剣たちを圧倒的な武の力で蹴散らし、ものすごい勢いで銀翼に迫る。

 新島十剣たちは虫けらのように蹴散らされてガイア平原の骸となった。

 銀翼は怖気と焦りを催した。まさか、虎の子の新島十剣が相手にならないとは……。


 ――王侯……これ程の武の力があろうとは……完全に見誤った。王侯は本当の化け物だ。


 完全に銀翼の見誤りであった。王侯は千年も大将軍として帝国の武の象徴であった。

 その力量は今のガイア帝国軍内の中で誰もが相手にはならないであろう。

 銀翼自身三十数年しか生きていないのだ。千年もの長き時を生きる王侯の相手ではなかった。

 逃げるしかない。自分も人外の武を持っていると自負するが、王侯にはまるで歯が立たない。

 王侯が矛を振りかざして追ってくるが、帝国門まで奇跡的に辿り着くことが出来た。

 帝国門には帝都の守護神である鳳凰院紅葉軍六万が完全防備で待ち構えていた。

 しかし、王侯の追撃はすさまじく、後少しという所で王侯の矛が銀翼の乗る馬の尾を掠めた。


「お兄様!」


「!?」


 何を思ったのか、妹である麗花が馬から飛び降りて、銀翼を守るように手を広げて王侯に立ち塞がった。


「陛下!? 何の真似です! お戯れを……今から銀翼の小僧の首を取らねばならないのですぞ!」


「ならば、皇帝陛下として命じます! お兄様を見逃して!」


 麗花は銀翼をそれでもなお、守ろうとする。銀翼は呆然としていた。

 まさか父に溺愛されて愚か者と評した妹が身体を張ってまで自分を守ろうとするとは……。

 認識を改めなくてはならない。妹は間違いなく鷹匠家の血脈だと。


「いや、陛下! 分かり申した。それにしても鳳凰院紅葉め!

 何という守りの強固さであろうか。まるで巨大要塞そのものである!

 鳳凰院紅葉……これほどまでとは思わなかったぞ。ここは退くしかあるまい」


 王侯が無傷の六万の兵力を抱える鳳凰院紅葉の軍の見事さに驚愕して、背を見せて退散した。

 この後、銀翼と麗花は鳳凰院軍に保護されて事なきを得た。

 軍神王侯はガイア帝国を去り、神博士一派の元へ亡命するのである。

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